#7 剣を継ぐ者
「新入生挨拶。新入生総代。鷹之衛緋依」
「はい」
凛とした声が拡声器を通じて講堂に響き渡り、遠くに見える舞台の端から背筋をピンと伸ばした女の子がキビキビと登壇してくる。
「あれが……」
緋依は燃えるような長い赤毛を揺らしながらお辞儀をすると、携えていた文を開いて模範的な新入生の想いを語り始める。
「霊葉さん、知り合いなの?」
「んや……噂だけ」
命は隣に座る霊葉と、緋依の挨拶を邪魔せず、かつ掻き消されない程度の声量でボソボソと言葉を交わす。
「座学の成績もトップ、剣も魔法も満点で最上級魔法まで扱える稀代の天才だってさ」
「天才……」
霊葉の向こう側から、会話を聞いていたらしい龍子が話に参加してくる。あまり行儀がよろしくはないけれど、長丁場な式も後半に差し掛かり、ちょうどダレて来ていた所だ。
「続きまして、帯剣の儀」
桜の花が、から始まる半ば儀式的な挨拶が終わると、聞き慣れないアナウンスと共に学園長が何度目かになる登壇を果たす。
「んっ……あれって……」
目を凝らして見るが、この距離ではよく見えない。けれど辛うじて、学長の手には剣が二本携えられているように見える。
「鷹乃衛は二刀使い。鳳の再来とも言われてる」
「鳳って……鳳ほむら選手?」
壇上で進む式典を眺めながら、剣の姿を確認するのを諦めて、霊葉さんにチラリと視線を移す。
鳳ほむら選手。彼女はかつて、翼先生が現役時代に永遠のライバルとして名を馳せた名選手だ。以前にテレビの向こうに見た、直刃の直刀とシミターのような曲刀を自在に操る鳳選手の変則二刀と、卓越した風魔法と神速の剣戟を繰り出す翼先生の試合は今でも鮮明に覚えている。
「っ……」
ぶるり。と。
戦ってみたい。憧れの名選手の剣を継いだ人と、剣を打ち合わせてみたい。心躍るような感情が命の心に去来した。
「……競技騎士になるらしい」
「競技騎士……そうだよね」
そんな命の胸中を制するように、霊葉は壇上に目を向けたまま静かな声で言葉を紡ぐ。
競技騎士になるのであれば、彼女が純粋な剣技だけで戦う事は少ないだろう。何故ならそこは剣と魔法、二つの卓越した技量をぶつけ合い、技を……魔法を魅せる事を生業とする世界なのだから。
そんな華やかな世界を目指す彼女の相手に、僕みたいな魔法の使えない生徒が選ばれる事なんてありえない訳で。
命の心中で燃え上がった情熱の炎が、急速に鎮火していく傍らで、遥か遠くの壇上でつつがなく式を終えた緋依が、剣を両腰に携えて舞台袖へと姿を消していった。
「魔法、か……」
緋依が姿を消すと同時に響く式典の終わりを告げるアナウンスに紛れて、命は静かにため息を漏らす。
厳密に言えば僕は魔法が使えない訳ではない。極めて威力の高い上級魔法以上のものは扱えるけれど、生身の人間相手にそんなものを撃ってしまえば……。
そう言葉を紡いだ刹那。突如として命の脳裏に、所々に大きな炭の塊が転がる、焼け焦げたグラウンドの風景が浮かびあがった。
「っ……」
慌てて頭を振って、背筋を凍り付かせるような感覚を、目に焼き付いた情景と一緒に振り払う。
「……お姉さま?」
「うん。ごめん、ちょっとぼうっとしてた」
講堂から退出する生徒の流れが命たちの元までたどり着き、先を行く天子が命を振り返る。
「ふふっ、これからクラスで自己紹介とかあるんですから、しっかりしないといけませんよ?」
「…………」
誤魔化すように愛想笑いを浮かべて天子の後を追った命の姿を、瞳を揺らした龍子の目が静かに追っていたのだった。