報告と、雷の少年
嘆きの魔王トリステッツァの討伐。
このニュースは、人間界全体に広がり、七聖剣士たちの名前も広がり、世界中から賞賛された。
夏季休暇最終日。エレノア、ユノ、ロセ、サリオス、スヴァルトの五人は、トラビア王城に呼ばれた。
謁見の間にて、エレノアたち五人は聖剣を専用台に乗せ、その傍に跪いている。
玉座に座るのは、サリオスの父にしてトラビア国王。
国王は、笑顔で言った。
「本当に、感謝してもしきれんよ……七聖剣士たち」
トラビア国王は、サリオスを見る。
だが、言葉は全員に向けていた。
「嘆きの魔王討伐。これほどの成果を上げるとは……本当に、本当に、こんな日が来るとは」
魔王討伐は、人類の夢。
これまで、魔王の『手番』を防ぐことで精いっぱいだった。だが、まさか七人揃っていない五人の聖剣士たちが、魔王を討伐するとは思わなかった。
すると、サリオスが言う。
「陛下、すでにお聞きではあると思いますが……我々五人の力だけではありません」
「うむ。『八咫烏』だったな。黒衣、仮面の弓士……正体不明の聖剣士ということだが」
「はい。目的は不明ですが……現時点では、敵ではありません」
味方でもない。
サリオスは言わなかったが、ロセとスヴァルトも同じ意見だった。
エレノア、ユノはその正体を知っている。
特にユノは、八咫烏……ロイはもっと賞賛されるべきだと思っている。ロイがそれを望まないから何も言わないし、言うつもりもない。
「エレノアよ」
「は、はひ!!」
いきなり話しかけられたエレノアは、声が裏返った。
恥ずかしさに真っ赤になるが、トラビア国王はそのまま続けた。
「聖剣の最終形態に覚醒したそうだな」
「あ……ええと、はい。たぶん」
「ふむ。歴代の七聖剣士でも、最終形態まで覚醒できたのは数名との記録がある。できることなら、その方法を七聖剣士たちに伝えて欲しい」
「あ……そ、その。あたし、無我夢中で……よく、覚えていなくて」
『───十秒だけね?』
ふと、そんな言葉がエレノアの頭をよぎった。
炎聖剣フェニキア。最終形態。
真紅の全身鎧、『炎聖剣鎧フェニキア・ブレイズハート』
包み込むような温かさはよく覚えている。
トリステッツァとの鍔迫り合いも、難なく勝てた。ロイの聖域により能力値が七割ダウンしていたことを差し引いても、あの『鎧』は魔王レベルだと感じた。
「その、使えるとは思います。でも……」
「でも?」
「十秒くらいしか維持できなくて、一度使うと、その日はもう使えないと思います……」
「ふむ。一度、見せてくれぬか?」
「え……」
「頼む」
「あ、は、はいっ!!」
トラビア国王が頭を下げようとしたので、エレノアは慌てて立ち上がった。
炎聖剣を手に、両手で柄を握りって構えた。
「『鎧身』」
真紅の炎がエレノアを包み込み、真紅の全身鎧姿に。
鋭角な、女性的な鎧だ。上半身はスタイリッシュな鎧、下半身は一部がスカートのように広がっている。背中にはブースターのような噴射装置が付いていた。
手にある炎聖剣は、バーナーブレードのような形状だが、基本形態であるロングソードのような形状である。
肌の露出が一切ない、完全な《全身鎧》だった。
「八……九……十。っぷはぁ……」
十秒後、鎧が解除された。
エレノアは剣を置き、再び跪く。
「素晴らしい。エレノアよ、よくやったぞ」
「あ、ありがとうございます」
「うむ。さて……七聖剣士たち。魔王討伐に関して、そなたたちに褒美を出さねばならんな」
国王が宰相に視線を送ると、羊皮紙を手に前に出た。
「魔王討伐の報酬として、中型樽金貨を一人二十樽を与える」
「っぶ」
エレノアが噴き出しそうになったが、なんとか堪えた。
つまり、『ワイン樽いっぱいの金貨を二十樽を与える』ということだ。
これだけの金貨があれば、王都の一等地に小さい家を買うことができる。
学生が持つには破格の金貨だ。
「ほかに、望むものはあるか?」
トラビア国王が言うと、ユノが挙手した。
「申してみよ」
「八咫烏にも、報酬をお願いします。わたしたち……八咫烏がいなかったら、、勝てなかったです」
「ふむ……それは事実か?」
サリオスへ視線が向けられた。
「……はい。間違いありません」
「そうか。さて、金貨を渡すのもいいが……どうしたものか」
「奴の正体は不明です。ですが……もしかしたら、もしかしたらですけど……聖剣レジェンディア学園の関係者かもしれません」
「なに?」
「その、奴は戦闘中、ロセ先輩とスヴァルト先輩のことを呼んだんです。『ロセ先輩、スヴァルト先輩』って……あの状況で、咄嗟に出た言葉なので、もしかしたら……」
「ふむ。ではこうしよう。聖剣レジェンディア学園の飲食店代を、一か月間無料にする。飲食代は全て国が持とう」
