疑心
アオイが寮に戻ると、ロセ、ララベル、エレノアとユノ、サリオス、スヴァルトの七聖剣士が出迎えた。七聖剣士全員の集合に、男子寮内は羨望と緊張に包まれる。
スヴァルトは、アオイに言う。
「で、どうだった?」
「すまない。見失った……」
「ほぉ……」
スヴァルトは「面白くない」と言いたげな表情だ。
エレノアとユノも、やや不満そうだ。
すると、エレノアが言う。
「ね、アオイ……何があったの?」
「え?」
「その、オルカの話だと、あんた……魔界貴族と一緒に部屋に入ったんでしょ? オルカが気付いて、あんたが気付かないの、ちょっとおかしいかなって」
「なにかされた?」
「何?」
アオイは『雷命』でエレノアたちを見る。そこで見えたのは生体電流の揺らぎ……これは、疑心だ。
アオイは言う。
「気付いていないのは、むしろそなたたちの方だろう。む……『ロイ殿』は?」
「……なんでロイ?」
ユノがムッとする。
アオイは、『ロイ』が偽物だと知っている。だが、ここで『ロイ』が魔界貴族が化けた偽物だと叫んでも、頭がおかしい奴と思われるだけだ。それに、できることなら『ロイ』は、こっそり始末したい。
偽物だとは確信しているが、大勢の前で斬り殺すような真似をすれば、仲間たちからも正気を疑われる。それに……実感は湧かないが、王都は今、『魔族聖域』とやらで『認識が変化』している状況だ。ロイの話を全て信じたわけではないが、信憑性はある。
すると、ロセが。
「ね、アオイくん。魔界貴族とあなたが一緒に食堂に入ってきたのは事実なの……もしかしたら、精神作用系の力で、何かされたのかもしれないのよね」
「……つまり」
「テメーは謹慎だ。事態が収まるまで。つまり、オレらが魔界貴族を殺すまでな」
「……」
能力、『雷命』発動。
アオイの能力は、生体電流を読み取ったり『力』の流れを読み取り、動きを先読みする。
だが、読み取れるのは力や電気だけじゃない。感情の流れ、血流、筋肉、内臓の動きなども読み取ることができる。
生体電流や力の流れを読み取ることは造作もないが、それ以外のモノを読むには集中力が必要で、戦闘には使えない。
アオイは、ロセたちの『流れ』を読み取る。
「…………そういう、ことか」
流れが、不自然だった。
感情の一部が増幅されている。しかも、不自然な魔力の流れが、この場にいる全員を支配していた。
これが魔界貴族による『魔族聖域』の効果。
認識を変える、だけではない。
心の一部を操ることも可能な、凶悪極まりない能力だ。
恐らく、『アオイへの疑心』を増幅させ、『ロイへの違和感』を極限まで薄めているのだ。
このままでは、まずい。
「───すまないが、ここで捕まるわけにはいかない!!」
「「「「「「!!」」」」」」
七聖剣士の六人が、ほぼ同時に収納から聖剣を出すが、アオイのが速い。
七人の中で抜刀最速のアオイは、雷聖剣イザナギを手にすると一気に弾けた。
「『雷迅』!!」
紫電と共に、アオイがその場から消えた。
開いていた窓のカーテン。その一部が、少しだけ焦げていた。
◇◇◇◇◇
『暗殺形態』に変身したロイは、さっそく王都に戻ろうとしたが。
「すまん……」
物凄い勢いでアオイが戻ってきた。
そして、つい先ほどまで腰かけていた岩場に戻り、話をする。
ロイも、変身を解いてしまった。
「寮に戻ったが、七聖剣士を含むほぼ全ての人間が、魔族の妖術に囚われている……拙者を、魔族の仲間と思い、不当に拘束しようとしてきた」
「ロセ先輩たちが、そんなことを……」
「くっ……あの魔族め、拙者を『除外』というのは、そういう意味か……!!」
アオイは拳を握り、歯を食いしばる。
デスゲイズは言った。
『どうやら、動けるのはお前とこの女だけ。二人で魔界貴族と、バビスチェを始末するしかない』
「二人、って……この『魔族聖域』を解除すれば、少なくともみんなは戻るだろ?」
