魔界貴族侯爵『鳴氷』のエルサ・魔性化態②/大きな蝶
一夜明け、再びエルサは活動を再開した。
今、エルサが行っているのは、人間と聖剣士たちが王都から出ないように外壁に『氷』を設置すること、そして使えそうな人間を選別し、氷漬けにすることだった。
今、王都の人間たちは『聖域』の影響で愛に狂い、営みを続けている。
それこそ、老若男女問わず、王族も聖剣士も平民も全て。
あちこちで、嬌声が響き渡っている状況だ。
数か月放置し、徐々に聖域の効果を弱め、次は魔界貴族による『支配』が始まる。いつもならこのあたりで聖剣士たちが我に帰り、ようやくバビスチェに向けての対策を練り、戦いになるところだ。
エルサは翅を広げ、上空へ。
『さぁて……今日もバビスチェ様のために』
この、愛の営みによる子孫繁栄。
ただ『愛の魔王』だからではない。度重なる『魔王の手番』により少なくなった人間を増やすという意味でも、効率のいい『聖域』でもあった。
人間は生かさず殺さず。足りなくなれば増やす。
バビスチェの『愛』により、数は増える。
『だからぁ~……少しくらい、ハメ外してもいいわよねぇ?』
ピキピキと、エルサの翅が凍り付いていく。
巨大な蝶は、王都全体に向けて、無差別に凍らせようとしていた。
エルサは───……少し、悶々としていたのである。その興奮を、人間たちにぶつけようとしていた。
が───聞こえてきた。
「そこのでっかい蛾ァァァァァッ!! あんたの相手はこのあたし、エレノアがするわ!! かかってきなさいっ!!」
エルサに見えたのは、炎聖剣フェニキアを掲げるエレノア。
一瞬だけ訝しむ。なぜバビスチェの聖域内で戦意を保てるのか? だが、エレノアの身体に、小規模の風がまとわりついているのを見て、風聖剣の可能性に思い至る。
『───……まあ、いいわ』
「あ、無視!? 無視すんなこの蛾!! 虫だけに!!」
何か喚いているのが聞こえた。
無視してもいいが───……一つだけ、許せなかった。
『私は蝶───……蛾じゃないわ!!』
「『灼炎楼・三仙刀』!!」
エルサが蝶の翅から放った氷のつぶてを、エレノアは叩き落す。
エレノアがいるのは公園。エレノアを狙っても周囲の被害は少ないだろう。
エレノアは炎聖剣を振りかぶり、思いきり振り下ろした。
「『灼炎楼・緋炎刃』!!」
『!!』
燃え、飛ぶ斬撃。
赤い炎の刃が、エルサめがけて飛んできた。
エルサは翅を片方畳むと、翅を凍らせてエレノアの斬撃を防御する。
エレノアの炎では、今のエルサを焼けない。
舌打ちし、聖剣を構える。
『フフフ……バビスチェ様の『愛』を、そんなちっぽけな風で弾けるとでも? そんな風、すぐにでも消えて戦意を失うかもね』
「さぁね。でも、そんなことは後で考えればいい……今は、アンタをブチのめすのが先決!! ですよね、ロセ先輩!!」
「ええ、そうねぇ」
『───……!!』
いつの間にか、ロセがエルサの背後にいた。
エレノアと真正面から対峙していたせいか、背後で少しずつ、土を操作して『塔』のように固めていることに気付かなかった。
ロセの手には、『大戦斧』が握られ、思いきり振りかぶっていた。
「『地帝』!!」
『しまっ』
「『インパクト』!!」
『───……!!』
とっさに翅を畳んで防御姿勢を取ったが、ロセの怪力で弾き飛ばされたエルサ。
すぐに空中で態勢を立て直し、自身の周囲に『氷』を浮かべる。
『もう油断しない。ふふ……あと二人、どこに隠れているのかしら?』
「ロセ先輩!! ブチかましましょう!!」
「ええ!!」
エレノアはバーナーブレードを展開し、ロセは大戦斧を頭上でクルクル回転させた。
◇◇◇◇◇◇
ユノ、ララベルの二人は、先に『見晴台』の頂上にいた。
王都が一望できる、王都で一番高い塔の上。
ユノは、ぼーっと王都を眺めていた。
「大丈夫?」
「はい。ここ、すごくいい景色」
「そうね……でも、今は」
王都は、桃色のモヤに覆われている。
愛の魔王バビスチェによる『聖域』に、国民全員が囚われていた。
「愛の魔王バビスチェの手番は、破壊や殺戮じゃない、内戦による内部崩壊や、国同士の争いを引き起こす……か」
「…………」
「ね、嘆きの魔王と、どっちが厄介?」
「……わかりません。でも、こっちのがイヤ」
「そうねえ……」
すると、エレノアとロセがエルサと戦っているのが見えた。
ゆっくりと、確実に、ユノたちのいる見晴台の方へ誘導している。
ユノは氷聖剣フリズスキャルヴを抜き、ララベルも風聖剣エアキャヴァルリィを抜く。
「アタシはサポートで精一杯。いい、恐らくチャンスは一度きり」
「うん」
「ユノ」
「……?」
ララベルは、ユノの肩をポンと叩いた。
「今度は、好きな男の子と一緒に、ここからの景色を眺めなさい」
「……うん」
ふと、思い浮かぶのは───……ロイ。
ユノの大好きな人。自分を助けてくれた人。そして、愛する人。
ユノはフリズルキャルヴをしっかりと握りしめた。
「わたしの氷、あいつの氷……本当に強い氷がどっちなのか、教えてあげる」





