始まる一学年親睦会
親睦会当日。
授業は午前中で終わり、午後は親睦会だ。生徒(主に女子)たちは、着替えるために寮の部屋へ。
女子は、ドレスに着替える。髪をセットしたり、化粧をしたりと気合の入り方が違う女子も多く、寮の部屋に美容師や服飾師など多く出入りしていた。
貴族である女子にとって、パーティーは戦場なのだ。
ロイはというと。
「こんなもんか」
地下ショッピングモールで買った、格安の礼服だ。
髪は適当にまとめ、安物の礼服に着替えて鏡の前で自分の顔を見る。
腰には、やや高めだった革製の鞘があり、そこにデスゲイズを入れた。
『む、この鞘……なかなかいいな』
「ま、一応……お前は俺の『聖剣』だしな。やかましいし、魔王とかホラ吹くし、属性もないし、固有能力は微妙だけど……」
『貴様は本当に腹立たしいな!! いいか、何度も言うが我輩は』
「はいはい、魔王様魔王様」
『き、きさまぁぁぁ!! おっぶ!?』
柄をべしっと叩き、ロイは部屋を出た。
部屋の前には、オルカがいた。
「よ、似合ってんじゃん」
「うっせ。そういうお前こそ」
「ま、実家は男爵家で、オレは五男坊だけど、イケメンだしな。こういう礼服を着こなすのは得意だぜ」
オルカは、眼鏡をくいっと上げ、セットした髪をなびかせるように首を傾けた。
イケメンかどうかはともかく、礼服は確かに似合っていた。
当然だが、オルカの腰にも聖剣が差してある。
すると、ロイとオルカの前に数人の男子生徒が。
「あの、ロイだよな?」
「え? ああ、俺はロイだけど」
「あ~よかった。悪い、オレたちさ、エレノアさんと同じクラスなんだけど、エレノアさんがあんたを呼んできて欲しいって」
「エレノアが? わかった、行くよ」
「悪いな、行こうぜ」
「ああ。オルカ、先に行っててくれ」
「おう」
オルカは適当に手を振り、一人で行ってしまった。
ロイは、男子生徒たちと一緒に歩き出す。
なんとなく振り返ったオルカは、首を傾げた。
「呼びに来た、ねぇ……エレノアさんなら、自分で呼びに行くような人だと思うけど」
「ね、ロイは」
「うおぉぉぉっ!?」
すると、オルカの前にユノとユイカが立っていた。
いきなり現れたことに驚き、後ずさるオルカ。
ユノ、ユイカはドレス姿だ。
ユノは薄い水色のワンピースのようなドレスで、氷の結晶をあしらった髪飾りやネックレスをして着飾っている。薄化粧もしており、まるで氷の妖精だ。腰に下げている『氷聖剣』も、アクセサリーのように見えてしまうのが不思議だった。
ユイカは、なんてことのないドレス。薄化粧に、髪もセットしているが……ユノと比べると、どうにも見劣りしてしまう。
「ユノちゃんと比べると、見劣りする……とか考えてるでしょ」
「!? あ、いや」
「ね、ロイは?」
「あ、ああ。ロイはエレノアさんのところに行ったぜ。後で合流するってよ!!」
「ふーん……」
ちょっとムスッとしたユノは、そのままスタスタ会場へ。その後にユイカが続き、オルカが慌てて後を追う。ユノは、歩くだけで様になっており、同じドレス姿の女子たちですら息を飲んでいた。
「すっげ……な、オレ一緒に歩いていいのか?」
「あんたがパートナーとして見られることないからヘーキよ」
「それはそれで複雑……じゃ、お前は?」
「あたしも無理」
「……泣いていいか?」
三人は、パーティー会場へ向かった。
◇◇◇◇◇◇
ロイは、男子生徒たちと一緒に、寮を出てパーティー会場から離れた場所へ向かっていた。
『……おかしいぞ』
「…………」
ロイもそう思う。だが、何か行動に移す前に到着した。
到着したのは、パーティー会場から離れた『塔』だ。石造りの頑丈な塔で、金属製の頑強な扉があるだけだ。猛烈に嫌な予感がした瞬間、ロイは両腕を拘束された。
「なっ」
「動くんじゃねぇよ」
男子生徒二人に腕を拘束され、残る一人が模造聖剣を抜いてロイの首に突き付けた。
剣を突き付けた男子はニヤリと笑う。
「悪いな、今日のパーティーは欠席で頼むぜ」
「おま、何を」
「一つだけ。お前の存在が目障りってこった」
塔の扉が開くと、ロイは中へ突き飛ばされた。
すぐに扉が閉まり、中は暗くなる。小さな換気用の穴から差し込む光だけが全てだった。
ロイは扉に縋りつき、思いきり叩く。
「おい、こんなことしてどうなるかわかってんのか!? 開けろ!! おい!!」