『そうじゃない。完全に、バビスチェの計画通りだ。あいつの力は、他者を攻撃する力じゃない。力ある者を誘惑、困惑させ、狂わせ、内部崩壊させる。このデミ・アビスも、魔界貴族を経由したバビスチェの力の一つ……いいか、バビスチェの恐ろしいところは、自ら作り出した『魔族聖域』を、他の魔界貴族に使わせることだ。あいつは自らの聖域以外に、いくつもの『魔族聖域』を持っている……来るぞ』
すると───……薄い桃色の霧が、森から漂ってきた。
「「!!」」
ロイは『狩人形態』へ、アオイは腰に刀形態のイザナギを装備。
『攻撃じゃない。見ろ……この霧、王都を包み込んでいる』
「な……」
「こ、これは……ロイ殿、これは一体!?」
トラビア王国王都が、桃色の霧に包まれていた。
◇◇◇◇◇
トラビア王国の中心、大中央広場。
この広場の中心で、 魔界貴族侯爵『虎妹』のシェンフーが、『ロイ』と一緒にいた。
シェンフーは、両手の指を絡ませ、『印』を結んでいる。
「『魔族聖域』展開~っ……ふふん、『虎色桃色魅惑色』」
薄桃色の霧は、常人には視認できない。
小さな女の子が、指を絡ませて遊んでいるようにしか見えないだろう。
だが……その霧は、間違いなく発生している。
「ね、タイガ。バビスチェ様の命令、これで終わり?」
「うん。霧を吸い込んだ人間は、《愛》がふくらんで行くよ」
『ロイ』らしいからぬ言葉遣いだ。だが、タイガは気にしていない。
「ね、タイガ。エルサの方は?」
「エルサの『聖域』も展開中。いろんな感情が増幅したり、薄まってる。ふふん、『八咫烏』のことも、面白いことになっちゃうかもっ」
「えへへ、ワクワクするね」
アビスを展開したシェンフーは、ニコニコしながら『ロイ』の腕に抱きつく。
「作戦通り、だねっ」
「うん。ふふふん。『八咫烏』を使って、七聖剣士を仲間割れさせるね」
「うんうん。みんな、この霧を吸い込んじゃって、胸がモヤモヤしてると思う。その隙を突けば、面白いことになっちゃうかも」
「うん! えへへ、楽しくなってきた」
認識をバグらせ、感情を操り、人間関係をめちゃくちゃにして内部崩壊させる。
これが、バビスチェの『手番』だ。
直接戦うのではなく、内側から徐々に、徐々に腐らせる。
姿の見えない敵。これこそ、恐るべき敵だった。
◇◇◇◇◇
バビスチェは、王都の高級宿にある浴場を貸し切り、泡風呂を楽しんでいた。
一人ではない。バビスチェの騎士であり、魔界貴族公爵『薔薇騎士』アンジェリーナも一緒だ。
バビスチェは、マットの上に寝そべり、アンジェリーナに背中を洗ってもらっている。
「フフ……順調みたいねぇ?」
「はい。シェンフーが『聖域』を展開。エルサの『疑わしき隣人』と合わさり、王都内は少しずつ、ヒトを信じることができない状態に陥るでしょう」
「そうねぇ……っぁ、そこ、気持ちイイ……」
アンジェリーナに背中を強くこすってもらい、バビスチェは蕩けた。
「バビスチェ様。八咫烏はどうしましょうか? 七聖剣士の『雷』が逃亡したことにより、学生寮内では雷聖剣は裏切り者だの、魔族に寝返っただの言われているようですが……七聖剣士の分断というなら、もう八咫烏に固執せずとも、目的を達成できるのでは?」
「そうねぇ……確かに、もう必要ないかも。でも……」
バビスチェは、うつぶせから仰向けに。
美しい裸体があらわになり、アンジェリーナはゴクリと唾を飲んだ。
「八咫烏。正体は何てことのない子供だったけど、『炎』と『氷』のお嬢ちゃんが惚れこんでいるのよ……私ねぇ、ああいうウブな子を見ると、応援してあげたくなっちゃうし、滅茶苦茶にしてやりたくなっちゃう……」
バビスチェは手のひらをアンジェリーナに向ける。
すると、手のひらに小さな光球が集まり、それをアンジェリーナの口に入れた。
「んっ……」
「この『聖域』を、学園に展開……ふふ、子供たちを思いっきり、『愛』で包んであげましょ?」
「本当に、バビスチェ様は『愛』にあふれたお方……」
「ふふ~♪ じゃ、私の番ね」
「っ、あ……」
バビスチェはアンジェリーナを押し倒し、身体を包むバスタオルを優しく外した。