アナタの愛こそ私のすべて・愛の魔王バビスチェ①/例外のロイ
ロイはひたすら走り、壁を登り、柱を駆けあがり、屋根を駆ける。
『待てェェェェェ!! 喰い殺してやるゥゥゥゥゥゥッ!!』
「くっ……!?」
校舎を破壊しながら迫るのは、魔界貴族侯爵『妹虎』のシェンフー。
魔性化し、全長三十メートルを超える巨大な桃色の『虎』が、ロイを食い殺さんと向かってくる。
ロイは矢筒に手を伸ばす。
『ロイ、権能を使え!!』
「わかってる!! わかってるんだけど───……上手く使えないんだよ!!」
『何ぃ!? くっ……バビスチェの聖域のせいか。使えないのは!?』
「『暴食』と『憤怒』!! 攻撃しようとすると、意識が歪む!!」
『『色欲』と『強欲』は使えるか……奴を奴隷にしろ!!』
「ああ!!」
ロイは『野伏形態』へ変わり、短弓に矢をセット。
シンプルな、『自分の言うことだけを聞く』だけの力を矢に込める。
「大罪権能『色欲』装填!! 『奴隷落ちの短矢』!!」
放たれた矢が、巨大虎の眉間に突き刺さる───……が、なんと刺さらずに跳ね返った。
まるで、柔らかなゴムに当たり、弾かれたような。
すると、シェンフーが身体を猫のように丸める。
『『虎玉』!!』
「ッ!!」
なんと、シェンフーは球体となり、ゴロゴロ転がってきた。
弾力性のある身体は建物を破壊しながら跳ねまわり、ロイの逃げ道を塞ぐ。
現在、ロイは第四訓練場まできた。上級生が使う、年季の入った訓練場だ。壁を一瞬で駆け上がり訓練場のど真ん中まで走ると、壁を破壊しながらシェンフーが転がって来た。
「矢が刺さらない!! くそ、『憤怒』の攻撃力ならいけるかもしれないのに……ッ!!」
『どうする。このまま逃げ続けてもいいが、学園が更地になるぞ!!』
「戦えるの、マジで俺だけかよ!! 他の聖剣士は……」
と、ロイは見た。
破壊された壁の近くに、脱衣所がある。
そこに隠れていたのか、上級生の男女が、激しく絡み合っていたのだ。
シェンフーが脱衣所を破壊したのに、自分の聖剣が床に転がっているのに眼もくれず。
「くっ……マジで洗脳かよ」
『バビスチェの聖域。ハマるとこれほど恐ろしいとは……パレットアイズやトリステッツァと比べ物にならんぞ』
「どうする……」
『ゴルァァァァァァァッ!!』
シェンフーが丸めた身体を元に戻し、四足歩行となりロイを威嚇する。
巨大虎の威嚇。ロイは『狩人形態』になり、通常矢を手に持つ。
能力は使用できないが、通常矢なら何とか使えそうだった。
『無駄だ。バビスチェ様の聖域が展開されている限り、オマエたち聖剣士は聖剣の能力を使えん!!』
「…………」
ロイは無視。
シェンフーの心臓の位置はどこか、視力を、聴力を魔力で強化する。
心音を聞き、位置を特定。あとは威力のある矢さえ撃てればいいのだが。
『教えてやる。あたしの能力は『弾力』だ。身体がゴムのように柔らかいだけの能力さ』
『なるほどな。聖域を使うことに特化した魔界貴族……自身の能力がどんなに弱くても、聖域さえ展開できればそれでいいというわけか。つまり……こいつは、戦闘に特化した魔界貴族じゃない。チャンスはある……と言いたいが、肝心の攻撃ができないのでは……おのれ』
デスゲイズが解説する。
ロイは弓をシェンフーに向けた。
『姉の仇……オマエだけは、許さない!!』
「……お前が怒るのもわかる。身内を殺されたら怒るのは当然だ。でもな……お前たちは、これまでどれほどの人間を殺した? その中に、お前と同じ、姉妹がいたかもしれないんだぞ」
『はっ……あたしたちと人間を一緒に語るな!! あたしたちと人間じゃ、生きる時間も、絆の深さも違うんだよ!!』
「かもな。でも、これだけは言える」
