アナタの愛こそ私のすべて・愛の魔王バビスチェ③/コンバート
訓練場の中央で『クロスボウ』を構えるロイ。
矢は番えてあり、あとは引金を引くだけ。照準はシェンフーに向けられている。
シェンフーは警戒していた。が、あの矢が自分に刺さると発動するのか、触れると発動するのか、まだわからなかった。
『お前は、許さない……』
「…………」
『タイガを殺したお前を、許さない!!』
「……家族を想う愛は、あるんだな」
『当たり前だ!! あたしとタイガは双子。一心同体なんだ!! 半身を引き裂かれた気持ち、お前なんかにわかるもんか!!』
「ああ、わからないね。でも……お前、今まで人間を手にかけてきたんだろ? その中にも、お前みたいな双子とかいたんじゃないのか?」
『…………』
「やったら、やり返される。そんなの、ヒトも魔族も同じだろ。お前は今、やり返されてるんだよ」
『う……うる、さいっ!!』
ロイのプレッシャーに、シェンフーは押されていた。
たかが人間の重圧。
クロスボウを向けられただけで、シェンフーは怯む。
「行くぞ」
ロイが真正面に向かって走り出す。
シェンフーに向かって、真っすぐ。
どうすればいいのか。シェンフーは一瞬迷う……が、身体を丸め、その場で高速回転した。
「『虎転玉』!!」
ギュィィィィン!! と、その場で高速回転。
これなら、剣も魔法も矢も通さない。
すると、ロイはクロスボウを下ろす。
「『転換』」
暗殺形態へと変わり、短矢を装填し放つ。
『強欲』の矢は、『奪う』力。
放たれた矢は、シェンフーが回転する地面へ。回転により土がむき出しになった地面に突き刺さると、シェンフーの周囲が一気に『砂』となった。
『なんと。大地の『水分』を奪うとは!! くははっ、応用が上手いな!!』
デスゲイズが笑う。
シェンフーが砂地で回転すると、ズンズンと地面に埋まっていく。
『砂!? く、このっ……』
ロイは再び『転換』し、クロスボウを地面に放つ。
すると、大地が砂から『鋼鉄化』し、身体が半分以上埋まっていたシェンフー回転が止まった。
『ぐ、ァァァ!! クッ……なめ、るなァァァ!!』
だが、地面に亀裂が入りシェンフーが飛び出す。
跳躍し、ロイに向かって飛び掛かってくるが、ロイは真横に飛んで回避。
シェンフーは再び球体となり、回転して迫って来る。
すると、ロイは近くの木にクロスボウから矢を発射。
『ん? 何を』
「ふふん、見てろ」
木の枝を掴むと、なんとほぼ真横にグニャンと折曲がったのだ。
樹木をゴムのように『変質』させ、ゴムの反動を利用してロイは飛び上がった。
上空五十メートルほどに跳躍すると、シェンフーも同じように飛び上がる。
『喰い殺してやる!!』
「残念」
だが、ロイはすでに『暗殺形態』へと転換。
矢が放たれ、今まさに食われんとしていたロイと、小さな矢の位置が入れ替わる。
シェンフーはロイと入れ替わった『矢』喰らい、ぼりぼりと噛み砕く。
すると、すでに地面にいたロイが言った。
「それ、何だかわかるか? さっき地面から奪った『水分』だ。位置を入れ替える前に、『傲慢』の力ですでに変質させている。それがお前の腹の中で元に戻ると───……」
すると、シェンフーが口から大量の『熱湯』を吐き出した。
『ブ、っっぼぉ!? っがぁ、アァァァァァッ!?』
ただの熱湯ではない。
『変質』によって変化した、摂氏数千度の熱湯だ。気体に蒸発することなく、液体のまま『変質』させた矢がシェンフーに噛み砕かれ、そのままシェンフーの体内で一気に解放されたのだ。
『おお……『強欲』と『傲慢』のコンボとは。ほんの数分前に権能を使い始めた者の発想ではないぞ……相変わらず、恐ろしいな』
