魔界貴族侯爵『姉虎』のタイガ/触れてはならないモノ
ロイと『ロイ』は向かい合い、同時に矢を番え構えた。
「一つ、教えてあげるね。あたしは、触れた相手を『コピー』して、成り代わることができるの。身体機能、能力を完璧にコピーできる。でも、記憶だけは違う……あんまりその人に成りきっちゃうと、『あたし』に戻れなくなるからね。だから、長くても一ヵ月くらいの記憶だけをコピーするの」
「…………」
『ロイ』こと『八咫烏』は、ミスリル製の矢を向ける。
ロイも同じミスリル製の矢だ。
身体能力は同じ。だが……ここは、タイガの作った『聖域』だ。
「『転』」
「っ!?」
すると、ロイの立つ地面が、ロイの足をくっつけたまま回転。
ロイが逆さ吊りなる。だが、落ちないし、普通に歩ける。逆さ吊りが、ロイにとって『普通の地面』になるという異常事態だった。
「そして、ここはあたしの聖域。ふふふ……上下左右、自分がどこに立っているかわからない感覚で、『ロイ』を相手に戦えるかな~?」
ロイが矢を放つと、八咫烏に命中することなく、矢の軌道が直角に変わり、柱に突き刺さった。
「!?」
「あたしは、空間を操れるの。矢の軌道が変わったのは、あれが『真っすぐ』だから」
「……?」
「意味、わからないよね。まあそれでいいよ」
八咫烏が矢を放つ。
ロイはまっすぐ飛んでくる矢を横っ飛びで回避する───が、再び地面が動き、さらに矢の軌道までも変わり、躱したはずの矢がロイを狙って吸い込まれるように飛んできた。
『躱せ!!』
「くっ───」
身体を捻り、なんとか躱す。
だが、八咫烏はすでに別の矢を番え、射る。
ロイも反撃にと矢を放つが、全ての矢が八咫烏の手前で軌道が変わる。
「無駄」
「───っく」
「三分、経過しちゃうよ?」
ロイは廊下を駆ける。だが、八咫烏が瞬間移動したように前に現れ矢を放つ。
『避けろ!!』
「避けない」
ロイは弓で矢を叩き落し、その矢を番え八咫烏に放った。
飛んできた矢を利用した攻撃に驚くデスゲイズだが、笑った。
「ふふん」
なんと、八咫烏も同じことをした。
ロイが放った矢を受け、番え、放つ。流れるような動きだ。
その矢を、ロイはギリギリまで引きつけ、自分の矢で撃ち落とす。
「くっそ……あいつ、厄介すぎだろ」
『お前が敵になると、こうも厄介だとはな……』
「デスゲイズ、どうする」
『…………一つ、手はある。確証はないが』
「それでいい。何もないよりましだ」
『あいつは言ったな? 姿形、能力、身体機能をコピーすると……なら、あいつも『大罪』を使えるはず。だが、使うつもりがないようだ』
「……?」
『確証はない。だが……あいつに能力を使わせれば、可能性がある』
「……わかった」
ロイは、『憤怒』を発動させ、攻撃主体の『殺戮形態』に転換。ショットガンを構え、八咫烏に突き付けた。
「もう、矢は通じない。この形態の防御力なら、全て弾ける」
「へぇ……」
「俺の真似事が得意なら、撃ち合おうぜ」
「言うねぇ」
八咫烏は、番えていた矢を矢筒に戻した。
◇◇◇◇◇◇
タイガは、考えていた。
「…………んー」
ロイの『聖剣』の能力が、使えないわけじゃない。
タイガの手にある『弓』も能力を持つ。ロイの記憶を探ると、七つの能力が付与されていることがわかった。現在、使えるのは四つだけだが。
だが……妙な胸騒ぎが、タイガの中にあった。
使ってはいけないような、触れてはならないような。
現に今も、通常の矢を射るだけで、能力は使っていない。
「俺の能力で戦うか? いいぜ、撃ち合いで決めようじゃねぇか……!!」
ロイが、『ショットガン』を八咫烏に向ける。
タイガは悩む。
だが……『憤怒』の防御を突破するだけの矢は、通常矢だけでは不可能だ。
タイガは決めた。
「いいよ。少しは熱くならないと、面白くないもんね」
使うのは、ロイと同じ『憤怒』ではない。
あの防御を破れるだけの矢を精製することができる、『暴食』の力。
タイガは、矢筒に手を伸ばす。
「大罪権能『暴食』装填」
◇◇◇◇◇◇
『───……』
◇◇◇◇◇◇
