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#2 刀の重さ

「えっと……」


 取り残された僕たちの間に何とも言えない沈黙が漂う。


「以上って言われても……ねぇ?」


 流石の龍子も気圧されたのか、戸惑った表情で僕達に同意を求めてきた。気持ちは痛いほどわかるけれど、残念ながら僕だって同じ気分です。これから寮の説明とか部屋割りとかがされるんじゃないの?


「……」


 立ち尽くす命達の横を霊葉が滑るようにすり抜けて、翼が消えていった扉のちょうど反対側に設えられている階段を登り始める。


「ちょっ……霊葉さん、勝手に動き回るのは……」

「……? 自由行動って」

「いや、そうだけどっ……」


 僕が言い終わる前に視線を外した霊葉さんは、そのままスタスタと2階へ上がっていってしまう。


「ふむ……確かに、ここで立っていても仕方ないですからね」

「それもそうさね。さ、いこいこ」


 そう言いながら後に続いた2人を追って、僕たち兄妹も高級感の溢れる絨毯が敷かれた二階へと足を踏み入れる。


「……なんというか、まるでお屋敷だね」


 命はまわりを見ながら誰ともなしにひとりごちる。

 今までは純和風の社務所に住んでいたからか、こういった雰囲気に慣れなくて何だか居心地が悪い。もっとも、居心地が悪い理由は他にもあるのだが……。


「おっ一人一部屋か。いいね」

「えっと……?」


 嬉しそうな笑みを浮かべた龍子の横を通り抜けて廊下の様子を伺う。もう霊葉さんの姿が見えないから、何かしら部屋がわかるようになっているはずなのだけれど……。


「私は階段の前だった。へへ、ラッキーだね」

「私は……ここね」

「龍子ちゃんの隣が私の部屋だね」


 それぞれがネームプレートの設えられた自分の部屋の前へと移動していく。3人が固まってるという事は、僕の部屋は一番奥のどちらかになるのか……。


「っと、私は天子の隣だね」

「ふふ、よろしくおねがいしますね?」


 何ともむず痒い雰囲気の中で、各々が部屋の中へと足を踏み入れていく。


「わぁぁぁっ! 凄いっ……ホテルみたい!」


 部屋に足を踏み入れてすぐに、思わず歓声を上げてしまう。小奇麗にまとめられた家具たちに真っ白のベッド、幼い頃に一度だけ泊まった町のホテルを思い出す。


「あの時はベッドから落ちたりして大変だったっけ……」


 命は早速部屋の真ん中に腰掛けると、キャリーバッグを開けながら昔の思い出に身を委ねる。呪いにかかった当時はまだ慣れていなくて、他の人にバレそうになった事が何度もあった。


「いまではもう慣れちゃったけどね……」


 そう言って、僕はがっくりと肩を落としながらひとりごちる。不本意ながら。本っ当に不本意ながら、今や僕の女装クォリティはかなりのものになってしまった。具体的には、外国へ行くときのように厳しい入島審査を潜り抜けられるほどに。


「でも、これからは特に気を付けないとな……」


 今までの田舎とは違ってここは人も多いし勝手も違う。万が一、僕の正体がバレでもしたら大変な事になる。

 あらかたキャリーバッグの中を移し終えて、まだ生活感の薄い部屋を見渡す。


「これからここで3年……か」


 呟いて窓を開けると、故郷とは違った、僅かに潮の香りが漂う空気が頬を撫でた。

 3年。これが今の僕に与えられたひとまずのタイムリミットだった。上の学校に進むにしても、ここである程度の結果を出さなければ、僕はこのまま巫女としてあの神社に戻ることになる。


「はは……神様を殺す……ね」


 乾いた笑みと共に諦めにも似た感情が沸き上がってくる。短いとはいえ十年単位で生きて来たけれど、今まで一度も神様なんて見た事がない。そんな奴の尻尾を、あとたった3年で見つけなければ……。


