エピローグ③/おめでとうの言葉
翌日。オルカとユイカに別れを告げ、ロイは歩きでトラビア王国へ。
正門から王都に入り、賑わう城下町をのんびり歩く。
「もう、三年か……大戦の影響はもうないし、普通の日常を取り戻しているな」
『ああ……人間はこういうところが強い』
魔弓デスゲイズを布で包んで背負い、ロイは歩く。
ちょうど、学生時代に何度も通った通りへ入り、周囲を見ながら歩いていた。
「懐かしいな」
『ああ。バビスチェと戦ったのも王都だった。ふふ……お前の歴史だな』
「まあな。今じゃもう落ち着いてるよ」
魔界貴族が攻めてくることもない。理性のない魔獣が魔界から流れてくることや、人間界で繁殖し増えている魔獣がまだ多くいて、それらを狩るために今も聖剣士の需要はある。
だが、聖剣鍛冶師はめっきり減った。世界の平和を機に、鍛冶師をやめたものも多かった。
「お、見ろよ」
ロイが見たのは、聖剣レジェンディア学園の制服を着た少年少女たちだ。
楽しそうにお喋りしながらロイの脇を通って行く。
『やれやれ。あの世代はこれから、魔界貴族と戦うこともなく、魔獣だけを相手に剣を振るうのか』
「もしかしたら、パレットアイズでも押さえきれない魔界貴族が現れて、反旗を翻すこともあるかもな?」
『そうなったらお前の出番だ。八咫烏』
「その名で言うなっての」
『……ところで、アイツに会って行かないのか?』
「ああ、せっかくだし行くか」
ロイは脇道に入り、細い通りを抜け、別の大通りへ。
向かったのは、一軒のパン屋。
今は『仕込み中』と札が下げてあり、ドアをノックすると一人の少女がドアを開けた。
「ロイ、どうしたの?」
「ちょっと用事があってな。元気にしてたか?」
「うん。入って」
パン屋はこじんまりした小さなところだ。
今はまだパンは並んでいない。早朝に仕込んだ分はすでに売り切れ、明日の仕込みをしている最中のようだ。
ロイは少女……セレネに聞く。
「調子、どうだ?」
「元気。いろんな人がパン買いに来るの。人って面白いね、私のことみんなジロジロ見るし、前は結婚してくれって人が何人かいた」
ロイと同等の技量を持つ『弓士』セレネ。かつては『月光鳥』という二つ名があり、大戦ではロイと互角に戦った。
だが……ロイに負け、弓を射ることができなくなった。
パレットアイズと共に魔界へ行く……という話もあったが、セレネは「ロイの傍にいたい」と言い、人間界に残ったのである。
セレネは、人間が嫌いだった。だからこそ、人間を知るために、こうして王都でパン屋を開き、いろいろな人と関わっている。パン作りの才能があったことは、ロイも素直に驚いていた。
「なあ、一人で問題ないか? 困ったことあれば言うんだぞ」
「うん。もう少し待ってて……もう、弓は握れないし後悔はないけど、もう少しだけ人間を観察したいの。もう少ししたら、あなたの家に行くから」
「……ああ」
セレネはもう、人間嫌いではない。
いろいろな人と関わり、前に進んでいる。
それがロイは嬉しく感じた。
「よし。なんか手伝えることあるか? 力仕事とか任せておけ」
「じゃあ……今日、泊って」
「……お、おう」
この日、ロイはセレネと過ごし、目いっぱい甘えさせるのであった。
◇◇◇◇◇◇
翌日。
ロイは、再び城下町を歩いていた。
ダメ元で、王城のある正門まで向かってみた。昔よりも警備が厳しく、常駐の聖剣士が門を守っているようだ。
『む、七聖剣の気配。おやおや、どうやら七聖剣士が勢ぞろいしているようだぞ』
「マジ? エレノアたちもいるのか?」
『ああ。大方、坊ちゃん殿下の即位祝いかもしれんな。どうする?』
「どうするも何も、俺もう平民だしな……」
王城正門前の警備が頑丈な理由は、サリオスの即位も無関係ではなさそうだ。
周りには新聞記者や、サリオスを一目見ようとする野次馬も多い。そういう対処のために聖剣士が揃っているようだ。
『忍び込め。お前なら朝飯前だろう』
「アホ抜かせ。できたとしてもやんねーよ……まあ、エレノアたちがいるならいいか。俺の分もきっとお祝いの言葉を言うと思うし」
『まったく……おい、せめて会えるかどうか聞いてみろ』
「無理に決まってんだろ……相手は次期国王だぞ」
『いいから行け』
「はいはい……仕方ないなあ」
ロイは仕方なく、警備の聖剣士の元へ。
