人質同然に獣人の王に嫁いで「お前を愛すことはない」と言われたけど陛下の様子が変ですわ?
私の国は蛮族と呼ばれる獣人の国と隣接していた。はじめは我々人族が優勢でいざこざなどすぐにおさめていたものの、最近では獣人族も隊列を組み、訓練して戦うようになってきたので、身体能力において劣っている人族は徐々に領地の境を脅かされるようになってきた。
そこで人族は獣人族に和睦を申し込み、同盟を組もうと持ちかけると、人質として王族の娘を嫁がせてくるのならよいとの条件を提示してきた。
国王である私の父は『異人種である獣人の元に嫁がせるのは娘が不憫である』と言ったが、国民も守らねばならない身。私は喜んで獣人の地に行くと申し入れ、別れの晩餐の後に彼の地に向かうことなった。
馬車に乗り込む私に、私の乳母は駆け寄ってきて、例え異人種であろうとも愛し合えばきっと幸せになれる、どんなことがあっても挫けないでくださいと言ってきたので、私もそのつもりだと彼女に伝え、笑顔で手を振り別れた。
◇
獣人の地に入ると、迎えに来たのは槍を持った兵士。それらは一様に人の出で立ちではあるものの、豹や虎、犬や狼の顔で身体中毛に包まれている。
その兵士たちは私が連れてきた侍女や従者は馬車ごと帰し、私のみ別の馬車に乗るように言った。
その馬車は粗末なもので、腰を下ろす座席は板張りで、窓も狭く高い場所にあるので景色など見れない。
まるで罪人が護送されるような馬車だったのだ。
やがて王宮についたらしく、降りるように兵士から命令口調で言われ、そこに降りると宮殿とは思えない木と葉で作られた屋敷だった。
出迎えたのは侍臣が二人で、陛下はこず、結婚式などは行わない、私には屋敷の一室で静かに暮らすようにと、まるで捕虜か囚人のよう。
案内された部屋は、窓には格子がされており、家具は寝台と火鉢、収納の三段の引き出し、それと小さくて低いテーブル。どうやら床に座るようだ。
私は持ってきた茶器や衣服などを収納に入れ、することもなくぼぅっとしていた。
夜になると、灯りを持った侍女を引き連れた一団がやってきた。
私の部屋には灯りなどなく、廊下の灯りがたいそう眩しかった。侍女が私の部屋の戸を開けると、それは猫顔だった。その猫顔侍女が私に言う。
「異国の姫よ。陛下のおなりです。ご無礼などないよう」
そう言って大きく戸を開くと、今までの獣人の二倍もあろう体躯の大男。顔は獅子であり、金色のたてがみは見事に整えられていた。
彼は侍女たちに下がるように言うと、侍女の一人は部屋の燭台に灯をともした後に出ていき、その灯りは遠くに離れていった。
獅子顔の陛下は私に床に座るように命じ、自分は寝台に腰を下ろした。
「お前だな。異国の姫というのは。余はこの国の王でリオネルと申す。そなたの名はなんという」
「リオネル様ですか。私はナリーと申します。精一杯お仕え致します」
それをリオネル陛下は苦笑しながら片手を上げて制止した。
「そんなこと考えずともよい。そなたは人質だ。人族が悪い考えを起こさぬよう、手元に置いておく駒に過ぎん。殺しはせぬ。だが妃としてよい暮らしは出来ぬぞ。余はお前を愛することなどしないだろう」
それは想像していたよりも強い言葉だった。だが私は、夫に支えるためにここに来た。立ち上がって収納のほうへと進む。
「おい何をするつもりだ」
「夫が部屋に来たときの慎みです。お茶を点てます」
「お茶だと? バカな。余は熱いものが苦手な体質だ。猫舌という言葉を知らんのか?」
そう言って獅子顔のリオネル陛下はふんぞり返った。
しかし私の部屋で火鉢の火を使うのを許されたのは太陽が沈む前だけで、お茶を煮出したものもすっかり温くなっていた。だが茶器の中では茶が深く染み出していたし、陛下にはちょうどよい温さだと思い、陛下の前に供した。
しかし陛下は手にもとろうとしなかった。
「へんな匂いのする茶だな。余はたしなまん」
「これは……、私の国では当たり前に飲まれているお茶です」
と、私が話している間に陛下は寝台に倒れてしまった。
「ふにゃぁああぁぁああ~」
「へ、陛下?」
「こ、こにょ匂いはなんだぁぁああ、毒ではないにょかぁぁああ」
「いえ、毒ではありません。ある木を乾燥させて細かくしたものを茶器で煮出したもので『マタタビ茶』と申します」
「みゃ、みゃ、みゃ、みゃたたびぃぃいい~?」
そう言って陛下は、寝台の上で身体をくねらせた。私は、なるほど夫婦のその時が来たのだと思って陛下に近付いた。
「陛下。難しい政治の話しは私にはよく分かりません。しかし、夫婦の在り方というのはちゃんと習って参りました」
「にゃ、にゃ、にゃ、にゃめろぉぉおおお~」
「なんか急に陛下が可愛いですわ」
私が陛下のたてがみを撫でると陛下はゴロゴロと喉を鳴らしていた。
「まぁまるで猫みたいで可愛いですわ。獅子も猫の仲間ですものね」
「しゃしゃしゃ、触わるにゃ~」
「まあとっても愛らしいですわ」
私は陛下のたてがみの部分を盛大にモフモフした。
「ああん。かわいい。とってもかわいい」
「み、み、水をくれぇぇえええ」
陛下がそうおっしゃるので、まだ手をつけていないマタタビ茶を陛下に近付けると、首を振って抵抗した。
「ま。陛下かわいいでちゅね~。でも好き嫌いはダメでちゅよ。うーん、恥ずかしいけど、口移しであげちゃう」
