魔界貴族侯爵『拳骨』のママレードと『猫背』のジガート③/ロセのゲンコツ
「『超・拳・骨』!!」
「!!」
魔性化したママレードのゲンコツは、先程の比ではない。
ただの拳だったのに、今では銀色に輝く『鋼の拳』となり落ちてくる。
だが、ロセも違う。
「『地帝』!!」
手甲形態となった地聖剣ギャラハッド。
大戦斧、片刃斧、短槍、片刃剣、棘棍棒、そして手甲。直接攻撃に秀でた、ロセにぴったりの武器。そのなかでも拳は───……本来のロセが、最も得意とするスタイルだった。
「『激震』!!」
振りかぶった右拳で、落ちてくる『鋼拳』を殴り飛ばした。
鋼拳は砕け散り、その破片がサリオスの傍にズドン!! と落ちてくる。
「…………」
サリオスは愕然と、空いた口がふさがらなかった。
そこに、腹を押さえ、コートを肩にかけたスヴァルトが来る。
「あいっかわらず、クソ馬鹿力だな」
「す、スヴァルト先輩……」
「おーおー、いい眺めだぜ。揺れてる揺れてる」
スヴァルトは重症のはずだが、ケラケラ笑っていた。
ロセは肩の動きを解放するため、着ていた服を下着含め全て脱ぎ捨て、破った服で胸をきつく締めあげたワイルドな格好だ。動くたびに大きな胸がぶるんぶるんと揺れている。
「せ、先輩……ロセ先輩って、もしかして」
「ま、そういうこった。あいつは本来、素手で戦った方がつえぇんだよ。オレも、ララベルも、ロセも、ハーフだって聞いたよな?」
「は、はい」
「本来、ドワーフは腕力が強く、身体が頑強で打たれ強い。だがロセは打たれ強さは普通の人間と変わらねぇ……そこが、ハーフとしての特徴だ」
「…………」
「だがな、ハーフってのは、特化するんだ」
「特化?」
「あいつはドワーフとしての血は半分だ。腕力はあるが、打たれ強さは人間レベル……だがな、どういうわけか、ハーフってのは尖る。あいつの腕力は、本来のドワーフの数倍、数十倍の力を持つ」
「え」
「オレもだ。オレの気配を探る力もヴァンパイアの能力だが、オレの気配察知は、従来のヴァンパイアの数十倍高い。その代わり、回復力は人間よりやや高いくらいで、ヴァンパイアほどの再生力もない」
「…………」
ロセが、拳を連続で繰り出し、落ちてくる鋼拳を全て叩き砕く。
スヴァルトは、どこか懐かしむように言った。
「ロセは、地聖剣ギャラハッドに選ばれてから、拳をあまり振るわなくなった。聖剣士なのに、剣を使わずに拳で殴るってのが、どうも気に入らないみたいだ。あいつ……本当は、斧を使うの苦手なんだぜ?」
「そ、そうなんですか?」
「ああ。少しずつ、少しずつ、あいつは斧を使いこなして───……お」
「ッ!!」
ロセが、ママレードの懐に潜り込んだ。
「ぬぅ!?」
「だらぁッ!!」
ロセが絶対に言わないような声で、ショートアッパーをママレードの腹に叩き込む。
轟音、衝撃波が、サリオスたちの元にも届くほどの一撃。
「ブッ……っぐ、ふぅ、やるねぇ!! だがァァァァァッ!!」
ロセの腕を掴んで持ち上げ、正拳を腹に叩き込んだ。
「ブフッ!?」
ロセは血を吐き吹っ飛ぶが、すぐに身体を起こし、口に残った血をペッと吐き出す。
「まだ、まだァァァァァッ!!」
「いいねぇえぇ!! アンタ、最高だよぉぉぉッ!!」
互いの拳が交差し、それぞれの顔面に突き刺さった。
◇◇◇◇◇◇
「…………終わりが近いな」
「ろ、ロセ先輩……」
それから、ニ十分ほど経過しただろうか。
ロセは血濡れのまま、ガクガク震えながら立っていた。
ママレードも同じだ。常人なら一撃で即死するような拳を何度も食らい、顔中腫れ上がっていたのだ。
それはロセも同じ。胸を覆う服も破れ、上半身裸となっても拳を振るい続けている。
サリオス、スヴァルトも、今やロセが胸を出したまま戦っているというのに、全く気にもならなくなっていた。
「し、幸せ、だネェ……アタシ、アタシ、は……こんな、こんな、戦いが、したかったん、だ」
「…………そう、ですか」
「ああ。アタシと、殴り合えるヤツ、なんて……トリステッツァ様のとこには、いないから、ねぇ」
「ふふ……私も、楽しいです」
「……そうかい」
ママレードは笑った。
そして、胸元から透明なケースを出し、それをスヴァルトの方に投げた。
