魔界貴族侯爵『鳴氷』のエルサ・魔性化態③/砕けない氷
───向かってきた。
ユノは見た。エレノアとロセが、エルサをこちらに追い込んでいるのを。
ララベルがユノに言う。
「何度も言うけど、アタシは風の維持だけで精一杯。サポートはほとんど無理」
「大丈夫……」
「チャンスは一度。狙うは魔族の核」
「うん。蝶の心臓部分、狙う」
ユノは、刺突に特化した第一形態のレイピアをピッと構える。
そして、深呼吸……深く息を吸い、吐く。
ララベルは、ユノの頭をポンと撫でた。
「失敗してもいいわ。気楽にやりなさい」
「うん」
「そうね……成功したら、ご褒美あげる。何がいい?」
ララベルとしては、ユノをリラックスさせたかったのだろう。
ユノは「んー……」と首を傾げ、頬を染めた。
「ロイとデートしたい」
「ロイ? ロイって……ううん、まぁ、いいけど」
「ほんと?」
「ええ。アタシからロイに命令……じゃなくて、頼んであげる。ただしデートは日中だけ。朝帰りとかダメだからね!!」
「うん。えっちなことはもう少し大人になってからだね」
「そ、そうね……うん」
なんとなく恥ずかしいララベル。ユノが冷静なので自分のが子供っぽいと思ってしまう。
すると、蝶がこちらに向かってきた。もう、声も聞こえる。
『オホホホホッ!! お嬢さんたち、まだ凍らないのかしらぁ!?』
「あったりまえ!! あたしが、あんたなんかの氷で、凍るワケないでしょうがっ!!」
エレノアがバーナーブレードを振り回し、エルサの翅から放たれる礫を弾き飛ばす。
ロセも同じように弾き、大戦斧をブンブン振り回してエルサに向かって投げた。
が、斧は軽々と躱される……そして、ユノは見た。
「───……お願いね、ユノちゃん」
声に出さずとも、ロセの視線が語っている。
ユノは見晴台の手すりに飛び移り、精神を集中する。
ララベルも、風聖剣エアキャヴァルリィを手に集中。エレノアたちの身体を包む風が強くなり、エレノアとロセが飛ぶと同時に風が爆ぜ、エルサの正面まで飛び上がった。
「『灼炎楼・十握剣』!!」
「『地帝ボンバーブレイク』!!」
十連斬りと、大戦斧渾身の振り回し攻撃。
エルサの翅が凍り付き、二人の攻撃を真正面から受け止める。
「だぁぁァァァァァッ!!」
「おりゃぁぁぁぁぁっ!!」
蝶の翅を畳み、エレノアとロセの一撃を完全に防御。
だが、氷に亀裂が入り、エルサが吹き飛ばされた。
蝶の身体は軽い。エルサはきりもみ回転し、ユノがいる見晴台の方へ。
『チッ……想定外の力ね。いいわ、ここは退いて───』
トン、と……ユノが見晴台から飛び降りた。
エルサは見晴台の傍まで来ていた。
ユノには気付いていない。ガラ空きの胴体が丸見えだった。
そしてエルサが気付く───背後から飛び降りたユノに。
『ッ!! お前、狙いは核───させないッ!!』
ビキビキと、エルサの身体が凍り付く。
ララベルが舌打ちし、力を使い果たしたエレノアとロセが驚愕する。
気付かれた。ユノの接近が気付かれ、エルサの防御が強化された。
エルサの『鳴氷』が、エルサの身体を守る以上、攻撃は通用しない。
でも……ユノは、そう思わなかった。
「氷……わたしのフリズスキャルヴは、氷の聖剣」
どんな氷も、どんな凍気も、フリズスキャルヴには通じない。
だったら、たとえエルサの『鳴氷』だろうと、貫けるはず。
◇◇◇◇◇◇
『そう、氷聖剣フリズスキャルヴを信じなさい。その想いが力になる』
◇◇◇◇◇◇
「うん」
ユノは微笑み、静かに呟いた。
「疑ったこと、ないよ───『鎧身』」
ユノがフリズスキャルヴを振った瞬間、ユノの全身が凍り付いた。
青、水色、水晶が合わさり造られた全身鎧が、ユノを包む。
女性的な、スタイリッシュなラインだ。背中に氷の結晶が張り付いたデザインで、エレノアの鎧とよく似ていた。
手に持つのは、氷を彫刻したような細さのレイピア。
氷聖剣フリズスキャルヴの最終形態。『氷聖剣鎧フリズスキャルヴ・スカディ・アヴローラ』の姿は、エレノアたちすら魅了するほど可憐だった。
「『氷蓮冰牙槍』」
『───……ッッッ!!』
ユノのレイピアが凍り付き、一本の『槍』となる。
兜越しに、ユノは見えた……エルサの『核』が。
そして、ユノは氷の槍を投擲。エルサの核を貫通した瞬間、その身体が一瞬で凍り付いた。
「ごめんね」
『───』
ユノのレイピアがエルサに突き刺さると、エルサの身体が砕け散った。
そして、トラビア王国を囲んでいた氷も砕け散り、エルサに凍らされていた人間たちも解放された。
キラキラとした氷の結晶だけが王都に降り注ぐ。エルサは最後の言葉も残せず、魔族として燃え尽きることもなく、美しい氷の結晶となり消滅した。
ユノは着地すると、鎧が解除される。
すると、見晴台から飛び降りたララベル、追ってきたエレノア、ロセがユノの元へ。
ユノは微笑み───鎧を発現させた疲労で崩れ落ちた。
「ユノ!! すごかった、あんたすごかった!!」
「エレノア……えへへ、同じだね」
「うん……ほんとに、あんたすごいわ……!!」
エレノアに抱かれ、ユノは気を失った。
ロセ、ララベルは顔を合わせて苦笑する。
「なんかさ、先輩なのに先越されてばかりね」
「そうねぇ……ふふ、聖剣の最終形態、羨ましいわぁ」
「ふふん。アタシだってすぐに」
と───次の瞬間、これまでとは比べ物にならない『桃色』が、ユノたちを襲う。
ララベルが全力で風を展開し四人の身体を包み込む。
「ぐ、っぎ……なに、これ!? 今までと、ケタが違う……ッ!! まず、い……飲まれ」
ボッ!! とララベルの風が破られ、桃色の霧がエレノアたちを包み込む。
「ぁ……」
「っく……」
「……もう、ダメぇ」
エレノア、ララベル、ロセの三人は崩れ落ち、トロンとした眼のまま動かなくなった。
愛の魔王バビスチェ。
眷属を全て無力化された魔王が、動きだす。