『心配すんな。パーティーが終わったら出してやるよ。せっかくおめかししたようだが、今日はそこで一人寂しく過ごしてくれや。ギャッはっは!!』
「ふざけ……おい!! おい!!」
扉を叩くが、もう返事はない。
反射的に冷たい床に触れ目を閉じる……感じたのは、三つの足音が遠ざかる音だけ。
閉じ込められた。
ロイは歯を食いしばり、思いきり扉を蹴った。
「くそ!! 俺が何をしたってんだ……」
『嫌われたなぁ』
「うるさい!!」
ロイは座り、周りを見渡した。
石造りの塔。
中央に螺旋階段があり、階段の脇には大きな木箱がいくつも積まれている。
「なんだ、ここ」
『ふむ……随分と高い螺旋階段だな。そしてこの造り……恐らく、見張り塔か何かだろう』
話し相手がいるだけで安心する。ロイは、初めてデスゲイズに感謝した。
階段はずいぶんと高い。むしゃくしゃしていたので登る気にはなれず、木箱に近づいてみた。
「この木箱、何だろう……ん?」
箱を空けると、中には仮装用のローブやマント、仮面や模造刀などの小道具がたくさん入っていた。
「そういや、オルカが言ってたな。この学園には部活動があるって」
『ほう。ここは、聖剣について学ぶ場所ではなかったのか?』
「聖剣と剣技だけじゃ頭と身体が疲れきっちまう。多少の娯楽は必要ってことだろ。これ、たぶんだけど、演劇部とかが使う小道具だ」
ロイは木箱の上に座り、黒木刀を抜いた。
「はぁ~……なぁ、あいつらなんで、俺をここに?」
『恨み、妬みを買った覚えは?』
「…………」
『ああ……あの女たちか。確か、エレノア、ユノ、だったか?』
ロイも、その可能性が一番強いと感じていた。
七大聖剣。炎聖剣に選ばれたエレノアとは幼馴染であり、氷聖剣に選ばれたユノには何故か懐かれている。二人は人気者だし、嫉妬されてもおかしくない。
「はぁ……」
『まぁ、命を狙われるわけではない。このままのんびり過ごせばいい……ん?』
「ん、どうした?」
『…………これは』
黒い木刀が、黙り込んだ。
ロイは、木刀をブンブン振ったりデコピンしたりするが、反応がない。
「おーい、壊れちまったのか?」
『…………チッ』
「おい、どうしたんだ?」
『ロイ。まずいことになった』
「ん?」
『魔族だ』
「…………は?」
ロイは、デスゲイズが何を言ったのか理解できなかった。
そして、デスゲイズはもう一度言う。
『この気配……間違いない。近くに魔族がいる。しかも、この魔力量……恐らく、『魔界貴族』クラスだ』
「ま、魔界、貴族?」
『お前たち聖剣士も、AだのSだの等級を付けているだろう? それと似たようなモノだ。恐らく、『子爵級』以上……『侯爵級』以下ってところだ』
何を言っているのか。
魔族。つまり……人間の敵が、近くにいる?
『まずいな。このままだと……恐らく、ガキどもの半数以上は死ぬぞ』
「な、何いって……ってか、え、エレノアやユノ、殿下もいるぞ? それに、一年生の親睦会とはいえ、教師たちもいるし」
『馬鹿を言うな。そして、魔族を舐めるな。魔界貴族は……爵位を持った魔族は、人間の聖剣士数百人分の強さだと思え。能力すらろくに覚醒していないガキに、どうこうできる相手じゃない。貴様は知らないから教えてやる。かつて、人間と魔族の戦いで投入された聖剣士の数は数十万人。それに対し、魔族はたったの7千人だ。その気になれば、魔族は人間を滅ぼすこともできた。それをしなかったのは、魔王どもが『遊んで』いるからなんだよ』
「…………ば、馬鹿言うな。お、お前……そんな噓」
『……ここ数日見てわかった。貴様は、我輩を信じていない。我輩と会話するだけで、我輩の言葉を全く信用していない。まぁ、我輩はそれでもかまわん。貴様が、クラスメイトや愛する者たちの躯を踏みにじりながら、泣く泣く信用すればいいのだ。我輩の言うことを信じればよかった、とな』
「お、お前……ッ」
『このままここにいれば、貴様は助かるだろうよ。だが……助けたいのなら、我輩と契約するんだな』
「……それは、聖剣士を諦めるってことだろうが」
『そうだ』
デスゲイズとの契約。
ロイが頑なに、デスゲイズと契約しなかった理由。
それは。
『聖剣士を諦める。それが契約の対価……それを支払い、我輩と契約しろ』
「…………っ」
それは、ロイにとって……死刑宣告に等しかった。