「……えっ」
───……ドクン、と何かが脈動した。
力を行使した瞬間、胸の内に沸き上がった何かが、膨れ上がった。
「な……な、なに」
◇◇◇◇◇◇
『───……オ前ハ、違ウ』
◇◇◇◇◇◇
「───……っは、っごぉぉぉぉぇぇぇっ!?」
次の瞬間、タイガの内臓の七割が、内側から喰われた。
吐血だけではない。肉片を大量に吐き出し、血の涙を流すタイガ。
心臓、核は無事だ。死ぬことはない……が、地獄の苦しみ。
再生が遅く、八咫烏の姿からタイガの姿に戻ってしまう。
ロイは、唖然としていた。
「な……何だ?」
『ふん、我の許可なしに『暴食』に触れたからだ。お前の使う七つの大罪は、我輩が作り出した究極の権能だ。まさかと思ったが……やはりそうだったか』
「ど、どういう」
『こいつは、コピーをする時に対象に触れなければならないはずだ。その時に、姿形、能力などをコピーして自分で再現するんだろう。ロイの姿と能力をコピーした時に、我輩と七つの大罪の繋がりをもコピーした。そして、疑似的に七つの大罪に触れ……あいつらの怒りに触れたんだろう。暴食め……核を食わず残すとは、相変わらずお優しい』
「や、優しいのか……?」
すると、『上下左右』の聖域が解けた。
タイガはビクビク痙攣しながら、口をパクパクさせていた。
「こ、へへへ……ばけ、モノ……し、シシシ」
「…………」
ロイはショットガンを、タイガの心臓目掛けて撃つ。
散弾がタイガの胸に大穴を開け、タイガの身体が青い炎に包まれた。
「……おい、デスゲイズ」
『ん』
「七つの権能って……何なんだ?」
『我輩の作った最強の力だ。我輩も把握しきれていないがな』
「は? お前が作ったのにか?」
『そうだ。そのうち、ちゃんと話す』
「……わかった。とにかく今は、アオイを探さないと」
タイガが燃え尽きたのを確認し、ロイは再び走り出した。
◇◇◇◇◇◇
「───……えっ」
「シェンフー、どうしたの?」
「……タイガが」
スキュバがシェンフーの顔を覗き込むと、その眼が見開いていた。
エルサが何かに気付き、アンジェリーナも気付く。
タイガの張った聖域が、消えていた。
ベッドでアオイの身体をたっぷり弄っているバビスチェも気付く。
「あらぁ……タイガちゃん、死んじゃったのねぇ」
「……!!」
アオイは、身体中触れられながらも、その言葉にはっきりと聞いた。
このタイミングで魔界貴族を倒せるのは、ロイしかいない。
すると、シェンフーが部屋を出て行こうとした。スキュバが慌てて止める。
「ちょっとシェンフー、どこ行くのよ」
「あいつを殺す。タイガの仇を」
「だ、ダメに決まってるでしょ? あなたまで何かあったら……」
「離せ!! あいつ……あんなやつに、タイガが、タイガが……ッ!!」
すると、エルサが挙手。
バビスチェが、アオイの胸から手を離して髪をかき上げた。
「バビスチェ様……そろそろ、計画を進めないと」
「ん~……そうねぇ。あなたたちも、本気で遊びたい?」
「はい……バビスチェ様にお借りした力は、お返しします。タイガの仇です……あなた様が狂わせた世界を、私たちが色付けします……」
「……そうねぇ」
バビスチェが指を鳴らすと、エルサ、シェンフー、スキュバ、アンジェリーナの身体から、小さな光の球が胸から飛び出してきた。それが一つになり、バビスチェの胸に吸い込まれる。
バビスチェは、両手の親指と人差し指でハートマークを作り、印を結ぶ。
「『魔王聖域』展開」
バビスチェを中心に、キラキラした桃色の光がトラビア王国全体を包み込む。
不思議な甘い香りが王国を満たし、道行く人、聖剣士たちがトロンとする。
それは、魅了。
愛の魔王の魅了が、トラビア王国を包み込んだ。
シェンフー、エルサ、アンジェリーナが展開した三つの聖域の力を、バビスチェ一人が作り出し、王国全体に広がっていく。
その濃度は、三人で展開した聖域の比ではない。
全てを《愛》に狂わせる、魔性の聖域。
「『愛溢れる楽園に住まう希望の鳥』」
バビスチェの『愛』が、トラビア王国を包み込んだ。





