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聖剣が最強の世界で、少年は弓に愛される~封印された魔王がくれた力で聖剣士たちを援護します~  作者: さとう
第三章 青白の嘆きトリステッツァと白銀世界

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涙が奏でる哀歌・嘆きの魔王トリステッツァ⑧/素晴らしきかな涙

 炎、氷、光、闇、地の同時攻撃が、トリステッツァを襲った。

 土煙が酷く、攻撃の跡地が見えない。

 ロイは、一キロ離れた岩陰から様子を伺っていた。


「やったのか……?」

『…………』


 デスゲイズは何も言わない。

 すると、土煙が晴れ───……現れたのは、トリステッツァ。

 怪我の一つもない。服に汚れの一つもない。全身が青い輝きに包まれた、『嘆きの魔王』トリステッツァだった。

 トリステッツァは、両手を広げて───静かに泣いた。


「───……素晴らしい」


 全身全霊の一撃を、五人は叩き込んだ。

 だが、全て弾かれた。

 あの、全身を包む青い光に。


「む、無傷……」

『あの光。高密度の魔力だな……あの骨の魔獣といい、トリステッツァの魔力操作はパレットアイズよりも上だ。『魔王聖域(アビス)』の補助も含め、奴に攻撃を与えるには並外れた威力が必要だぞ』

「お、俺の矢は通ったぞ」

『奇跡にすぎん。恐らく、もう不意打ちは通じないぞ』

「くっ……」

『ロイ、お前が前に出るしかない。『憤怒(ラース)』の力なら、あるいは』

「……わかった。援護じゃない、共に戦うって選択肢もこれから必要になるかもな」


 ロイは飛び出し、矢を番える。

 込める権能は『暴食』だ。


「食らえ───……『魔喰矢(グロトネリア)』」


 放たれるのは、あらゆる肉を喰らう矢。

 だが、トリステッツァがチラッと矢を見ただけで、青い光につつまれ消滅した。

 そして、トリステッツァとロイの目が合う。

 距離は三百メートル以上離れているが、間違いなく目が合った。


「……ササライ殿からの報告にあった謎の聖剣士だな? ふむ、そんな仮面をしていたら泣き顔が見れないではないか」

「…………」


 ロイは無視。

 魔力操作によって向上した身体強化でトリステッツァに接近……は、しない。

 方向転換し、円を描くように走り、矢を放ちながらエレノアたちの元へ。

 そして、エレノアの隣に立ち、全員に言う。


『奴の身体を包む青い光は、高濃度の魔力だ。この『聖域』の補助が加わり、魔力量も、魔力操作技術も向上している。いいか、あの『嘆きの魔王』の聖域の真骨頂は、強酸の涙じゃない。聖域の補助を受けた、魔王トリステッツァそのものだ』

(───で、いいんだよな)

『ああ、そうだ』


 すると、スヴァルトが言う。


「テメェ、なんでそんなこと知ってやがる」

「先輩、今はそんなこと後で!! 八咫烏は信用できるよ。あたしたち、何度も助けてもらったもん!!」

「……オレも、今は信じます。胡散臭いとは思ってますけどね」


 エレノア、サリオスが言う。

 スヴァルトはロセを見るが、ロセは小さく頷いた。

 そして、ユノ。


「…………」


 ユノは、八咫烏をジッと見ていた。


 ◇◇◇◇◇◇


 トリステッツァは、歓喜していた。

 今、流れているのは歓喜の涙。

 久しぶりに、まともなダメージを受けた。


「久しぶりだ。これほどの高揚感……この、胸の高鳴り」


 青い魔力が濃くなり、群青色となりトリステッツァを包み込む。

 かつて、敗北寸前まで追い詰められた戦い。

 炎聖剣によって追い詰められたトリステッツァ。部下をほとんど失い、軍勢を立て直すだけで数百年経過していた。

 そして今、再びトリステッツァは押されている。

 部下を全て失い、たった一人で戦っている。


「聖剣士たち……どうか、聞いて欲しい!!」

「「「「「っ!!」」」」」


 トリステッツァは叫んだ。

 顔を押さえ、涙を流し……顔を、しわくちゃに歪めている。


「私は、嬉しいんだ」


 エレノアたちの警戒は消えない。

 もう、全員が気付いていた。

 トリステッツァの涙は、本物。

 でも、本物という偽物だということが。


「かつて、我は……今のお前たちと同じ、五人の聖剣士に追い詰められた」

 