デスゲイズが感心する。
シェンフーは、体内から熱湯で焼かれ、内臓に甚大なダメージを追った。
シェンフーの回復力は並みの魔族程度。核が無事なら四肢も再生するが、修復には時間がかかる。
ロイは、シェンフーにゆっくり近づく。
「さて……」
『……もう、いい』
「ん?」
『殺せ。あたしは、もう……戦えない』
「……驚いたな。そんなこと言うとは思わなかったぞ」
『憤怒』や『暴食』の力が使えないので、決定的な一撃をロイは与えられない。どうしようかと考えつつ近づいたのだが、シェンフーはまさかの『降参』に出た。
シェンフーは、身体を横たえると……なんと、身体が縮みだす。
『っぐ……』
「おお、小さくなった」
『……殺せ。タイガのいない世界にいても、意味がない』
「…………」
『おねえちゃん……』
タイガは、子犬ほどの大きさにまで縮み、動かない。
『ロイ、始末しろ』
「……こいつ、人間の姿に戻らないのか?」
『消耗しきっている。一度魔性化すると、忠誠を誓った魔王じゃなきゃ元の姿に戻せない』
『……さっきも、言ったろ。あたしは……あたしとタイガは、バビスチェ様の『ペット』だ。バビスチェ様の魔界貴族はみんな、バビスチェ様のために存在するんだよ。戦闘力なんて二の次だ』
「ペット……」
『あたしが死んでも、バビスチェ様は新しい『ペット』を侯爵級にするだけ。わかっただろ? あたしのこの姿……バビスチェ様は、『愛らしい』って理由だけで、傍に置いてくれてんだ。双子の、可愛らしい虎……たまーに、この姿で抱っこされて……』
「…………」
ロイは、変身を解いた。
デスゲイズは、猛烈に嫌な予感がした。
「俺は、お前の姉を倒したことに後悔はない」
『…………』
「でも、お前が姉を想い、姉のために俺へ復讐しようとする気持ちは本物だと思う」
『……何が言いたい』
「俺は、愛の魔王バビスチェを倒す。必ず。だから、手を貸せ」
『…………は?』
ロイの口から出たのは……まさかの『勧誘』だった。
◇◇◇◇◇
ロイの提案はこうだった。
「お前、愛の魔王バビスチェのこと、どう思ってる」
『……敬愛するお方だ』
「ほんとか? ペット扱いされてるだけだなんだろ?」
『それと、『聖域』発動の駒だな』
ロイは、横たわるシェンフーを撫でる。
桃色の体毛はフワフワで触り心地が良く、とても暖かい。
「パレットアイズもトリステッツァも、自分の配下に対してそこまで情を持っていないように感じた。もしかしたら愛の魔王バビスチェも……って思ったけど、どうなのかな」
『何を、言っている』
「お前の怒りは、俺がお前の姉を倒したことに対する怒りだけだ。そこに、バビスチェへの想いはなかった。もしかしたら、魔界貴族の全ては魔王に従順じゃないのかなって……」
『…………』
「どうする。手を貸すか?」
『…………いいだろう』
シェンフーは立ち上がる。
子犬程度の大きさだが、その眼は敵意に満ちていた。
『お前に協力するんじゃない。お前は、バビスチェ様直々に殺してもらえ』
「いいぞ。よし、その前に」
ロイは『野伏形態』へ転換し、一瞬でシェンフーの胸に矢を放った。
『!?』
矢が消える。だが、シェンフーには傷一つない。
ロイは変身を解き、言う。
「『アナタは私のモノ』……お前の核に矢を打ち込んだ。お前が俺を裏切ったり、直接的な攻撃を仕掛けようとしたら、矢が核を破壊する。ああ……全部終わったら解放してやるから、それまで我慢しろ」
『お前……ッ』
「さ、行くぞ。まずは……愛の魔王バビスチェの場所、教えてもらおうか」
こうしてロイは、魔界貴族侯爵『妹虎』シェンフーを手懐けた。





