アナタの愛こそ私のすべて・愛の魔王バビスチェ④/喧嘩の始まり
シェンフーは、誰もいない学園の廊下を一匹で歩いていた。
一度『魔性化』すると、魔王じゃなければ元の姿には戻せない。ロイとの闘いで疲弊し、魔力を消費しきったおかげで、身体も小さくなってしまった。
今、シェンフーが向かっているのは、バビスチェのいるところ。
バビスチェがいるのは……なんと、『生徒会室』だった。
生徒会室のドアの前に到着するなり、ドアが開く。
「負け犬め」
開けるなり、アンジェリーナが侮蔑するように言う。
シェンフーは牙を剥き出しにするが、すぐにやめた。
すると、生徒会室……ロセの席に座るバビスチェが言う。
「はいはい。アンジェリーナちゃんはそこまでにして。ほら、こっちにおいでシェンフーちゃん」
『……はい』
シェンフーは、とぼとぼと歩き、バビスチェの元へ。
バビスチェの足元まで来ると、そのまま抱っこされた。
「ん~……小さくてもふもふなのも可愛いわねぇ」
『……バビスチェ様。申し訳ございません……私、あのガキに負けて』
「取引した、でしょ?」
シェンフーは、全身の血管に冷水を一気に流されたような感覚に襲われた。
何もかも、お見通しだった。
シェンフーをモフモフしたまま、バビスチェはニッコリ笑う。
「シェンフーちゃんが逃げた、見逃された、でもない……八咫烏クンと取引して、ここまで来たんだよねぇ?」
『───……ッ』
「な……ッ!? ば、バビスチェ様、それはどういう」
アンジェリーナがシェンフーを睨みつける。
だが、バビスチェは笑っていた。
「ふふ♪ べつにいいのよ? あなたと八咫烏クンがどんな取引しようと、無駄だもん。ねぇシェンフーちゃん。取引内容を話してごらん?」
『……私が、バビスチェ様の元へ帰る。そして、八咫烏のことをバビスチェ様に報告して……バビスチェ様が直々に、八咫烏を……し、始末するという、取引です」
「ふぅ~ん? じゃあシェンフーちゃんは、もう役目を終えたんだねぇ?」
『は、はい……』
殺される。
シェンフーは、バビスチェに両手で抱えられている。
バビスチェは笑顔だ。だが、ほんの少し力を込めるだけで、シェンフーの身体は消滅する。
シェンフーは、ガタガタ震えた。
「あらぁ~? 怖いのかなぁ? ふふ……お姉ちゃんに会わせてあげるから、我慢してねぇ?」
『───……』
用済み。
シェンフーとタイガは、双子の虎。
双子で、互いに桃色の虎だ。二人でバビスチェを包み込み、温めるのが仕事だった。
一匹では、もう価値がない。
バビスチェはきっと、新しい侯爵級を探す。
もう、シェンフーの役目は終わった。
アンジェリーナも、シェンフーに無関心なのか何も言わない。
「ふふ。シェンフーちゃん、今までありがとうねぇ~───」
グッ……っと、バビスチェが指に力を込めた瞬間。
◇◇◇◇◇
「───喰らえ」
◇◇◇◇◇
バビスチェの手首付近に、唐突に『矢』が現れ、バビスチェの手首を吹き飛ばした。
◇◇◇◇◇
「あらぁ~?」
「ば……バビスチェ様!?」
ボトリと、バビスチェの両手が床に落ちた。
両手首を失い、出血するバビスチェ。
シェンフーが床に落ち、全力で逃げ出した。
空いていた窓から飛び出し、身体を丸めて転がり去る。
アンジェリーナが周囲を見渡すが、何もない。
唐突すぎる攻撃だった。
「くっ……ど、どこから!? おのれェェェェェェッ!! バビスチェ様、ここは───」
と……ここまで言い、アンジェリーナは凍り付いた。
バビスチェが、目を見開き、口を限界まで歪め……『笑っていた』のだ。
狂気の笑みだった。
そして、窓の外をジッと見る。
「あらぁ~……♪」
そして、バビスチェは見た。
トラビア王国郊外。生徒会室から数十キロ離れた場所にいる、八咫烏の姿を。
◇◇◇◇◇
ロイは『万象眼』で、バビスチェが生徒会室にいることを突き止めた。
そして、『狩人形態』の状態で矢を番え、放つ。
使う権能は、『暴食』だ。
弓を構えながら、何もない平原のど真ん中で、バビスチェの両手を『時空矢』で穿った。
矢は、空間を喰らい、バビスチェの両手首付近に現れ、その両手を吹き飛ばす。
『お優しいことだ。あの虎を助けるために、両手首を狙うとは……頭と心臓を狙えば、バビスチェといえど傷つけることはできたはず』
「…………」
『気付かれたぞ』
バビスチェは、真っすぐロイを見ていた。
だが、ロイは眼をそらさない。
真正面から、バビスチェと目を合わせて睨み合う。もう、一歩も引くつもりがなかった。
「バビスチェの聖域は王都限定。つまり、王都郊外に出れば他の権能使える……デスゲイズの考えは当たっていたな」
『ああ。さて、どうする。あいつをここまでおびき寄せて、真正面から……』
「待った。あいつ、何か言ってる」
ロイは、バビスチェの口が動いているのを『万象眼』ごしに確認した。
何を言っているのか。唇で判断する。
「お、ね、が、い……ね?」
お願いね?
バビスチェの口がそう動いた瞬間。
バチッ!! と、何かが爆ぜた。
「!?」
『ロイ、何かが来る!!』
「えっ!?」
ロイは猛烈な殺気を感じ、その場から横っ飛び。
すると……何かが、通り過ぎた。
地面が抉れ、バチバチと何かが爆ぜるような音が周囲に響く。
そして、見た。
「なっ……」
ロイの目の前にいたのは……『日本刀』を持つ、スケスケのヴェールを纏う少女。
薄紫色のヴェールが、ワ国の『着物』のような形になっている。
長い髪は解け、腰近くまである艶やかな黒髪が解放されている。
大きな胸、真っ白な太腿が見えており、誰がどう見ても『少女』だった。
「あ……アオイ!?」
アオイ・クゼ。
七聖剣士の一人にして、『雷聖剣イザナギ』の所有者が、うつろな眼でロイを見ていた。
そして、ロイは気付いた。
『お願いね、アオイちゃん』
バビスチェの口は、確かにそう動いていた。
アオイは鞘に剣を収め、呟く。
「久世雷式帯刀剣技、『紫電虚九尖』」
「!?」
一瞬の抜刀。
《雷》により強化された肉体から、ほぼ同時に放たれる九回の斬撃。
ロイは『殺戮形態』へ転換。ショットガンを盾に、強化されたコートで身を守る───が、刃がコートに触れた瞬間、全身に激痛が走る。
「っぐ、ァァァァァァァァァァ!?」
『ロイ!? おい、刃物に触れるな!! 制約が発動するぞ!!』
「う、っぐ……」
「…………斬る」
虚ろな眼のアオイが、ロイに斬りかかってきた。