秘密
ロイは、トラビア王国郊外の森に一人で来ていた。
手には魔弓デスゲイズ。基本形態である『狩人形態』になり、二キロ先でゴブリンを喰い殺している『ジャイアントオーク』を観察する。
全長三メートル半、横幅が二メートルほどある、完全な『二足歩行の豚』だった。
腕の筋肉が異常に発達し、叩き潰したゴブリンを口に入れて咀嚼する姿は醜悪としか言えない。
討伐レートはS+……並みの聖剣士では相手にならない。
だがロイは、矢筒から矢を抜く。
「大罪権能『暴食』装填」
ねじくれた鏃の矢。『螺旋矢』を番える。
右目の瞳が赤く輝く。
オークの近くに止まるコウモリの視界を脳内で展開。側頭部に古傷があるのを見つけた。
「位置も悪くない───……」
ロイはニヤリと笑い、矢を放った。
放たれた矢は真っすぐ飛ぶ。
途中、岩を貫通した。だが軌道は一ミリもズレることなく飛び、大口を開けたオークの側頭部を貫通……ジャイアントオークは大口を開けたまま白目を剥き、矢が突き出た穴から脳がボタボタこぼれ落ち、そのまま死亡した。
「よっし!! オーク討伐だ」
『また肉を解体するのか?』
「ああ。急げ急げっ」
ロイはダッシュでジャイアントオークの元へ。
デスゲイズとの制約で刃物は一切使えないが、オリハルコン製の鏃を持ち、魔力操作で身体強化をすれば魔獣の解体はできた。
ジャイアントオークを解体し肉を抗菌シートで包み、心臓付近にあった『核』も布で包む。ちなみに、ジャイアントオークの心臓は珍味で高く売れるので、こちらも回収した。
ロイは変身を解き、解体した肉を持参した串に刺す。
「くぅぅ~……めっちゃ美味そう。早く焼くぞ」
ダッシュで森の入口付近に戻り、予め用意していた竈に火を起こし、肉を焼く。
持参した塩コショウで味を付け、豪快にかぶりついた。
「う、っまぁぁぁぁぁ!! オーク肉うっまぁ!! おいデスゲイズ、お前も食え食え」
『いらん。さっさと食って帰るぞ』
「つれないな。こんなうまいのに」
がぶりと肉に喰らい付く。
久しぶりの狩りは、とても気持ちよく気分がよかった。
ロイは大満足し、トラビア王国へ戻るのだった。
◇◇◇◇◇
素材を換金し、上機嫌でロイは歩いていた。
「ふぃぃ、せっかくだし湯屋にでも行こうかな」
『くっくっく。また鉢合わせを期待するか?』
「残念だったな。エレノアとユノは、ロセ先輩、ララベル先輩とお茶会だよ。殿下は公務で、スヴァルト先輩は……わからん」
『ちっ』
「おい、なんで舌打ち?」
ロイは、馴染みの湯屋へ。
ボロい湯屋は、相変わらずボロかった。
だが、今日はいつもと少し様子が違う。
入口で支払いをすると、不思議な甘い香りがした。
「なんだろ、いい匂い……」
「今日は『ギンバショウ』の湯です。東方で採取できる『ギンバショウの葉』が湯船に浮かんでいます。肩こり腰痛美肌効果が期待できますよ」
受付の老婆が言う。
さっそく脱衣所で服を脱ぎ、浴場へ。
「おお~……って、湯気すっごいな」
甘い香りが充満し、湯気もすごかった。
前がよく見えないので、手探りで進む。
「お、あったあった。シャワー」
シャワーで身体を流し、大きな浴槽に向かって歩く。
すると、何かにぶつかった。
「いてっ!?」
「わっ!?」
ぶつかったのは、ヒトだった。
尻もちをついたのか、誰かが倒れた。
「あ、す、すみません。人がいるとは思わず……」
「え、あ……か、かたじけない!! その……」
「あれ、その声……アオイくん?」
「あ、ああ。ええと、ろ、ロイ殿?」
「ごめん、湯気で見えなくて……立てる?」
風呂場にいたのは、アオイだった。
手を差し伸べるが、湯気のせいでよく見えない。
差し出した手を掴まず、アオイは慌てて立ち上がり、ロイから数歩離れた。
「アオイくん、来てたんだ」
「え!? あ、ああ。その、うん!! あはは……」
「? あの、どうかした?」
「いや、その、えっと……せ、拙者、そろそろ、っぷぁ!?」
ドボン!! と、音がした。
アオイが下がりすぎ、浴槽の縁にひっかけて転んだようだ。
ロイは慌てて浴槽へ。
「あ、アオイくん!? 大丈夫!?」
「だだ、大丈夫!! 大丈夫だから!!」
「いやでも、すごい音したけど」
「大丈夫!! 大丈夫だから!!」
「あ、ああ。そこまで言うなら……」
ザバッとアオイが立ち上がったような音がした。
「も、申し訳ないが……これにて、失礼する」
「あ、ああ。その、ほんとに大丈夫?」
「うむ、騒がせてすまなか───……」
次の瞬間。
浴場内の換気扇が動き出し、湯気が排出された。
「───った」
「…………え」
ロイの眼の前に立っていたのは───仁王立ちする『アオイ・クゼ』だった。
だが、おかしい。
「…………」
「…………」
アオイ・クゼ。
雷聖剣イザナギの使い手で、東方の島国『ワ国』から来た美少年。
だが、ロイの目の前にいるのは、どうみても美少女だった。
「…………」
「…………」
腰まで伸びた濡羽色の髪。ポニーテールではなく、綺麗なロングストレートヘア。
男ではありえない、膨らんだ胸。ユノ以上、エレノア以下の大きさだろうか。
そして、下半身……男ならあるべき《モノ》が、ない。
「…………えっと」
「…………ふっ」
アオイは───笑った。
そして、静かに涙を流した。
「殺せぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!」
「えぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!?」
いきなり叫びだしたアオイ。
ロイはわけがわからず、とりあえずとりあえず浴場から逃げ出した。
◇◇◇◇◇
「申し訳ない。少し、動揺した」
「あ、いや……」
浴場から出て待つと、顔を真っ赤にしたアオイが出て来た。
そして、近くのカフェに入ると、いきなりの謝罪である。
ロイは、ずばり聞いた。
「アオイくん、いや……アオイさん、だったのか」
「…………ああ、拙者は女だ」
ばっちり、これでもかというくらい見てしまったロイ。
美しい裸体が脳内に保存され、そう簡単には消せなかった。
「ロイ殿、頼みがある……拙者の秘密を、どうか他言しないで欲しい」
「……女だってことをか?」
「……そうだ」
「事情、聞いても?」
「…………全ては話せん」
アオイは、ぽつぽつと話した。
「東方……ワ国では、男児の聖剣士が最も優れてなくてはならん。だが拙者はおなご……拙者は、七聖剣に選ばれてはならない存在。だからこそ、おなごではなく、男児として育てられた」
「…………」
「拙者が『女』だとバレるわけにはいかんのだ。頼むロイ殿、どうか、拙者の正体を他言しないでほしい……そのためになら、なんでもしよう」
『クックック。これは面白い展開っぎゃん!?』
ロイは、デスゲイズの柄を叩いた。
「わかった」
「え……」
「アオイさん……アオイが女だってこと、誰にも言わないよ」
「ほ、本当か!!」
「ああ。俺は何も見ていないし、何も知らない。俺もお前も、ただの友達だ」
「ロイ殿……感謝する!!」
こうして、ロイは知ってしまった。
アオイの秘密。
雷聖剣イザナギの使い手が、ロイと同い年の少女だということを。