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#4 豪奢な晩餐

 互いに少し踏み入った会話の後、ぽつりぽつりと何気ない話題を交わしながら、少し温くなったスープを楽しんでいると静かにリビングの扉が開かれた。


「むっ、美味しそうな香りだな」

「あっ……と……水瀬さん。荷解きは終わったの?」

「うむ、だいたいは。あと、私も志保で構わない」


 志保はゆっくりと部屋の中を見回しながら、霊葉の隣の椅子を引いて席に着く。

 けれど、そこにあるはずの霊葉さんの姿はどこにもなくて。


「うん。って、あれっ……? 霊葉さんは?」

「霊葉さんなら、私が入ってきたと同時にあっちに……」

「ん」


 志保さんが指差した先に視線を送ると、壁で仕切られたキッチンスペースから丁度、霊葉さんが新しいスープカップを持って出て来る所だった。


「よければ」

「ありがとう」


 志保さんは微笑みながらカップを受け取って静かに口をつける。


「……」


 再びリビングを沈黙が包み、穏やかながらも気まずい雰囲気が立ち込めた。

 もっとも、そう感じているのは命だけで、霊葉も志保もそれぞれに本を読んだり、出されたスープを飲んだりとくつろいでいるのだが。


「えっと……志保さんはどうしてこの寮へ?」


 沈黙に耐え切れずに話題をふると、カップを置いた志保が静かに命の方を見る。


「特に意味はない。ああでも、学園から遠いから静かに過ごせるとは思ったな」

「命は?」

「わ、私……?」


 ふと、読んでいた本から霊葉が顔を上げて問いかける。


「私と天子は最初、姉さんと同じ出雲寮にしようと思っていたんだけど止められてね」

「そのお姉さんに?」

「うん。ウチの寮は人気で倍率も高いから、2人共同じ寮になるなら新設のここが良いって」

「へぇ……仲が良いんだな」

「あはは……いつも私がお世話になってるんだけどね」


 二人に軽く笑いながら、凄まじい申し訳なさが心の中に湧き出てくる。

 僕が呪いにかからなければ、そもそも僕が女の子だったら……姉さんにも天子にもこうやって女子校に潜入する手伝いなんていう迷惑をかける事も無かっただろう。

 もっと言うなら僕なんて――。


「――さん? 命さん!」

「っ……志保さん?」


 志保さんの声にふと我に返り、罪悪感を胸の奥に封じ込める。


「どうしたんだ? 急にぼうっとして」

「ううん、ごめんね? 何でもない。それで……なんだっけ?」


 慌てて話を戻すと、薄く志保さんがため息を吐くのが聞こえた。


「得意な属性の話さ。帯剣もしてるみたいだし……良ければいろいろと教えて欲しいと思ってね」

「あ、そっか。う~ん……でもごめんね? 魔法の事は力になれないかも」

「……理由を聞いても?」


 視界の端で霊葉さんが本を閉じ、こちらに注目しているのがわかる。志保さんは志保さんで凄く残念そうだし……説明するしかないよね。


「私は何でか魔法が使えないんだ。魔力量と魔導適性はあるのにね」


 細かい事を言えば、僕は完全に魔法が使えない訳ではない。基本的な魔法だけが使えなくて、威力の高い上級魔法だけが使えるんだけれど……。

 そんな危険なものを人に撃つ訳にはいかないし……撃つ気もない。ならいっそ、使えないって言っておいた方が良い。


「それは……なんというか……すまない」

「良いんだよ。どうせすぐにわかる事だからさ」


 命はそう言うと、はにかみながらスープで唇を湿らせて言葉を続けた。


「霊葉さんには言ったけれど、帯剣を許されていても私は特待生なんだ。あんまり魔法が使えないのを何とかしたくてね……」


 重たい雰囲気が部屋を包み込み、暮れかけた西日が薄暗く窓の外を照らしていた。


「あんまりって事は、少しは使える?」


 そんな中、真剣な表情で霊葉さんがぼそりと問いかける。


「……うん。上級魔法の防御系なら」

「上級魔法っ!?」


 うっかりと漏らしてしまった僕の言葉に志保さんが驚きの声をあげるが、隣の霊葉さんは押し黙ったまま何かを考えこんでいる。


「……みこ――」

