全ての呪縛が解ける時
『…………ここは』
目を開けると、そこは真っ白な世界だった。
ロイは自分の手を見る。それは半透明になっており、実体が希薄だった。
だからこそ、すんなり受け入れられた。
『俺、死んだのか……』
ほんの少しだけ悲しみ、半透明の手をギュッと握る。
そして、顔を上げ、晴れ晴れと言った。
「満足だ。俺は……やりきった』
「勝手なことを言うな、馬鹿者」
と、背後で声が聞こえたので振り返ると……そこにいたのはデスゲイズだった。
腕組みをし、ムスッとした表情でロイを見ている。
ロイは目を擦り、驚いていた。
『おま、なんで? え、俺の見てる幻覚か?』
「違う。まあ、幻覚のようなものに違いはないがな」
デスゲイズは近づき、ロイの胸に拳をポンと打ち付ける。
「ササライは倒した。我輩の作った『虚空神殿』の、さらに切り離した領域内で、永遠に苦しみ続ける。我輩が消滅しても永遠にな」
『……そっか。エレノアたちは?』
「全員無事だ。我輩が怪我を治し、ついでにトラビア王国の負傷者も治してやった。ふふん、感謝しろ」
デスゲイズは胸を張る。こうして見ると、かなりの大きさでロイは目を逸らした。
そして、確認する。
『……俺の頼みは、果たしてくれたか?』
「ああ。パレットアイズ……あいつに、三つの魔王宝珠を埋め込んだ。今は、生き残った魔界貴族を率いて、魔界を新たに統治するだろう。それにしても……」
ロイは、戦いが終わったらパレットアイズに『魔界の統治』を頼んだ。デスゲイズは魔王宝珠を取り返し、再び埋め込むことで魔王としての力を取り戻させた。
パレットアイズは、デスゲイズの復活に仰天こそしていたが、ロイの「お前はもう人間を傷付けない、愛を知ったから」という言葉を胸に、魔界へと戻った。
「今のパレットアイズなら、問題ないだろう。腐っても元魔王、今はあいつが魔族の王。そう遠くない未来、魔界と人間界の行き来もできるようになるかもな……まあ、パレットアイズには菓子でも渡しておけばいい」
『ははは……そうなったらいいな』
ロイは笑った。きっと、パレットアイズならそうするだろう。
アンジェリーナも、シェンフーもいる。
戦いの中、争いを望まない魔界貴族がいたのも何となく気付いた。これからはきっと、人間も魔界貴族も、同じ世界を生きることができる。
『……本当に、やりきったな』
「ああ、そうだな」
『俺も、命を賭けた甲斐があった。お前には本当に感謝してる』
「…………」
『……じゃあ、そろそろ。俺は行くよ』
「……そうだな」
ロイが目を閉じた時……がでフワっと近づいてきた。
そして、ロイとデスゲイズの唇が重なった。
『……ん』
「……ロイ、お前が行くのは、これからの未来だ」
『え……?』
「お前がいない世界は退屈でな」
ロイの身体が、消えていく。
同時に、デスゲイズの身体も消えていく。
ロイは嫌な予感がした。デスゲイズに向かって手を伸ばす。
『おい、デスゲイズ……お前、何を』
「光栄に思え。魔王のキス……ふふ、我輩のファーストキスだ」
『デスゲ……』
ロイが最後に見たのは、デスゲイズの優しい微笑みだった。
◇◇◇◇◇◇
「───デスゲイズ!!」
手を伸ばすと、ぐにゅっと柔らかなモノを鷲掴みにした。
「……ろ、ロイ」
「え? あれ? え、エレノア? え」
むにむにと揉むそれは、エレノアの胸。
前にもこんなことがあったとロイは青ざめ、ブン殴られると思ったが。
「ロイぃぃぃぃぃぃぃ!!」
「うぉぉぉ!? ちょ、胸!! 手、放すからどいて!!」
「そんなのどうでもいい~~!! うぇぇぇぇん!!」
「うおおおおおおお!? え、え……」
エレノアの胸を鷲掴みにしながら、ロイは抱きつかれた。
部屋を見ると、豪華な寝室のようなところだった。
やたらデカいベッド、調度品があり、まるで高級宿の一室。
「ロイ……」
「ろ、ロイ……」