どこか楽しそうに言う国王。
ロセはクスっと笑い、サリオスはポカンとした。
「え、ええと、可能性の話ですけど……」
「はっはっは。まぁいいだろう? 八咫烏が学園の生徒なら名乗り出ては欲しいが……まあ、今できる褒美は、これくらいだ」
「は、はい」
サリオスは頷いた。
国王は、全員を見て言う。
「さて、晩餐会までくつろいでくれ。残り二人、『風』と『雷』の聖剣士も、間もなく城へ来るだろう」
「え……」
風はララベル。
だが、『雷』の聖剣士はエレノアは会ったことがない。
どんな聖剣士か少し気になりつつ、謁見は終わった。
◇◇◇◇◇
数時間後。
ドレスに着替えたエレノアは、鏡の前で苦笑していた。
「あたしがこんなドレスをねぇ……なんか、入学後のパーティーを思い出すわ」
真紅のドレスに、腰には炎聖剣が下がっている。
肩が剥き出しで、胸元を強調するようなドレスでやや恥ずかしい。
髪も、城のメイドが丁寧にまとめて、シンプルなアクセサリーで飾った。
化粧をし、薄い口紅を引いたエレノアは、十六歳とは思えないほど色っぽい。
壁際に控えるメイドに「どう?」と聞いてクルクル回っていると、ユノが来た。
「エレノア」
「あ、ユノ……おおぅ」
ユノは、水色のドレスを着ていた。
エレノアと同じく肩が剥き出しだが、ユノは薄いヴェールを纏っている。
髪もまとめ、化粧をしており、水の妖精のような可愛らしさがあった。
「ユノ、かわいい!!」
「ありがと。エレノア、相変わらずおっぱい見せてるね」
「見せてないし!! ってか感想それ!?」
胸を押さえるエレノア。
すると、再びドアがノックされ、ロセとララベルが入ってきた。
「エレノアちゃん、用意できた?」
ロセは、黄色を基調としたドレスだ。
エレノア以上に胸が大きく目立っている。長い髪もポニーテールにまとめられている。
ララベルは、緑色のドレスだが……ムスッとしている。
「ララベル先輩、お久しぶりです!!」
「…………ん」
「え、あの」
「…………むー」
「あ、気にしないで。この子、魔王討伐に参加できなかったから、拗ねてるの」
「拗ねてないし!! ってかロセ!! あんた本国から呼び出しされてたくせに、なんでレイピアーゼ行っちゃうのよ!! アタシにも声かけなさいよ!!」
「ふふ。ララベルと別れたあとに決めたからねぇ」
「きぃぃっ!! スヴァルトの貧弱野郎め!! アタシにも声かけなさいっての!!」
「おいコラ、誰が貧弱だと貧乳」
「あぁ!? んだとこらっ!!」
ロセとララベルの後ろに、黒いスーツを着たスヴァルトがいた。
胸元のシャツのボタンが四つも開けられ、胸板が見えている。
「ふん、相変わらず貧弱じゃない。ガリガリの胸板見てて悲しくなるから前閉じたらぁ?」
「あぁ!? テメェこそロセと並んでて恥ずかしくねぇのか? 盛るならしっかり盛りやがれ!!」
「あぁぁぁぁん!? この痩せ吸血鬼、ブチ殺すわよ!?」
「やってみろ貧乳エルフが!!」
「あ、あの……」
と、スヴァルトの後ろにサリオスがいた。
止めようとしているが、間に割って入れないようだ。
すると、ロセがニコニコしながら、手斧形態のギャラハッドを持ち、斧の腹部分でララベルとスヴァルトの頭をごつんと叩いた。
「「あいだぁ!?」」
「いい加減にしなさいね~? 騒ぐなら私が相手になるわよ~?」
「「…………」」
二人は黙り込み、そっぽ向いた。
三人は同期。七聖剣士としての実力も互角なのだが、どうしてもロセに頭が上がらない。
ロセはため息を吐き、全員に言う。
「さ、そろそろあの子が来るから、みんな揃ったら晩餐会に行きましょうね」
「あの子?」
「ええ。エレノアちゃん、ユノちゃん、サリオスくんは初めてかな? っと……噂をすれば」
やってきたのは、濡羽色の髪をポニーテールにした少年だった。
エレノアが見たことのない衣装を着ている。第一印象は『ぶかぶかのローブ』だ。
「かたじけない、ロスヴァイセ殿、ララベル殿、スヴァルト殿。遅れてしまったようだ」
「ううん、遅れてないわよ~? エレノアちゃんの部屋の前って言ってなかったしねぇ」
少年はペコリと一礼。
そして、エレノア、ユノ、サリオスの前に出た。
「初にお目にかかる。拙者、『雷聖剣イザナギ』に選ばれし七聖剣士。東方の島国『ワ国』出身、久瀬葵……おっと、こちらでは字名が先か。アオイ・クゼと申す。学年は一学年。諸事情で入学が遅れたが、二期から共に学ぶ同志として、よろしく頼む」
アオイ・クゼ。
雷聖剣イザナギに選ばれた少年は頭を下げた。
顔を上げ、微笑を浮かべると───とんでもない美少年だった。
エレノア、ユノ、サリオスは、挨拶も忘れアオイを見つめていた。





