涙が奏でる哀歌・嘆きの魔王トリステッツァ⑨/危険
漆黒でありながら、青い魔力を纏う死神。
それが、『魔性化』したトリステッツァの姿だった。
パレットアイズよりも邪悪な魔力は、強大な『圧』となってロイたちに降りかかる。
五人は、動けなかった。
だが───ロイは、八咫烏は動いた。
「『転換』」
大罪権能『憤怒』の形態、殺戮形態へ。
手には、『怒りの散弾銃』を持ち、銃口をトリステッツァへ向ける。そして、大きく深呼吸をして、エレノアたちに言った。
『援護する。全員、死ぬ気でかかれ!!』
「「「「「ッ!!」」」」」
戦う気だった。
敗色濃厚な、いや……戦う前から結果がわかっていた。
だが、ロイは諦めない。
こんなところで死ぬつもりなど、欠片もない。
『大馬鹿者!! もう無理だ。まさか、魔性化まで使うとは思わなかった……いいか、魔王の魔性化は並みの魔族と違う。強大すぎる解放は、魔性化を解いた時に負荷となり、その力を弱体化させる。この形態を解除した瞬間、トリステッツァは侯爵級程度まで力が落ちる。そうなれば、魔王の座を狙う魔族に狙われる。だから魔王は魔性化を使わないんだ。トリステッツァめ……後のことを考えていないようだぞ』
関係ない。
ロイは銃口をトリステッツァに向けたまま、エレノアたちに聞こえないように言う。
『逃げることはできるかもしれない。でも……そうなったら、レイピアーゼ王国はどうなる? 一度力を解放したトリステッツァは? その力をどこに向ける?』
『それは……』
『戦うしかないんだよ、デスゲイズ』
『だが、お前が死んだらどうなる!? はっきり言うぞ。今のお前に、トリステッツァを倒す手段はない!!』
『でも、やるしかない!!』
『───……この、大馬鹿が!!』
デスゲイズは、本気で怒っていた。
ロイにもわかっている。ここでロイが死ねば、デスゲイズの正体がトリステッツァにバレるかもしれない。さらに、四人の魔王がデスゲイズを消すかもしれない。
でも……ロイは、逃げるわけにはいかなかった。
「悪いデスゲイズ。でも、俺は死なないよ」
『───……』
デスゲイズは、何も言わなかった。
◇◇◇◇◇◇
デスゲイズは、考えた。
『どうする……パレットアイズの時のように、我輩が顕現できれば』
封印の一部を破り、再び顕現することができれば、トリステッツァと戦える。
幸い、ここはトリステッツァの聖域内だ。外にデスゲイズの気配が漏れることは、恐らくない。
だが、一つの封印を解き、外に漏れだした程度の力でトリステッツァに勝てるのか?
正直、『魔性化』したトリステッツァ相手には厳しい。漏れ出た魔力はデスゲイズ本来の魔力の、千分の一にも満たない。
せめて、一割半程度の力は欲しい。
全力で戦う魔王相手に一割半というデスゲイズも、相当な規格外である。
『ダメだ。あの時とは違う。トリステッツァはパレットアイズとは違う……『魔性化』した以上、油断はない……どうすればいい』
このままでは、ロイが死ぬ。
トリステッツァを倒せとは言った。
だが、『魔性化』は計算外だった。
『ロイ……』
デスゲイズは、何もできない。
どんなに最強の魔王でも、今のデスゲイズはあまりにも無力だった。
◇◇◇◇◇◇
ロイがショットガンを連射し、聖剣士たちはバラけ、トリステッツァを包囲した。
『食らいやがれぇぇぇっ!!』
ドゥン!! ドゥン!! と、散弾がバラ撒かれ、トリステッツァの身体に命中する。
だが、濃密な魔力に覆われているトリステッツァの身体に、弾丸が食い込むことはなかった。
ロイは円を描くように動き、ショットガンをライフルへ変え、撃ちながら回る。
『斬り込め!!』
「はぁぁぁぁっ!! 『シャイニング・エッジ』!!」
ロイの射撃に合わせ、サリオスが斬りかかる。
トリステッツァの右腕に刃が食い込んだ。
「……なっ」
いや、食い込んでいなかった。
骸骨の腕、ほんの数センチのところで剣が止まっていた。
ただの魔力が、鎧よりも硬くトリステッツァを守っている。
「だったら───ッ!!」
サリオスの身体が光に包まれる。
サザーランドの能力、『光魔』の力で、聖剣の光が魔力となり、サリオスの身体を包み込んだ。
魔力は、強力な身体強化となり、サリオスの力を数倍、数十倍に上げる。
長くはもたない強化。
サリオスは全力で、トリステッツァの首を両断しようと剣を横薙ぎに振った。
「『シャイニング・スパーダ』!!」
高速の一閃。
光に匹敵する速度の斬撃が、トリステッツァの首を両断する。
だが、両断した首が、青い魔力に包まれると、瞬時にくっついた。
『なかなかだ』
「ッ!!」
『では、こちらの番』
ゾッとした瞬間、サリオスは無意識にバックステップ。
