彼方永久・純白の至高魔王ササライ①/無垢な魔王
ロイの放った矢が、時速数百キロで飛ぶ。
ササライの『魔王聖域』であり、ササライの住む居城でもある『忘却王城彼方永久』の見張り塔に立つ『月光鳥』ことセレネは、一瞬で白い矢を番えて放つ。
だが、セレネが矢を放つと同時に、ロイの矢が消えた。
「───!!」
驚くセレネ。
何度か見たことはあるロイの《権能》だが、『時空矢』を見たのは初めてだった。
矢が消えた瞬間、次に現れたのはササライの胸……心臓の一から、十センチほど前。
「へえ」
ササライが感心した瞬間、矢が胸に突き刺さった。
異常に気付き、テラスにいた七人の魔剣士が振り返る。そこには、胸に矢が刺さったササライがいた。
「あ……主!!」
アークレイが叫ぶ。
ほかの魔剣士たちも驚愕するが、ササライが手で制した。
「大丈夫大丈夫。ちょっと驚いたけど問題ないよ。というか……すっごいね八咫烏。完全完璧にボクを殺す気満々。慈悲はゼロ、狩りをするみたいに無感情で、完璧。いやぁ……驚いたよ」
「八咫烏……ッ!!」
七魔剣士のリーダー、アークレイは歯を食いしばる。
テラスから見えたのは、トラビア王国の外壁に移動した八咫烏だ。すでに位置を変え、第二射のポイントを探している。
魔剣士になぞ目もくれず、ササライを殺すための冷酷な《狩人》となって。
アイシクルミューゼことアミュが言う。
「主様。全部隊を展開し、トラビア王国を……」
「まだダメ。あっちの準備が整っていない。開始はお昼って言ったけど、間に合わないようだったら待つよ」
「え……」
「人間にとっての最終決戦なんだ。悔いの残らないようにさせてあげようじゃないか」
「主様……なんてお優しい」
アミュは歓喜に震え、その慈悲に涙していた。
だが、サスケとヴェスタは強い殺気を込め、八咫烏を睨んでいた。
「あいつ、嫌い……!!」
「同感だ。我が主に傷を付けるなど、断じて許せん……!!」
「まーまー二人とも、ボクは平気だって。それよりさ、ちゃんと一対一で、七聖剣士を倒してくれよ? 勝ったらご褒美、あげちゃうよ」
ササライは、胸に刺さった矢を無造作に抜く。
血が噴き出し服が汚れるが、一瞬で傷がふさがり、さらに服に空いた穴や血の汚れも消えた。
そして、天井を見る。
「それに、八咫烏は……セレネの獲物だから、手出し無用だよ。フフフ、本当に面白くなってきたよ。七聖剣士と七魔剣士、そして二人の弓使い……さらに、魔族と聖剣士の大戦争。特等席で見る最高のショーだ。本当に楽しいよ」
ササライは笑い、『時空矢』を手で弄んでからへし折った。
◇◇◇◇◇
当然だが、今のが挨拶だった。
ロイは矢を放つと同時に離脱。矢の結果を確認することなく外壁通路にしゃがみこんでいた。
『無茶をしおって……』
「めちゃくちゃ緊張したわ……もうやらないかもな」
『そうしておけ。やれやれ……お前といると本当に退屈しないな』
ロイは一呼吸入れ、エレノアたちと合流すべく学園を目指そうとした。
「や」
「…………」
だが、ロイの真横にいたササライが、ロイの肩を掴んだ。
「…………は」
ロイは唖然とした。が、すぐにササライの手を弾き距離を取る。
ササライは「おお」と弾かれた手を見て驚いていた。
「びっくりした? まぁ、ボクもびっくりしたからおあいこだね」
「…………」
心臓が、口から出そうなほど跳ねていた。
背中に冷たい汗が流れている。
殺せた。
殺された。
狩人であるロイが、これほどの接近を許してしまった。
全く気付かなかった。
「そうおびえないでくれよ。始まる前に、ちょっと話がしたいだけさ」
ロイは、ササライの城を一瞬だけ見た。
一瞬で仮面に魔力を注ぎ視力を強化。テラスの奥にある玉座には、間違いなくササライが座っている。
「……偽物」
「正解。と言いたいけど、あっちも本物、こっちも本物さ。デスゲイズ、きみならわかるだろ?」
『……《忘却》か』
「正解。デスゲイズがいるなら隠す必要もないか。ボクはね、『どんな事実でも一つだけ忘れる』ことができる。たとえば……」
次の瞬間、ロイの身体が浮かび上がった。
「なっ!?」
「キミは『重力を忘れた』から、地面がキミをつなぎ留めておくことができなくなった」
「……じゅう、りょく?」
じゅうりょく、とは何だ?
