愛天使バビスチェ・キューピッドのラブソング①/魔性化
『クソ、最悪……バビスチェの『魔性化』だ』
デスゲイズは吐き捨てるように言う。
愛の魔王バビスチェの『魔性化』は、美しき純白の翼を広げた『天使』だった。
天使。それは、遥か大昔、世界の七割を支配していた種族。時代と月日の流れでヒトになる術を見つけ、その数が徐々に減り……最終的には、滅びた種族だ。
『我輩が生まれるよりも大昔に存在した種族だ。とある呪いを司る種族に敗北して以来、ヒトに憧れを抱き、その翼と力を捨て去ったと聞いたが……奴め、先祖返りか、後天的なのか、天使の力を持っていたとはな。我輩ですら数えるほどしか見たことがない』
聖域を解除したロイは、全身疲労に包まれていたが、呼吸を整え少しでも体力回復に努める。
周りを見た。
エレノア、ユノ、ロセ、サリオス、ララベル、スヴァルト、アオイ。
七聖剣士が勢ぞろい。聖剣の歴史を振り返っても、ほとんどない貴重な光景だ。
「おい八咫烏、今の技、もう一回できねぇのかよ!!」
スヴァルトが言う。
だが、聖域はもう展開できない。コツを掴んだと言っても、人間であるロイに何度も聖域が展開できるわけがない。
八咫烏は首を振ると、スヴァルトは舌打ちする。
そして、鋸剣を肩に担ぎ、全員に言った。
「テメェら!! ここが踏ん張りどころだ。気合入れろやぁ!!」
「そうね、やるっきゃない!!」
「ええ。みんな、行こう!!」
ララベル、ロセが続く。
エレノア、ユノ、サリオスも剣を手に立ち上がり、アオイも立ち上がる。
だが、全員が鎧状態での疲労により息が荒い。
ロイは何度か深呼吸を繰り返し、動ける程度には力が回復。魔弓デスゲイズを握り、前に出た。
『俺が援護する、みんな、頼むぞ』
「ええ。八咫烏、サポ頼むわよ」
エレノアがバーナーブレードを、ユノがチャクラムを、アオイが薙刀を展開。
サリオスも剣と盾を装備し、天使となったバビスチェに剣を向ける。
「愛の魔王バビスチェ……ここからが本当の戦いだ!!」
「ふふふ、可愛いこと言うわねぇ? もう闘いなんて終わってるのに」
バビスチェが翼を広げると、白い羽が舞った。
◇◇◇◇◇
ロイは『狩人形態』の状態で近くの木に飛び移り、一瞬で矢を五本抜いて番た。
「大罪権能『暴食』装填───『魔喰矢』」
肉を喰らう矢が五本放たれ、複雑な軌道でバビスチェを狙う。
だがバビスチェは、光の剣を軽く振っただけ。それだけで矢が消滅した。
チラリと八咫烏のいた場所を見るが、すでにいない。
ロイは『暗殺形態』に転換し、小石をバビスチェの上空に投げ、『入替』でバビスチェの上空へ。
すぐに『殺戮形態』に転換し、ショットガンを向けた。
「コロコロ変わるのねぇ」
「喰らえ!!」
ショットガンを連射する。が、バビスチェの周囲をキラキラした『星』が周り始め、弾丸を全て弾いた。驚く間もなく、バビスチェはロイに向けて手を伸ばしてくる。
「『灼炎楼・熱線砲』!!」
だが、エレノアの熱線砲がロイとバビスチェの間を通過。その隙にロイは『暗殺形態』に代わり、小石を遠くへ投げ自分と位置を変える。
そして、殺戮形態になり、ライフルを構えた。
「はぁぁぁぁっ!!」
「サリオス、お願い」
ユノが氷で足場を作り、サリオスが駆け上がる。
スヴァルト、ララベルも駆け上がり、三人が同時に攻撃を放つ。
だが、バビスチェは笑っていた。
「『風の聖天使』!!」
「「!?」」
「な、アタシより、強い風───」
バビスチェを竜巻が包み、三人が弾き飛ばされた。
そして、バビスチェは手をユノに向ける。
「『氷の聖天使』」
「うそ!?」
ユノの氷が砕け、バビスチェの氷が礫となりユノに襲い掛かる。
そして、光の剣を《炎の剣》に変え、エレノアに向けた。
「『炎の聖天使』」
「くっ……!!」
バビスチェが接近し、エレノアに向けて剣を振るう。
素人。だが……その速度、そのパワー、全てがエレノアよりも上。
エレノアが完全に防御に回った瞬間、ロイのライフルから弾丸が放たれる。
しかし、バビスチェは口を開け、ロイの弾丸をパクッと食べた。
「ふふ、飴玉みたい」
「クソ……ッ」
舌の上で弾丸を転がすバビスチェ。
もう、全員が気付いていた。
『遊んでいる……』
デスゲイズが言う通りだった。
バビスチェは遊んでいる。その気になれば、全員まとめて始末することもできる。
それくらい、力の差があった。
「ね、もうやめにしない?」
翼を広げ、バビスチェは言う。
上空から、七聖剣士と八咫烏を見下ろしながら。
「もう、勝てないわ。トリステッツァの時とは違う……私はね、トリステッツァよりも弱い。でも、今のあなたたちより遥かに強いわ。どうしても、あなたたちは勝てないの」
その通りだった。
トリステッツァは、ロイの聖域によって戦力が七割削られた状態で戦った。だが、敵意を抱いていないバビスチェの戦闘力は全く変わらず、力が七倍になっても届かなかった。
バビスチェは、最終形態に覚醒した七人よりも強い。
「そうねぇ……あと三年、その状態で鍛え続ければ……この状態の私と、互角に戦えるでしょうね。でも……今は、もう無理」
バビスチェは「そうねぇ」と考え込み、クスっと笑う。
「見逃してあげる。ふふ……次はササライの手番。あの子、面白いこと始めるみたいだしね」
「ふっざけんな!!」
エレノアが叫ぶ。
それは、屈辱でしかない。
七聖剣士が全員揃い、全員が最終形態まで覚醒した。
その状態でなお、バビスチェには届かない。敵意すら抱いていない。
『───ロイ、もう一度聖域を展開できるとしたら……何秒もつ?』
「……え?」
『どれだけいける?』
「…………四十秒」
『十分だ。ロイ……バビスチェに、こう言え』
「……え? なんだ、それ」
『……奴を激高させる、魔法の言葉だ。ただし……これを言うなら、絶対に奴を始末しろ。始末できなかった時点で、間違いなく敗北する。それくらいの爆弾だ』
「…………???」
意味がわからない。
だが、やる価値はあった。
『全員、聞け』
ロイは八咫烏の声で言う。
『もう一度、聖域を展開する。残り四十秒───これが、最後のチャンスだ』
「……八咫烏」
ロイは両手を合わせ、ほんの少しだけ手をずらした。
そして、バビスチェに向かって───特大の爆弾を投げた。
◇◇◇◇◇
『バビスチェ。お前の愛はアイツへの醜い嫉妬だと気付いてるのか? 誰よりも自由で、誰よりも人を愛し、誰よりもお前が愛したあの女への当てつけだって、気付いてるか?』
◇◇◇◇◇
恐るべき殺意が、恐怖が、ロイたちの上空から全てを塗りつぶすような悪意がブチ撒かれた。
「今、何て言った」
バビスチェが、初めて敵意をロイへ向けた瞬間、ロイは残された力を全て注ぎこんだ。
「『魔王聖域』展開!!」