ロイは、限界まで弦を引く。
「お前も、人間たちも……命は平等だ。俺は、お前を狩る」
そして、矢が放たれた。
◇◇◇◇◇◇
「離せっ!! 離せ離せ離せェェェェェ!! 女の子好きとかアホでしょ!? 女なら男を好きになりなさいよ!! このアホ、馬鹿、間抜けっ!!」
「……野蛮ねぇ」
エレノアは、素っ裸で両腕両足を拘束された状態で、動ける範囲で身体をバタバタさせる。大きな胸がぶるんぶるんと揺れ、それを見たエルサは大きなため息を吐く。
すると、エレノアの声が大きいせいか、続々と起き始めた。
「ん……お腹、空いた」
「ユノ!!」
「……エレノア。おっぱい出してどうしたの?」
「アンタも出てるでしょ!! じゃなくて、この状況!!」
「え……なにこれ」
「むぅぅ……んん?」
「あ、ララベル先輩!!」
「ふぁぁ……ん?」
「ロセ先輩も」
エレノア、ユノ、ララベル、ロセの四人が起きた。
ララベルは、素っ裸で拘束されていることに驚くも、エレノアと同じようにバタバタ暴れる。
「ちょ、なにこれっ!! 変態!! 変態!! 変態!! これやったのアンタ!? マジで許さないんだからね!!」
「そうよそうよ!! あんた、その白い髪ボワボワに燃やしてやるっ!!」
そして、対照的にロセとユノは。
「は、恥ずかしいわねぇ……あのぉ、せめて服、着せて?」
「この氷、冷たくない……へんなの」
どこか落ち着いていた。
エルサは、地面に手を向ける。すると透明な氷の椅子が現れた。
「このまま持ち帰って躾するのもいいけど……あまり騒がしいのもねぇ?」
「持ち帰るとかふざけんな!! 来い来い来いエアキャヴァルリィ!! 何してんのよアタシの聖剣っ!!」
「フェニキア、来い!! 根性見せろっ!!」
「…………本当に騒がしいわね」
「同感」
なぜかユノが同意した。
すると、ロセは深呼吸。表情を切り替え、エルサに聞く。
「あなた、魔界貴族ね?」
「ええ。バビスチェ様の僕、可愛い女の子を持ち帰る役目。『鳴氷』の能力で女の子を捕えるの」
「……役目?」
「ええ。私たちバビスチェ様の僕は、戦闘に特化するというより、バビスチェ様のためになることに特化しているの。私が女の子を閉じ込め、連れ帰る役目。スキュバは女の子に幸せな夢を見せて、タイガとシェンフーはバビスチェ様のペット。そして、アンジェリーナはバビスチェ様の騎士にして、夜の相手」
捕獲専門の魔界貴族。それがエルサ。
それなら、聖剣さえ握れれば、可能性はある。
「無駄。私の『鳴氷』は普通の氷じゃない。私の『意志』が形となった氷……炎で溶けることはないし、砕けることもない。愛の結晶みたいなもの」
「「意味わかんないし!! いいから解放しろーっ!!」」
エレノアとララベルが叫ぶ。
エルサは、ロセを見て言う。
「あなたは、賢いのねぇ……私の好みかも」
「それはどうも……でも私、女性より男性が好きなので」
「あら残念」
エルサは舌を見せおどける……が、その舌が爬虫類のように長く伸び、ロセはゾッとする。
すると、エルサは立ち上がった。
「さぁて……七聖剣士の女の子たち、そろそろお休みしましょうねぇ?」
「え、なっ……」
ビキビキと、氷が全身を覆い尽くし始める。
エレノアが叫んだ。
「な、何すんのよ!! こ、殺す気なの!?」
「違うわ。あなたたち、すごくうるさいんですもの……大丈夫。起きたらバビスチェ様の『愛』が、あなたたちを包み込むから」
「ふ、ふざけんな!! ああもう、ロセ先輩、ララベル先輩!! ユノ!!」
「くっそー!! こんなのイヤだしぃ!!」
「うぅ……聖剣さえ使えれば」
「ピンチ……」
エレノアたちは、ひっそりと大ピンチになっていた。