八咫烏と月光鳥
ロイとエレノアは、ひたすら走っていた。
「城にみんな行ったの!?」
「ああ!! 恐らく、そこに魔剣士たちと、ササライがいる!!」
背後では、聖剣士と魔界貴族の戦いが激化している。
王都の城壁をよじ登る魔獣もいた。恐らく、城下町でも戦いは始まっている。
ロイは歯噛みする。
「オルカ、ユイカ……どうか無事で」
『クソ。魔族の援軍、人類の援軍のタイミングもピッタリだ。そしてこれから向かう王城……結果的には、七戦し、三勝三敗一分けという接戦……これから戦うのは魔王ササライと、それぞれ手負いの聖剣士、魔剣士……だが、勝機はある』
「勝機?」
走りながらエレノアは言う。
ササライの城は見えるが遠い。
『ロイ、お前の聖域で聖剣士を強化し、魔剣士を弱体化させる。そうすれば負傷した聖剣士でも勝ち目はある』
「でも、セレネもいる」
『ああ。ロイ……いい加減、権能を使え。今のお前なら、我輩の七つの権能をフル活用できる。はっきり言う……これまでの魔剣士の戦いを見たが、お前の全力を出せば、七人相手だろうと勝てる』
「……買い被りすぎだ。あのグレコドローマとか、ライハとか、アークレイとか……俺だけじゃ」
『勝てる。ロイ、いい加減に自分を低く見積もるな。今のお前は間違いなく、魔王レベルの強さだ』
エレノアはゴクリと唾を飲み込む。
不思議だった。
ロイは隣を走っている。だが、戦闘形態で意識を周囲に配りつつも、ロイは自分の気配を完全に殺している……足音すらしないので、まるで浮きながら走っているようだった。
もし、完全に隠れて狙撃をすれば、エレノアも感づけない。
「……ロイ。あのさ」
「──エレノア!!」
ロイはエレノアの前に飛び出し、魔弓デスゲイズを振り矢を叩き落とした。
いつの間にか、十メートルほど先にセレネが立っていた。
真っ白いコート、フード、マスクを被り、ロイに矢を向ける。
ロイは深呼吸し……一歩前に出た。
「……確かに、お前の言う通り。はは、なんでかな……ササライのシナリオに踊らされていたのか、どうもアイツとだけは権能を使わずに決着を付けたかった」
「……ロイ?」
「エレノア、少し下がってて」
ロイはさらに一歩前に出て、セレネに言う。
「セレネ。はっきり言う……俺は、お前を殺すつもりはない。お前とは殺し殺されるじゃない、同じ狩人として高め合いたいって思ってる」
「……それは無理。私、ササライ様の弓だから」
「俺も、七聖剣士の援護役。表立って戦うことはない。でもな……ササライを倒すためには、やらなきゃいけないんだ」
「……で、どうするの?」
「全力でいく。権能も使わない、俺の……八咫烏の、ロイとしての、狩人としての、俺がこれまで積み上げてきた全力でお前を倒す」
ロイの呼吸が浅くなる。
エレノアは驚いていた。
「ま、待って。あんた……全力って」
「魔王の時も、修行の時も、俺は本当の意味で全力じゃなかった。新しい権能とか使ったし、身体がボロボロで全力とか出せない戦いもあったしな」
「……それで、私を全力で倒すの?」
「ああ」
ロイはゆらりと身体を揺らすと、矢を一本抜く。
なんの仕掛けも、魔力も籠っていない。その辺の村でも買える一本の矢。
「……──」
「……ッ!! 面白い」
ロイの気配が変わったのを感じたのか、セレネも一本の矢を抜く。
「いいよ。私とロイ……互いに一本の矢で、決着を付けよう」
二人の空気が張り詰め、エレノアはゆっくりと後ろに下がった。
◇◇◇◇◇◇
セレネは、言葉と裏腹に緊張が隠せなかった。
ロイ。
八咫烏の少年は、まだ十六歳という若さなのに、熟練を遥かに超えた威圧感をしていた。が……全力を出すと言った瞬間、その威圧感は消え、木の葉のような気配となる。
ゆらりと、矢を弓に番えた。
セレネも矢を番えた。これから放たれる矢はどこを狙うのか。
緊張がピークに達する……と同時に、セレネは呼吸法により精神を落ち着ける。
目の前にいるロイ。そして、セレネ。
「決着を」
ロイがそう呟き、矢が放たれた。
セレネも矢を放つ。
全く同時に飛んだ矢──だが。
「えっ」
消えた。
ロイの矢が消えた。
デスゲイズの権能……だが、権能ではない。
突如、右腕に熱が走った。
「あっ……」
なぜ、矢が刺さっているのか。
ロイが消えていた。
瞬きをしていない。だが、いない。
ロイは、セレネの真横にいた。そこから矢を放ち、セレネの腕を射抜いたのだ。
「……なんで?」
最初に出たのは、疑問だった。
◇◇◇◇◇◇
(信じられない)
デスゲイズは、もし身体があったら震えが止まらなかった。
ロイは権能を使っていない。
間違いなく、完全に、自分だけの力で矢を放った。
矢を番えたまでは、その場にいた。
だが、矢を放つ瞬間、ロイは動いた。
セレネの真横に移動し、右腕を狙ったのだ。
音も、気配も、空気も、空間も、この世に存在する全てを騙す速度で動き、世界を嘲笑ったのだ。
『……』
ロイはいた。
だが、世界がそれを認識できなかった。
動いたことを、世界が理解できなかった。
人の身に、いや神ですら持つことのできない『弓』の才能。
エレノアが唖然とし、眼を何度も擦っているのが見えたが、もうデスゲイズにはどうでもよかった。
ロイがセレネの真正面にいると、世界を騙した。
ただの身体能力で。
バカだった。あまりにも、人間を超え……神をも超えていた。
ロイの本気は、世界を超えた。
「俺の勝ちだ」
セレネは何も言わず、矢の刺さった腕を押さえた。
もう、敗北どころではない。
徹底的に、打ちのめされた。
もう、弓が持てないほど、セレネは敗北してしまった。
「……っ」
「ほら、腕見せろ」
「……今の、なに」
「ん? 矢を放った瞬間、移動しただけ。お前は矢を放ったと錯覚しただろ? 実際は真横に移動して、お前の右腕を射抜いた……痛むぞ」
「っづ!?」
ロイは矢を抜くと、手持ちの道具でセレネの腕に包帯を巻く。
手当てを終え、仮面を外して素顔を晒し、セレネに言う。
「俺たちは行く。勝負は俺の勝ちだから、もう邪魔するなよ……行こう、エレノア」
「う、うん。ねえ今のホント何? わけわかんない」
ロイとエレノアは走り出し、残されたセレネは動けなかった。
「……ロイ」
天才を超えた神才……セレネはもう、ロイに挑もうなど考えることがなかった。





