久世雷式帯刀剣術皆伝 久世葵②/聞こえる声
虚ろな眼のアオイは、ロイがこれまで対峙した魔界貴族の誰よりも強かった。
厄介なのは聖剣だけではない。異常なまでに練磨された剣術、雷の力が組み合わさり、恐るべき脅威となっている。
『ロイ、もう仕方がない!! こいつを行動不能にしろ!! このままではお前がっ!!』
「くっ……それができる相手じゃ、ねぇ!!」
デスゲイズは、『アオイを傷付けてでも行動不能にしろ』と言っている。
そして、ロイならできると思っている。
だが……できない。
情の問題ではない。アオイが強すぎ、ロイの攻撃が全て届かないのだ。
「久世雷式帯刀剣技、『雷鳴破』」
「っ!!」
日本刀形態のイザナギを一瞬抜き、納刀する。
居合ではない。カチィン!! と、雷が乗った《鍔鳴り》がロイの耳を刺激し、一瞬だけフラついた。
その隙を見逃すアオイではない。ロイの懐に入り、今にもキスしそうなくらい顔が近づく。
「───ッ!! アオ」
イ、とは言えなかった。
『短刀形態』のイザナギが、ロイの脇腹を軽く裂いた。
ギリギリ身を捻り、なんとか躱せた。ロイはアオイを突き飛ばす。
「っぐ……」
『ロイ、やれ!!』
「できねぇんだよ!!」
『何……』
「強すぎる!! 速すぎる!! アオイだからとか、情の問題じゃない。アオイが強すぎるんだ!!」
『なっ……』
デスゲイズは、ロイの強さを知っている。
ロイはこう言うが、間違いなくアオイに対する情も残っているだろう。倒せなくても……殺す気になれば、アオイを倒せる。
だが、絶対にロイはしないだろう。
だから───ロイは賭ける。アオイの強さに。
「アオイ!! 眼ぇ覚ませ!! アオイ!!」
果たして、その声は届くのか。
◇◇◇◇◇
一方その頃。
エレノアたちは、絶体絶命だった。
「あぁぁぁぁっ!! やばいやばいぃぃっ!! ちょっとロセ何とかしなさいよ生徒会長でしょ!?」
「そ、そんなこと言っても……」
両手両足が凍り付き、さらに素っ裸。
そして、氷が全身を覆い始めた。
魔界貴族侯爵『凍鳴』のエルサの『鳴氷』が、エレノアたちを包もうとしている。
ララベルが叫ぶが、ロセは何もできない。
ユノは、身体を動かす。
「だめ。この氷……わたしの力じゃどうしうようもない」
「あぁぁもう!! マジでどうすりゃいいのよ!! サリオス、スヴァルト先輩、八咫烏でもいいから助けてっ……って、やっぱダメ!! 今素っ裸じゃん!!」
エレノアは、すでに決着が付いたと思い込んで欠伸をしているエルサを見た。
すぐ近くの祭壇には、四本の七聖剣が刺さっている。
エレノアは、祭壇に刺さる『炎聖剣フェニキア』を睨み、叫んだ。
「フェニキア!! 根性見せるわよ!!」
「……んん?」
エルサが、鬱陶しそうにエレノアを見た。
エレノアはニヤリと口を歪め、叫ぶ。
「『鎧身』!!」
すると、炎聖剣フェニキアが燃え上がり、炎がエレノアを包み込む。
氷が砕け散り、ユノたちの氷も砕け、祭壇の氷も砕け、七聖剣がユノたちの手に収まった。
「なッ……!?」
「ブチかます!!」
エルサの目の前にいたのは、赤と真紅の全身鎧に包まれたエレノアだった。
手には炎の聖剣を握っており、すでに行動を開始している。
エルサは、完全に油断していた。
「『灼炎楼・天照大神』!!」
聖剣の炎が膨れ上がり、太陽のように丸くなる。
まるで、炎の鈍器。
そのままエレノアは、エルサに向かって炎のハンマーを叩きつけた。
「だらぁぁぁっしゃぁぁ!!」
「ぬ、ッギヤァァァァァ───ッ!?」
太陽のような炎がエルサを包み込み、そのまま床に叩きつけられ、火柱が上がった。
炎が消えると残ったのは、真っ黒に焦げた人の形をした炭。
エルサが、炭化してしまった。同時に、変身が解け全裸になる。
「はぁ、はぁ……あはは、ザマー見なさい!! って、裸!! ふ、ふく、服っ!!」
「エレノア、こっちにあるよ」
「あ、ほんと!?」
祭壇の傍に、エレノアたちの制服が捨ててあった。
エレノアたちは素早く着替える。すると、エルサの氷から解放された王都の女性や、上級生たちが裸で倒れていた。
ロセは言う。
「みんなを安全な場所に避難させましょう。着るものを探さないと」
「ここの人たちの服は……うーん、ない。あたしたちのはあったけど」
「あ、このカーテン使えない? ユノ、切るから氷で足場作って!!」
「はーい。ララベル先輩、ちっちゃいですもんね」
「一言多いっ!!」
四人で手分けして、窓にあるカーテンを切ろうとする。
だが───そうはいかなかった。
『フフフ……情熱的、ねぇ』
聞こえてきたのは、エルサの声。
炭化したエルサが立ち上がる。真っ黒な出来損ないの人形のようなエルサは、炭化した腕を持ち上げた。
『愛が、足りないようね……みんな、私が、愛して……あ・げ・る』
ベキベキと、黒い炭に亀裂が入る。
まるで、羽化するような……人型の炭から現れたのは、純白の蝶。
だが、エレノアたちの目の前で、一メートルほどの大きさの蝶が、ぐんぐんと大きくなる。
『フフフ……『魔性化』』
エルサの真の姿は、全長十メートル以上ある、巨大な蝶。
教会の天井を突き破り、真っ白な蝶が王都に羽ばたいた。