ロセが間に割り込み、ギャラハッドを盾のように構えた。
トリステッツァは、大鎌を真横に振る。
「全員、回避ぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃッ!!」
ロセが叫ぶ。
エレノア、ユノがしゃがむ。
スヴァルトもしゃがむ。ロセはサリオスを押し倒すようにしゃがむ。サリオスは転ぶように真後ろへ倒れ、ロイは誰よりも早く回避行動を取った。
『『鳴鎌』』
漆黒に、青い光がサリオスたちの立っていた場所を通り過ぎた。
風圧だけで、半径数キロ圏内の雪が蒸発し、エレノアたちが吹き飛ばされ数十メートル地面を転がった。
そして、サリオスを庇ったロセの回避が僅かに遅れ……。
「う、っぐ、ぁ……」
ほんの僅かに斬撃に触れた左腕が、肘から千切れ飛んでいた。
ボタボタと血が流れ、大地を濡らす。
「せ、先輩!!」
「だ、だいじょうぶ……」
「ち、血が……お、オレを、庇ったせいで」
「ふふ、先輩だもん……かわいい後輩を守なら、きゃ」
ロセは真っ青で、冷や汗を流している。
でも、笑顔を浮かべ、サリオスを安心させようとした。
サリオスは歯を食いしばり、収納から手拭いを取り出して止血する。
その間、スヴァルト、ユノ、エレノアがトリステッツァに向かっていた。
「だらァァァァァッ!!」
鋸剣でトリステッツァに斬りかかりつつ叫ぶ。
「絶対に離れるな!! 大鎌は近接じゃ振るえねぇ!! 振るえても回避できるはずだ!!」
「「はい!!」」
自身も大鎌を使うが故のアドバイス。
トリステッツァに聞こえているが、そんなことはトリステッツァも承知だろうとスヴァルトは思っている。だから叫んでいた。
「手ぇ休めんじゃねぇぞ!! 八咫烏、テメェもだ!!」
『ああ!!』
ロイは、ライフルでトリステッツァの手首、関節を狙ってとにかく撃つ。
関節や手首を撃つと、ほんの僅かに動きが鈍る。そのわずかな鈍りが、エレノアたちの回避する助けになっていた。
『ほぅ、これはなかなか』
トリステッツァは、楽しんでいた。
確かに、スヴァルトの言う通りだった。
トリステッツァ本来の武器である大鎌は、中~遠距離では無類の強さを誇るが、超接近された今の状況では使いにくい。
攻撃パターンも分析され、効果的な技が出せない。
だが、エレノアたちの斬撃もだ。
連続で技を繰り出しているのに、トリステッツァの魔力に阻まれダメージがない。
「諦めんじゃねぇぞ!! こいつも魔族である以上、魔力は無限じゃねぇはずだ!! この『魔王聖域』を維持するのにも魔力を使ってる以上、必ず底がある!!」
三人の休む間もない連続攻撃。
「『灼炎楼・十一可月』!!」
十一連の縦斬りを、大鎌を掲げて防御。
そして、がら空きの腹にユノが潜り込む。
「『氷乱刃』!!」
チャクラムによる連続回転斬り。
ダメージはほぼゼロ。魔力が少しだけ削られた。
そして、背後にスヴァルトが現れ、なんとトリステッツァに抱きついた。
「捕まえたぁ!!」
『む』
「へへ、喰らいやがれ!!」
すると、スヴァルトの全身から『闇』が放出され、トリステッツァに喰らいつく。
闇聖剣アンダンテの能力『闇喰』だ。
だが、闇はトリステッツァにまとわりつくだけで、魔力を喰らおうとしない。
『なるほど、闇……いい技だな』
「クソが!! く、喰らわねぇだとぉ!?」
『我が魔力のが強い。それだけのことよ』
「!!」
驚くべき行動だった。
なんと、トリステッツァは鎌を手放し、しがみつくスヴァルトの腕を掴んだ。
「なっ」
そのままスヴァルトを無理やり引き剥がし、地面に叩き付ける。
轟音が響き、地面に亀裂が入った。
「ぶふぇぁ!?」
吐血。
掴まれた右腕がベキバキゴキと砕ける。
そして、トリステッツァはユノに接近。
「!?」
『意外だったか? こんな骨が徒手空拳など』
チャクラムを構えたが、そのまま殴られた。
ユノはノーバウンドで百メートル以上吹き飛び、地面を三十メートル以上転がり、岩に激突してようやく停止……体中の骨が折れ、血塗れになりピクピク痙攣していた。
「ユノ!! このっ……」
『人の心配をしている場合か?』
「!!」
エレノアの眼前に、トリステッツァの顔があった。
ほんの数十センチ。ガイコツの顔が、エレノアの目の前に。
『炎聖剣の使い手……我はようやく、お前に復讐を果たせる』
「それ、あたしじゃないし」
『ふ、使い手なぞどうでもいい。その剣……我を追い詰めた剣なのでね』
「あっそ。だったら───もう一回、やっつける!!」
トリステッツァの背後。
心臓付近に、銃口が突き付けられた。
「死ね」
『!!』
八咫烏のショットガンが、火を噴いた。