「ふぃ~! やっと片付いた! って……皆なにやってんの?」


 霊葉さんが口を開きかけた時、勢いよくリビングの扉が開くと、龍子と天子が一緒に部屋の中へ入ってきた。


「お茶……? をしながら軽く話していた所さ」

「お茶ぁ~っ? しまったぁ~……私も、ちゃちゃっと終わらせて降りてくるべきだったか……ついついアレコレ見ちゃうんだよなぁ~」

「あっ! それわかります。まぁ、私の場合は荷物が多かっただけなんですけど……」

 二人が加わって、重たかった場の空気が霧散する。霊葉さんが何を言おうとしたのかはすごく気になるけれど、今は話を逸らしてくれた2人に感謝しよう。

「お茶も良いけれど、そろそろ食事……はどうするのかしら?」

「……さぁ?」


 霊葉さんが首を傾げると、一同が黙り込む。先生が夕飯まで自由時間なんて言っていたから、てっきり用意されるものだと思っていたけれど……。


「お、揃ってるな」


 そこに、この寮の最後の住人、天羽先生が姿を現す。


「今日の所はまぁ、入寮初日だしな。お祝いもかねて、一通り出前を頼んだから……そろそろ届くはずだ。んでも……明日からは当番制な」


 そう言いながら扉の枠に手をかけ、ニヒルに笑う天羽先生はやはりすごくカッコ良かった。


「ええっ!? 出前っ! 先生、お寿司? ピザッ?」


 空腹らしい龍子が真っ先に食いつくと、他の子達もぽつりぽつりと自分の好きなものをあげはじめる。


「定番どころは全部頼んだから一通りはあるが……悪いな霧波、スープは頼んでない」

「…………平気」


 ぽつりとつぶやいた霊葉さんの顔が、ものすごく残念そうな気がする。


「っと、来たか」


 翼が申し訳なさそうに苦笑いをしているとインターホンが鳴り、彼女は霊葉から逃げるようにそそくさと玄関へ向かった。


「そうだ、机。片付けておかないと……って、あれ?」


 玄関に向かった先生を見送ってテーブルを振り返ると、そこにあったはずのスープカップと霊葉さんの姿が消えていた。


「お姉さま、カップなら霊葉さん達が持って行きましたよ」

「そ、そっか……」


 流石は一流のお嬢様学校に入学する子達と言うべきか、僕なんかより行動が凄まじく早い。


「おーい、悪いが誰か手伝ってくれ」

「はい、すぐ行きますね」


 玄関からの声に返事をして扉に手をかける。


「じゃ、私達はテーブルでも拭いておきますかね」

「手が足りなかったら呼んでくださいね」

「うん。わかったよ」


 龍子たちに見送られ、先生の待つ玄関へ向かうと、まるでフードコートにでも来たかのように様々な料理の匂いが鼻をくすぐった。


「や~、悪い。流石にこの数は一人じゃ持ちきれなくてさ。次々と運んじゃってよ」


 戸口で清算をしている翼が、数人の配達員を背に命に微笑みかける。


「いや……でもこれ……ひ、ひとまず了解です!」


 寿司にピザにお惣菜と、次々に差し出される食品は、明らかに6人で食べきれるような量ではない。


「ちょっ、ちょっと待って下さいね?」


 とりあえず、一番大きな寿司桶を2つ受け取って踵を返す。これはもしかしなくてもだけど、テーブルの上に乗り切らないんじゃないか……?


「ごめんっ! 開けて~?」

「はぁ~い」

「はい、よろしく……っと、龍子。手伝ってくれる?」


 リビングの扉を天子に開けて貰い、そのまま桶を手渡して援軍を要請する。あれだけの量があるとあと一人くらいは欲しいが……。


「ういうい~って、おおぅ……とりあえず扉はあけとくよ」

「それ置いたら天子もよろしく~」


 龍子に頷き、皆で手分けして大量の出前を運び込むと、ダイニングテーブルの上は、さながらドラマの中の晩餐会のように所狭しと料理が並べられていた。


「あっはっは。ちょっと頼みすぎちゃったか。ま、6人居るし何とかなるっしょ」


 そう言ってカラカラと笑う翼、その隣で寿司を見定めるかのように凝視している霊葉以外のメンバーは、頬をひきつらせながら賑やかな晩餐へありつくのだった。

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