スヴァルトはそれを掴み、本物だと確かめる。
「…………」
「…………」
スヴァルトは、ロセに向かって頷いた。
ロセも、腫れ上がった顔でニッコリ笑う。
「せ、先輩。スヴァルト先輩、それ」
「本物だ」
「じゃあ、もう戦わなくていいんじゃ。さ、三人で」
そうサリオスが言った瞬間、スヴァルトがサリオスの顔を鷲掴みした。
「ガッ」
「それ以上言ったら、喉を掻っ切る」
「え……」
「あのババァは敵だが、武人だ。こいつを渡したことに対する敬意は払う。ロセも、それを納得してる。お坊ちゃん……お前は見どころがあるが、まだまだガキだ。相手は魔族だが、意思があり、考えもある。あいつがそういう敵だってことを理解しろ」
「…………っ」
スヴァルトが手を離すと、サリオスは黙り込んだ。
きっと、ロセも同じなのだ。もうサリオスなど見ていない。
目の前にいる敵を、ただ見ている。
「「勝負!!」」
互いに叫び、動きだす。
ママレードは、両手をパシンと合わせ、掲げた。
すると、黄金の『拳骨』が、今までで一番大きな『拳骨』が現れた。
それが、ママレードの右腕と合体し、巨大な拳となり振りかぶる。
対するロセは。
「地聖剣ギャラハッド───……力を貸して」
地聖剣ギャラハッドが輝きだす。
手甲が分離して合体。一つの大きな『拳』となり、さらにパーツが分離し、『地』のエネルギーが核となった、巨大な『槌』に変形した。
地聖剣ギャラハッド、七つ目の形態。
今代の七聖剣士で、初めてロセは七つ目の変形に到達した。
大戦槌形態。ロセは柄を握り、槌の重さを利用し回転する。
「さぁ、これでしまいだよ!!」
ママレードが跳躍、右の《黄金拳》を振りかぶり、ロセに向けて放った。
「『無・敵・黄・金・拳・骨』!!」
ママレードの最終奥義。
今までとは桁違いの、黄金の拳がロセに迫る。
だが、ロセの回転は止まらない。
ハンマーの重さを利用し、恐るべき勢いで回転。すると、回転の勢いでロセの身体が浮き上がり、ハンマーのエネルギーがさらに増幅し、ハンマーがさらに巨大化。
「『地帝』!!」
そして、ママレードの拳と、ロセのハンマーが真正面から激突。
「『ビッグバン』!!」
恐るべき轟音が響き渡り、周囲の雪が一瞬で吹き飛ぶ。
「うわぁぁぁぁぁぁぁ!?」
「───……ロセ」
サリオスが身体を守ろうと聖剣を構えるが、スヴァルトは瞬きすらせずにロセの一撃を見ていた。
地面が砕け、土煙が舞い───……ようやく、見えたのは。
「…………」
「…………」
粉々に砕け散った黄金の拳。
そして───……ママレードの胸に命中した、ロセのハンマーだった。
ママレードの身体が、青い炎に包まれる。
「最後に……名前、聞かせてくれないかい?」
「……ロスヴァイセ・ストレイテナーです」
「……いい名前だねぇ」
ママレードはニッコリ笑い、満足したように言う。
「ありがとうねぇ、ロスヴァイセ……」
そして、完全に消滅した。
◇◇◇◇◇◇
ふらりと倒れそうになったロセを、スヴァルトがそっと支えた。
「あ、あれ?」
いつの間にかスヴァルトがいない。サリオスが慌てて駆け寄る。
「お疲れさん」
「…………疲れ、たぁ」
「少し休め」
「だ、だいじょうぶよぉ」
「無茶すんな。へへへ、休んでる間、楽しませてもらうぜ?」
スヴァルトの視線はロセの胸に。
ロセは、自分が上半身裸なのに今さら気付く。腕で隠そうとするがなかなか動かない。
「ば、ばか……見ないでよぉ」
「冗談だっつの」
スヴァルトは、自分のコートをそっとかけ、ロセをお姫様抱っこした。
そして、ようやく追いついたサリオスに言う。
「町に戻る。坊ちゃん、コールドイーストに常駐してる治療系聖剣士を呼んできな。場所はオレたちがいた宿屋だ。それと、ワクチンサンプルを二つ手に入れたってことも伝えろ。行くぞ」
「え、あ……は、はい」
サリオスは、何も言えず返事をした。
ロセを抱えるスヴァルトが、あまりにも大きく、頼もしく見えた。
ロセも、安心して身を任せているように見える。
「…………」
少しは、頼れる男になったと思ったが……やっぱり自分は、まだまだ子供。
サリオスはそう思い、スヴァルトの後に続いて歩き出した。