ロイは知らない。知っているはずなのに、思い出せない。
たとえロイが知らなくても、重力は身体を地面に留めておくための力だ。ロイ個人が忘れていても、重力があるという事実が消えることはない。
だが、ササライの力である『永遠忘却』を受けた全てのモノは、その事実を忘れてしまう。
「解除」
ササライが指を鳴らすと、ロイは地面に着地した。
同時に重力を思い出し、ササライと距離を取る。
「心配しないでも、もう使わないよ。この能力……一度に一つしか『忘れる』ことができないし、使っている間はほかの能力を使えない。めんどくさい力さ」
今、王城では『ササライが玉座にいる』という事実を全員が忘れている。だからササライが玉座にいなくても『いる』ということになっており、たった今ロイに『重力』を忘れさせたので、一時的にササライが消えた状態になっていた。
なので、ササライがいないということを、魔剣士たちは知ってしまった。
案の定、違和感を感じたアークレイが何かを叫んでいる。
「あちゃぁ……気づかれちゃった。さすがアークレイ、あっちに新しいボクを設置したのに、もう違和感を感じ取った」
『で、用件は。貴様……まさか、この場でロイを倒すというのか?』
「え~? あっはっはっは!! そんなもったいないことしないよ。見てごらんよ……これだけの数の魔族でトラビア王国を完全包囲。そしてボクの精鋭である七人の魔剣士、そしてこのボク……役者は全て揃ったんだ」
「……役者、だと」
ロイは弓を強く握りしめる。
「そうさ。ボクは見たいんだ。ヒトと魔族の大戦争!! 七人の聖剣士、魔剣士の戦い!! 聖剣士と魔剣士の戦い、そのすべてをね」
『くだらん!! 貴様……そんなことのために』
「そんなこと、じゃないさ。ボクは常々思っていたよ。この広い世界に、魔族と人間が争いながら暮らしている。それってさ……正しい姿なのかな、って」
『…………』
「どっちかで、いいじゃないか。それに、魔王だって一人でいい。だからボクは決めたんだ。人間と魔族を全力で争わせ、残った方がこの世界の中心になればいい、ってね」
「……お前」
「当然だけど、ボクは人間も応援してるよ? 現に、中心国であるトラビア王国の応援に向かうように、七つの国に援軍を出すよう脅してきた。今、トラビア王国にこの世界の聖剣士たちが終結しつつある」
ササライが指を鳴らすと、ロイの前に映像が浮かぶ。
映し出された映像は六つ。人間界にある七つの国家、トラビア王国を除いた六つの国の聖剣士や兵士たちの進軍だった。
「あと半日もすればここに到着する。ちょうど、トラビア王国を囲むように六つの国の軍が現れる。背後から魔族が討たれるだろうね。でも、その時にボクも援軍を出す。人間と魔族の力が拮抗するように。ふふふ……ゾクゾクしないかい? 本当の大戦争が始まる!! 人間界、魔界の全てを賭けた大戦争!! ああ……長かった。ようやく、ここまで来た」
『……ササライ』
「デスゲイズ、キミは最後に、ボクが自らの手で屠る。それまで精々、聖剣士の援護をしているんだね」
そう言い、ササライが消えた。
ロイは歯を食いしばる。
「あいつ、狂ってんのか!?」
『ササライ。あいつは……退屈なんだ。四人の魔王の中で最も優秀だった……クソ、間違いなくササライの言うことは事実だ。援軍が来るのはいいが、トラビア王国の周辺は更地になるぞ』
「くそ……ッ」
ロイは全力で、エレノアたちのいる学園へ向けて走り出した。