女性聖剣士は、ロイが近づくとジロジロ見た。
「何か御用ですか?」
「えっと……サリオス、じゃなくて殿下の友人でロイって言います。あの~……殿下に挨拶とかできませんよね?」
「お帰りください」
「ですよね。あ、その、いちおう『ロイがおめでとうって言ってた』と伝えてください。じゃ」
それだけ言い、ロイは離れた。
『……伝えるわけないだろうが』
「かもな。ま、別にいいよ」
ロイは王城から離れ、一度だけ振り返り……軽く手を振った。
「おめでとうサリオス、お前ならきっといい国王になれる」
そう呟き、ロイはその場をあとにした。
◇◇◇◇◇◇
◇◇◇◇◇◇
トラビア王城、貴賓の間。
サリオスは、腕を組んでベタベタ甘えているヴェンデッタに苦笑しながら、友人たちの祝福を受けていた。
「おめでとう、サリオスくん。ううん、もう国王陛下って言わなきゃダメかな?」
ロセ。相変わらず低身長で巨乳……だが、そのおっとりした雰囲気には磨きがかかっている。
今は、ドワーフの国所属であり、トラビア王国の聖剣士だ。
「ありがとうございます。ロセ先輩」
「むぅぅ、旦那様、浮気はダメですよ。愛妾は一人までです」
「キミは何を言ってるんだ……ロセ先輩はもうすぐ結婚するんだぞ」
すると、結婚相手のスヴァルトが欠伸をしながら来た。
「おう殿下。おめでとさん……っだ!?」
適当な挨拶に、ロセの鉄拳と背後にいたララベルの蹴りが炸裂する。
吸血鬼の国には行かず、トラビア王国の聖剣士として剣を振るうスヴァルトと、エルフの国で剣を振るうララベルだ。ちなみにロセとララベルはスヴァルトの妻でもある。
「あんた、陛下に舐めた口きくと処刑されるわよ」
「アホ。んなわけねーだろ」
「え、ええ……さすがに処刑は」
「つーか蹴りくれやがって……一張羅に足跡付いたじゃねーか。罰として今夜たっぷり可愛がってやるから覚悟しておけ」
「フン。アンタ、アタシを満足させたことあったっけ? ねえロセ」
「はいはい二人とも~、生々しい話はそこまでね~」
手をゴキゴキさせるロセにビビる二人。
どうやら二人ともロセの尻に敷かれているようだ。
「あ、いたいた。おーい」
と、ここで貴賓の間に、エレノアとユノ、アオイが入ってきた。
三人とも十九歳。この三年で目麗しく成長した。
エレノアは長い髪をポニーテールにして、身体付きもさらに豊満でふくよかになっている。太ったのではなく、女として魅力が増していた。
ユノは、ショートヘアを伸ばしセミロングにした。身体つきは小柄なままだが、そこがまた愛らしい。
アオイは、髪を三つ編みにして腰まで流していた。男装をやめ、今は女性剣士の姿である。
「サリオス、即位おめでとっ」
「おめー」
「うむ。今日はよき日だな」
「おい、あの祝福はテキトーじゃねぇのか?」
スヴァルトが言うが、ロセとララベルは無視。
ヴェンデッタは「積もる話もあるでしょうし」と、なぜか寝室へ行ってしまった。
七人の剣士は座り、久しぶりの集まりで話も弾む。
「でさ、魔界に行ってきたの。パレットアイズにお菓子いっぱいあげたわ」
「めっちゃ喜んでた」
「うむ……七魔剣士たちも、今は改心して働いている。どうやら、魔界の情勢も人間界となんら変わらない。生活があり、文化がある……」
「そうか。三人ともお疲れ様。しばらく休暇になるから、ゆっくり休んでくれ」
「うん!! や~っと家に帰れるわ」
「ロイに甘えたい……」
「うむ。旦那の元で過ごすとしよう」
これからしばらくの休暇。エレノアたちは大喜びだ。
すると、ドアがノックされ、数人の聖剣士が入ってきた。
「失礼いたします!! 陛下、訓練のお時間です」
「あ、そうだった……ごめん、少し時間をずらしていいかな? もう少し、仲間と話をしたいんだ」
「かしこまりました。あ、と……」
「ん?」
女性の聖剣士が、少し迷ったように言う。
「先ほど、正門に一人の男性が『陛下に会いたい』と尋ねて来まして」
「謁見の申請かい? ん~、今はまだ正式に即位していないし、無理かなあ」
「はい。それでお断りしたんですけど……伝言が」
「伝言?」
サリオスが首を傾げる。
自然と、全員がその話を聞いていた。
「ロイという方が、『おめでとう』と伝えてくれと」
「「「「「「「え」」」」」」」
この日、七星剣士は一番の驚きだったという。