 トリステッツァは、エレノアたちを順番に指さす。


「炎聖剣フェニキア……氷聖剣フリズスキャルヴ……光聖剣サザーランド……地聖剣ギャラハッド……闇聖剣アンダンテ……奇しくも、奇しくも!! 同じなのだ!! あの時───炎聖剣の聖剣士が、命を投げ打った時と、同じなのだよ!!」


 なぜか、嬉しそうだった。

 そして、今までみた泣き顔の中でも特に、顔を歪めて泣く。


「う、うぅぅ……こんな日が来るなんて!! 生きててよかった……う、うぅぅ」

「こいつ、頭イッちまってるぞ……」


 スヴァルトがおぞましそうに言う。

 だが、動けない。

 トリステッツァは、泣いている。だが……隙がないのだ。

 

「決めたよ」

『───……まさか』


 トリステッツァは空を見上げる。

 空───トリステッツァの聖域に存在する、《涙の女神(テューラ)》を。


『まずい!! ロイ、奴を殺せ!!』

「えっ」


 すると───《涙の女神(テューラ)》が、優しく微笑んだ。

 空中に亀裂が入り、涙の女神の顔が、ゆっくりと突き出される。

 そして、涙の女神が上半身を露わにし、両手を広げた。まるで……トリステッツァを受け入れるかのように。

 トリステッツァの身体が浮き上がる。

 涙の女神に向かって、愛しい者を見つけたかのように。

 

「な、なに……?」


 まるで、劇場で見るような美しい光景。

 なのだが、ロセはおぞましさしか感じなかった。

 全員、見ることしかできない。何をどうすればいいのか、わからないのだ。

 

「……飲み込まれた」


 ユノが言う。

 トリステッツァは、涙の女神と抱擁する。

 そして、その身体が浄化されるように溶けていく。

 涙の女神が、消えていく。


「き、消える……まさか、自殺?」

『違う!!』


 エレノアの声に、デスゲイズが叫ぶように答えた。


『トリステッツァの聖域、『嘆きの涙は哀悲の雨謳ラァト・ラクリマ・トラジ・エレジー』は、トリステッツァの力の七割を《涙の女神(テューラ)》の維持に使っている。今、トリステッツァは《涙の女神(テューラ)》と融合することで本来の力を取り戻したんだ……!! しかも、この気配……来るぞ。トリステッツァの……魔族最強の一人、『嘆きの魔王』が!!』


 空は、美しい星空が瞬いていた。

 女神が消え、王都や他の街は歓喜に包まれているだろう。

 人間の力で疫病も回復しつつある。きっと、この場にいない者は安堵し、剣を下ろすだろう。

 だが、エレノアたちは違った。


「…………」


 汗が、震えが止まらない。

 エレノアだけではない。

 ユノも、サリオスも、ロセも、スヴァルトも……ロイも。

 濃密な『何か』が、上空からボトッと、ロイたちの前に落ちて来た。

 黒い、液体のような何か。

 それは、形となる。

 言葉の意味が狂っているが、『透き通った漆黒の骸骨』だった。

 手には、黄金の装飾が施された、漆黒の大鎌がある。

 骸骨は、トリステッツァが纏っていたマントがあり、頭には王冠を被っていた。


『……くそ』


 デスゲイズは、悔しそうに舌打ちする。


『いい、気分だ……この姿を見せるのは、生まれてから二度目……』


 トリステッツァの声。

 だが、どこか曇ったような、聞き取りにくい声だった。


『嘆きの魔王と呼ばれた我の『魔性化(アドベンド)』……聖剣士たちよ、そなたたちは、この姿となった我に挑む権利を得た』


 漆黒の透き通った骸骨に、青い魔力が……先ほどとは桁違いの魔力が集まっていく。


『あぁ───この姿では、涙を流せない』


 始まってしまう。

 魔王と、聖剣士の……本当の戦いが。

 デスゲイズは言う。


『逃げろ。もう、勝ち目はない』

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