「にゃ、にゃめぇぇえええええ!!」
私は温くてエキスがふんだんに出ているマタタビ茶を口に含んで、陛下の突き出た口に口付けをしながら、それを注ぎ込むと、陛下の抵抗しようと上げられた手はぐったりと寝台の上に落ちた。
その時、背後の戸が開いて犬顔の侍女が首を覗かせた。
「陛下。戻りが遅うございます……。し、し、失礼しました!!」
私たちの様子を見て戸を閉めて走り去ってしまった。
陛下の目は開いたり閉じたり。足も手も投げ出して恍惚な表情をしていた。私はこの無抵抗な夫がますます愛おしくなってしまった。
「陛下ってものすごい筋肉ですわね。そしてとても毛深い。ねぇ陛下。どこまでが胸毛ですの? 確かめてよろしいかしら?」
しかし陛下は返答せずに目を白黒させながら気持ち良さそうにゴロゴロ言っていたので、私はいいのだろうと思って彼の上着を剥いだ。
「まあ! 胸毛とお顔の毛はくっついてらっしゃるのね? ひょっとして全身毛ですの? 見てもよろしいかしら?」
返答はない。しかしここは夫婦の部屋だ。私はちゃんと国で夫婦がすることを習って来たのだ。
「では陛下、確認しますよ? その後で夫婦同士仲良くしますからね?」
陛下はゴロゴログルグル言ったままで、目も虚ろ。まあマタタビ茶を飲んだくらいだから大丈夫だろうと思い、そのまま本当の夫婦になった。
その晩は陛下は、私の部屋でお休みになっていったので、私は添い寝の御伽をした。
次の朝、彼は毛深い顔の奥を真っ赤にして服を抱えて出ていってしまった。
おそらく政務が忙しいのであろう。お尻にはああいう尻尾があるのねぇと見つめながら。
◇
だがその夜も陛下はやってきて、大変怒った様子だった。
「そなたが昨日、余を不正に、その……ナニをしたお陰で、侍女たちが噂を広げ、余の威信は丸潰れだ!」
となにやらご立腹のご様子。大変興奮しておられました。
「余は何もしておらん! 薬を盛ってそなたが余を襲っただけだ! そう侍女たちに説明をしろ!」
目を吊り上げておっしゃるので、私は彼に冷たい飲み物を供した。
「陛下、それは申し訳ございません。とりあえずこちらをどうぞ」
「ああ、すまんな。馳走になる。侍女たちがこれからくるから説明してやってくれ」
がぶりとあおったところで、彼はその場に崩れ落ちた。
「にゃ、にゃ、にゃ~~~!!」
「あら陛下、そんなところに横になって」
「こ、こ、こ、これはぁぁあああ!!」
「あ、はい。陛下が熱いものが苦手とおっしゃってたので、マタタビ茶を煮出し、暗所で冷やしていたものをお出ししました」
「にゃ、にゃ、にゃ、にゃふ……」
またもや興奮した様子で目を回した陛下がとても愛おしくて、私はその胸に抱きついた。
彼は私の背中に手を伸ばして衣服を掴んで持ち上げているようだったが、その手に力がなくなってぐったりとしてしまった。
「陛下ったら、背中に手を回して。そんなに抱き締めたいのですか?」
私は彼の腕を背中に感じながら、そのままにされていると、侍女たちが何やら話しながらこちらにやってきた。
「陛下。開けますがよろしいですね」
そう言って犬顔、猫顔の侍女たち複数は戸を開けて顔を覗かせ、陛下の姿を探し、足元に私たちを見つけた時に大変驚いていた。
「やっぱり陛下は、人族の奥様を愛してらっしゃるのだわ!! し、失礼しました!!」
と言って、戸をピッチリ閉めて駆けていったようだった。
陛下はまたもやゴロゴログルグル。その姿がとてもたまらなく可愛らしい。
国民の前では王者でも夫婦であるときは私にそういう部分を見せるのだと嬉しくなって、そのまま床の上で。私は頑張った。
◇
次の日の朝。私は床の上の陛下の隣にいた。
私が目を覚ますと、陛下と目があった。
「あ……、陛下。おはようございます」
「おはようナリー」
陛下はそう言うと立ち上がり、私を抱き上げて寝台まで連れていって、そこに下ろしてくれた。
「まあ陛下ったらお優しいですわ」
と言うと彼はとても照れていた。
「まーそーのー、なんだ。そなたは身ひとつで我が国に参り、味方もないところで計略をもって余に立ち向かう気概、まことに立派である」
「は、はあ……?」
「正直、そなたの知略には驚かせられた。こんな異人種の娘に情が移ってしまうとは、余も一人の男であったか」
「……はい?」
「もはやそなたの腹の中には余とそなたの子が宿ってしまったかもしれんな。これは今後の戦略を変える必要がある。そなたの実家と仲良くするのも、いいかもしれんし」
「それは我が祖国も望んでいることでございます」
「はっはっは。廷臣たちに計り、今後を考え直そう。そなたは本当の妃となるのだ」
「今までは偽物の妃でしたの?」
「ふふ。そう言うな。今夜もここにこよう」
「本当ですの? ではまたお茶を用意しておきます」
「そうだな。よろしく頼む」
そう言って陛下は出ていかれました。
◇
その後、祖国と獣人の国の和睦同盟がかない、人族と獣人族は手に手を取って協力するようになったのです。
私たち夫婦の仲は良好で、私はすぐに男子を産み、その後もたくさんの子に恵まれました。
獣人の国では、マタタビ茶が夫婦和合の品として珍重されるようになり、祖国ではマタタビの栽培が盛んになったとのことです。