すると、ドアが開いてユノとアオイが入ってきた。
入るなり、二人も飛び込んでロイに抱き着く。
「ろい、ロイ……うっぅっぅ」
「ユノ……な、泣くなよ」
「ロイ、好き、好き……もう離れないで」
「あ、ああ……」
「ロイ殿、約束を果たす時だ……私を、女に」
「お、落ち着け。マテ、お前たち離れてくれ。頼むって!!」
ロイはようやく、エレノアたちから離れることができた。
エレノア、ユノ、アオイの三人。三人とも聖剣レジェンディア学園の制服……さらに気付いたが、アオイが男子制服ではなく女子制服を着ていた。
「……ここ、どこだ?」
「サリオスの計らいで、王城の客間を借りたの。学園の寮も被害が出てね……今、城下町全体で復興作業中」
「そっか。あの……俺、どうして」
死んだはず、と言おうとしたが、言ったら三人ともまた泣きそうだった。
胸や腹にあった傷はない。それどころか、体調はすこぶるいい。
そして、気付いた。
「……デスゲイズは?」
「「「…………」」」
三人とも、何も言わない。
ロイは胸に手を当て……こうして生きているのがデスゲイズのおかげと知った。
「あいつ、まさか……自分の命を、俺に?」
そうとしか、考えられなかった。
夢で見たデスゲイズの顔。きっと、別れの笑顔。
そう思った瞬間、ロイは涙を流した。
「デスゲイズ……馬鹿かあいつ。せっかく封印を解いて、自由になったのに……」
感謝すべきなのか、怒るべきなのか。
ロイは胸に手を当てたまま、静かに涙を流し──。
◇◇◇◇◇◇
「うむ、このドーナツは美味いな。やはり人間の『食文化』は素晴らしい。魔族とは比べ物にならん。もぐもぐ」
◇◇◇◇◇◇
聖剣レジェンディア学園の女子制服を着たデスゲイズが、大量のドーナツ片手に部屋に入ってきた。
「お、起きたかロイ。ドーナツ食うか?」
「…………なんで生きてんのお前」
「何? 我輩が生きてて嬉しくないのか貴様は!!」
「いや、というか、うう、なんか混乱一歩手前……え、なんだこれ」
ロイは頭を押さえた。
もう意味がわからない。死んだはずなのに生きているし、デスゲイズは普通にいる。しかもなぜか女子制服を着て。
デスゲイズはドーナツをモグモグ食べながら、ロイのいるベッドサイドに座る。
ユノがジーっとドーナツを見ていたが、渡す気はなさそうだった。
「お前は、確かに死んでいた」
「………」
「だから我輩は、自分の命の一部と、全ての権能の力を使い、お前の『命』を創造し譲渡したんだ。おかげで、我輩の力は大幅ダウン、全ての権能も弱体化……ヒトの姿こそ取れるが、気を抜くと……」
ポン、と……デスゲイズは『魔弓デスゲイズ』となり、ベッドに転がった。
『魔王宝珠を媒介に命を創造したから、存在を維持できなくなった。だから、壊れたお前の弓を媒介に、この世界に留まっている。つまり、我輩とお前は同じ命で存在しているようなモノだ……ふんっ』
すると、デスゲイズは再び人の姿へ。
ドーナツをモグモグ食べながら言う。
「ロイ、感謝する。我輩の封印を解き、魔王との戦いを終わらせた……お前は、八咫烏は、この世界の英雄だ」
「……そういうのは俺じゃない。七聖剣士たちが受け取る賞賛だよ」
「ふ、お前ならそう言うと思った。だから……ここからは、我輩の褒美をやる」
「え?」
と、デスゲイズは制服の胸元をはだけ、胸を露出した。
「どうせ我輩は孕まん。いつでも好きな時に、我輩の身体を好きにしていいぞ」
「はい!?」
「ちょ、真面目な話だから黙って聴いてたけど、そういうのはダメ!!」
「最初、わたし」
「いやいや、拙者も約束が」
騒がしくなる客間。
騒ぎを聞きつけたサリオス、ロセ、ララベル、スヴァルトが駆け付け、ロイの無事を喜ぶことになり、再び騒がしくなる。
こうして、戦いは終わった。
七聖剣士の戦いが終わり、世界に平和がもたらされるのであった。





