ロイの憂鬱と八咫烏
結局、オルカの勘違いだった。
バビスチェの『聖域』が発動した時、ムラムラしたオルカがユイカに襲い掛かったが、ユイカが聖剣の『能力』に目覚め撃退。さすがにマズいと思ったのか、オルカを男子寮まで運んだが、聖域に当てられムラムラしてしまい、上着を脱いだところで我に返り、なんとか女子寮まで戻り引きこもってたそうだ。
エレノアからその話を聞いたオルカは、安心していた。
「よ、よかった。よかった……!!」
「うむ。安心だな」
アオイがオルカの肩をポンポン叩く。
ロイは、エレノアに聞いた。
「なぁ、ユイカの能力って?」
「『催眠』だって。半径一メートル以内の生物を強制的に眠らせるんだってさ」
「便利だな……まぁ、誤解じゃなくてよかったよ」
「あれ、どこ行くの?」
「……ちょっとな」
ロイ、アオイ、オルカの三人は、エレノアを探してショッピングモールへ来ていた。本来は外出自粛なのだが、気分転換にと出歩いている生徒は多い。
ロイはエレノアたちから離れ、一人で歩きだした。
『……どうした?』
「いや、いろいろ考えること多いよな」
『……まぁな』
ロイはショッピングモールを出て、誰もいない学園中庭へ。
ベンチに座り、大きな欠伸をして、木刀形態のデスゲイズに言う。
「なぁ、なんでお前……バビスチェに正体をバラしたんだ?」
『……あそこでバビスチェを無視することもできた。でもな……そうしたくなかった。お前は知らんだろうが、我輩と四人の魔王は、そこそこ長い付き合いがある。恨みこそあるが……死を前に、あんな顔を見せられたら……な』
「……お前も、けっこう甘いんだな」
『否定しない。だが……おかげで、ササライにバレた。パレットアイズも知るだろう。魔王を二人倒した時点でバレても構わんと思っていたが……正直、厳しい』
「は?」
『我輩の予想では、バビスチェとトリステッツァを倒した時点で、封印の半分……つまり、我輩の力の半分は戻っているはずだった。だが、まさかササライが、二人の力を吸収しているとは思わなかった。我輩の封印は未だ解除されん。五割の力が戻れば、万全な魔王二人がかりでも無傷で屠ることはできるが……』
「……おい、マズいだろ」
『ああ、マズい。我輩の存在がバレて、ササライはルールを超えた何かを仕掛けてくる。当然、我輩の殺害も目的に入っているはずだ』
「…………マジかぁ」
『ああ。それに、最後……見ただろう? エレノアの剣を受け止めた女を』
「え? ああ、あれは確か……魔剣、だったっけ。魔界貴族が何人か持ってたな」
『あの力。七聖剣に匹敵する力を感じた。炎の魔剣といったところか……恐らく、七本、七聖剣と同じ数あると思え。そして……白い鳥」
「…………」
『月光鳥』のセレネと名乗った、白い弓士。
全てがロイと正反対。明確にロイを敵視していた。
『ササライは、拘る。あいつは徹底的に『場』をセッティングし、観客気分で観戦することを何よりも好む……七聖剣士と、それを補佐する『八咫烏』に対し、七人の魔剣を使う剣士と、それを補佐する『月光鳥』……クソ、あいつの考えそうな演出だ』
「……それに、快楽の魔王もいる」
『我輩の封印も解けずじまい……そして、我輩の存在もバレた』
「……頭痛いな。あ、お前のことバレたなら、もう先輩たちに『八咫烏』のこと言ってもいいんじゃ」
『状況が変わった。やはり、お前の存在は隠しておけ』
「え、なんで」
『恐らく、ササライはそう望む。奴の演出に水を差すような真似をするのはまずい』
「……よくわからんけど、わかった」
ロイはベンチに深く腰掛け、空を見上げた。
「もっと、強くならなきゃな……」
『なに?』
「聖域を使いこなして、弓の訓練、権能の使い方もイチから見直す。あの白い女……対峙してわかった。あいつは強い」
『フン、あの程度、今のお前なら』
「あいつは俺が倒す。『狩人形態』だけで、他の権能は使わない」
『……は?』
「あいつは俺と同じ、狩人だ。俺と同じく権能を持ってるかわからんけど……あいつは弓しか使っていない。だったら俺も、その上であいつを倒す」
『お前、何を』
「譲らない。これは、俺の狩人としての意地だ」
そう言い、ロイは立ち上がる。
「俺はイチ生徒だから何もできないけど……今は、王都や学園のが大変そうだ」
『確かにな。町や施設の破壊だけなら問題ないが……バビスチェめ』
現在、王都や学園の施設復旧作業が進んでいる。
同時に……性被害を受けた者、望まず加害者になった者、時間が経てば望まぬ妊娠をする者も現れる。
それらのケアも、同時に進んでいた。
加害者は後悔し、被害者は精神的に病む者もいるだろう。
「な、忘却の魔王はまだ動かないか?」
『ああ。まず間違いなく、奴の手番が始まる前に接触がある。恐らくだが……こちらの体勢が万全になるまで、動かない可能性もあるぞ』
「親切な野郎だな……」
『……ロイ、ササライを絶対に侮るな。奴は間違いなく、最強の魔王だ』
「わかってる」
ロイはデスゲイズを腰に差し、歩きだした。