女であるが故に
「はぁ、はぁ、はぁ……っぁ」
アオイは、全身に微電流を流されたような状態が常に続いていた。
第三の聖域が展開され、その力をモロに受けた。
気配が消えているおかげで、すぐ近くにいるタイガとシェンフーにはバレていない。だが……アオイの中の『女』が、捨てたはずの『女』が、叫び声をあげているようだった。
「ふぅ……ふぅ」
冷や汗が止まらない。
身体中がムズムズする。
アオイは、必死に耐えながら進む。
魔族聖域『愛なる渇き』は、女を発情させ、男を狂わせる。
いくら男になりきろうと、アオイは『女』なのだ。
捨て去った女が、アオイの中で何かを求めている。
そして───……。
「ね、シェンフー」
「ね、タイガ」
アオイの二十メートルほど先の廊下を歩く、双子の姉妹が止まった。
すでに『ロイ』ではない。
全く同じ顔の、分裂したような姉妹。
その二人が、ぐるりと向きを変えた。
「匂うね、シェンフー」
「匂うね、タイガ」
「「メスの匂いが、するね」」
「……ッ!!」
アオイは、今ほど自分が『女』であることを恨み、呪った。
◇◇◇◇◇◇
ロイは、魔力操作で身体強化をして、これまでにない速度で校舎へ向かう。
「アオイ……ッ!!」
狩人としての勘、動物的な勘、野生の勘。全てを動員してアオイを探す。
そして、渡り廊下で急停止……アオイの存在を感知したような気がした。
が、何もない。
「…………」
『クソ、いない』
「いた」
『何?』
「なんとなくわかる。アオイは……ここにいた」
渡り廊下にある、柱の影。
ここに、ナイフで削ったような傷があった。
そこには小さく、『みつかったすまない』と書かれている。
「クソ……ッ!! アオイが、まさか」
『待て。死んではいない。殺すならここに死体が転がっているはず。恐らく、魔界貴族に連れて行かれたんだ』
「ちくしょう!! 魔界貴族……来るなら、殺しに来いよ!! こんな、隠れてコソコソするような……ッ!!」
『だが、チャンスができた。忘れたのか、ロイ……お前の右目には、何がある?』
「……!!」
ロイは『万象眼』を発動。アオイの視界とリンクする。
すると───……見えた。ユラユラ揺れる地面、伸びきった手。どうやらアオイは担がれ、移動しているらしい。
足下しか見えないが、ロイが今歩いている廊下と同じ材質の床だ。
「遠くない……」
『なら、もう騒ぐな。あとは、アオイの視界を共有しつつ、後を追えばいい』
「よし……」
『ロイ。少なくとも三人の魔界貴族を殺せ。バビスチェは自分の聖域以外に、配下に使わせる劣化した聖域をいくつも持っているが、使えるのは一人に付きひとつだけ。三人殺せば、学園とトラビア王国を覆う聖域は消えるはず』
「トラビア王国……そういえば、トラビア王国は今、認識が変わる聖域に包まれてるんだよな」
『ああ。例えば、トラビア王国の友好国に対する認識を変えられれば、戦争に発展する可能性もある。恐ろしいのは、それに誰も気づかないということ……驚くくらい、エレノアたちも術中にハマっているからな。このまま放置すれば、トラビア王国は他国に戦争を仕掛ける可能性もある』
「あーもう……俺の役目は聖剣士の援護なのに、めちゃくちゃ動いてるじゃないか」
『今回はそんな役回りだな。とにかく、急げ』
「ああ!!」
ロイは『万象眼』を発動させ、廊下を走り出した。
◇◇◇◇◇◇
アオイの意識は、明滅していた。
「ぅ……」
「起きて」
「…………」
「ほらぁ、起きて? ね?」
「…………ぅ」
目を覚ますと、手足が完全に動かなかった。
それだけじゃない。髪を結んでいた紐が外され、着ていた服も、下着も、何もかも脱がされ、生まれたままの姿で、フカフカなベッドの上にいた。
「男の子みたいな女の子……そそるわねぇ?」
「…………?」
誰だろうか?
綺麗な髪を揺らし、頭にはツノが生え、尻尾も生えている。
舌をぺろりと出し、アオイに顔を近づけた。
「私はぁ……『愛の魔王』バビスチェ」
「…………ッ!?」
アオイは、カッと目を開く。
ようやく意識が完全に覚醒。だが、首から下が自分の身体ではないような違和感に包まれる。
全く、手足が動かない。
首だけ動かすと、自分が寝かされているのが大きなベッドで、一つのベッドに五人の女が寝転んでいるのが見えた。その内の一人が、雷聖剣イザナギを弄んでいる。
「き、さま……」
「ねぇ? 私の作り出した『愛の三重奏』はどう? どんなに愛されない子でも愛され、互いを求めあい、触れ合うことができる禁断の聖域……あなたも、感じてるでしょう?」
「───ッ!!」
バビスチェの手が、アオイの身体に触れる。
◇◇◇◇◇◇
『バビスチェ……!!』
「こいつが、愛の魔王……」
ロイの『万象眼』が、バビスチェの顔を真正面から捕えた。
アオイの視界が固定されたように動かないので、周囲の状況がわからない。ずっと下を見ていたのはわかったが、気を失ったのか接続が途切れたのだ。
目が覚めると、バビスチェの顔があった。
『くそ、ここはどこだ!? バビスチェを殺す絶好の機会……!! ロイのことも、まだバレてはいない。愚かな魔界貴族め、デスゲイズという名をバビスチェに伝えていないようだ』
「でも、時間の問題……っ」
『ああ。急げ、探せ!!』
ロイは走る。
廊下を曲がり、階段を降り、階段を上り、廊下を走り───。
「…………!?」
急停止。
そして、ようやく気付いた。
「あ、あれ……?」
ここは、どこなのか?
階段を何度上り、何度降りたのか?
なぜ、延々と廊下が続いているのか?
なぜ……アオイが柱に削った文字が、ロイの前にあるのか。
『───まさか』
「ね、ロイ」
ふと、ロイの背後に……一人の少女がいた。
「やっと気づいた?」
「ッ!!」
ロイは距離を取り、『狩人形態』に変身、弓を手に矢を番える。
だが、少女はロイの隣をスタスタ歩く。
「四つめの聖域は、私が展開したの」
少女の名は、タイガ。
個人の能力は『虎代打』といい、ロイに変身した能力。
だが……バビスチェが与えた『聖域』の力で、四つ目の聖域を展開していた。
「『上下左右』……建物に展開できる聖域でね、一度展開すると、目的地には絶対に辿り着けない聖域なの。今、バビスチェ様はお楽しみ中~……なのでぇ、邪魔はダメ~」
「お前……」
ビシビシと、ロイの殺気が濃厚になっていく。
タイガは「わお」と言い、身体を震わせるようなポーズを取った。
「ふふ、あたしが少しだけ遊んであげる。おいで、ロイ……ああ、こうしよっか」
すると、タイガの姿が変わり……『ロイ』となった。
目の前に『八咫烏』が現れ、ロイに言う。
『おいで、ロイ。遊んであげる』
「……上等」
ロイは、『ロイ』に矢を向けた。
「三分以内にケリ付けてやる……行くぞ!!」
聖剣士を援護することのない、ロイの戦いが始まった。