「ずっと、このまま。か……」


 風に吹かれながら自分の胸に手を当てる。そこにある同年代の女の子たちより遥かに小さいながらも、確かに存在する微かな偽物のふくらみが、皮肉にも柔らかな感触を手のひらに返してきた。


「……ダメだっ! いまの無し!」


 暗く沈みかけていた思考から頭を振って脱却し、頬を叩いて気合を入れる。せっかくこんなに遠い所まで来たのに、弱気になっていちゃダメだ。


「悪い。伊沙那、居るか?」

「は~い? どうぞ、開いてます」


 窓を閉めると同時に部屋の戸が叩かれ、翼先生が顔をのぞかせた。


「どうかしたんですか?」

「ああ。さっき渡すのを忘れていてな……これだ」


 バツが悪そうに頬をかきながら、翼が一枚の紙を命へ差し出した。


「刀剣類……所持許可証?」

「ああ、お前たち姉妹は特待制度で入学しただろう? だから上位権者扱いなんだ」

「上位……権者?」


 書類を受け取りながらも、聞き慣れない単語に首を傾げる。確かに、剣が必要だと聞いて愛用の刀は持ってきているけれど……。


「ああ。本来は生徒会や一部の成績上位者にしか個人での帯剣は許可されない。あとは剣闘競技祭への参加者とか、正当な理由のもとで申請をパスした奴とかだけだな」

「へぇ……という事は、いつも提げていていいんですか?」

「島内ではな。だが、意味も無く抜いたり、それを使って悪さすると厳罰が下されるから覚悟しておけ?」

「……わかりました」


 厳罰は妥当な処置だけれど、僕にとってはある意味で好都合だ。

 コクリと頷いて、受け取った書類を近くにあった机の引き出しへしまう。船の中や道中でも、それらしい包みを持っている子が居なかったのはそのせいか。


「んじゃ、また夕方にな。ちなみにお前たち二人を除くと、許可証を持っている一年は主席の鷹之衛と三席の四条院だけだからな? 気張れとまでは言わんが、優等生だという事を心がけな」

「えっ? ちょっ……そんな目立つのは勘弁……ってもう居ないし」


 最後にとんでもない事を言い残して、翼先生は呼び止める間もなく扉を閉めて去っていく。部屋には所在なさげに手をのばしたまま、がっくりと項垂れる命だけが残された。

 今、先生は僕たちに帯剣が許されるのは特待生だからと言った。つまり、一年先に入学した月夜姉さんも刀を持っている訳で。


「うん……隠し持たなくていいぶん楽……かな」


 父さんからは、例え神様を見つけても絶対に一人で対峙するなと言われている。尻尾すらつかめていない今、皮算用をしていても仕方ないけれど……。


「姉さんたちが手伝ってくれるなら安心だ」


 こと戦いにおける強さで、月夜姉さんほど頼れる人を僕は知らない。龍子もなかなかの強さだけど、魔法も含めた実戦を想定するなら断然姉さんだ。天子も戦い自体は苦手だけど、安心して背中を任せられるし……。

 まだ見ぬ仇敵を思い浮かべて想像すると、3人なら本当に神を斃す事ができる自信が湧き出てくる。


「……まずは、見つけないとなんだけどね」


 一人で苦笑いしながら、キャリーバッグの傍らに放り出していた細長い包みを開けて刀を腰に提げる。ずっしりとした重さに自然と気が引き締まった。


「……刀の重さは命の重さ。大丈夫、しっかりと覚えています」


 そう呟きながら、目を閉じて剣の師である(つかさ)さんを思い浮かべる。厳しい人だったけれど、出立の直前まで僕に稽古をつけてくれた恩人だ。父さん曰く、日本一の剣豪らしいけど……。


「よし。せっかくだし色々と見て回ろうかな」


 パチン。と。命は手を叩いて思考を断ち切ると、部屋を見渡してチェックしながら声を上げる。

 部屋もだいぶ片付いたし、正直さっきからこの広くてピカピカな寮を見て回りたくてウズウズしていたんだ。

 そう声をあげて気持ちを切り替えると、僕はこの新たな住処を探検すべく、自室を後にしたのだった。

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