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#1 桜花寮

 伊佐那神社。

 オノコロ島から船に揺られ、更に何本もの電車を乗り継いだ山奥に、ひっそりと建つ古い神社。そこが僕たちの伊沙那家の実家だ。

 代々女系の家系であった伊沙那家は、稀に現れる魔導適性の高い男性を婿として迎え、奈岐と呼ばれる神主に据えて細々と続いてきた。

 そんな中、強大な魔力と魔導適性を持って生まれてきた異物が僕な訳で……。そのせいか、父さんは何故かこの呪いに楽観的だし、更には女学園に通えなんていう無茶も言い出した。


「考え事ですか? お姉さま」

「……うん。ちょっとね」

「ふふっ、あそこまで厳重な警備をもってしても見破られないのは、やっぱり複雑ですか?」


 僕の前で、寮の柱に背を預けた天子が顔を覗き込んで来る。


「まぁ、ね。そもそも、公的な身分証の性別が女の子だったことに震えているよ」

「それには私も驚きました! まさか、本当に兄様が姉さまだったなんて!」

「……今は、何故か『姉さま』だけどね。その、本当にっていうのが心に刺さる……」


 クスクスと笑う天子の顔に、意地の悪い姉のソレが垣間見える。

 月姉はわざとだけれど、天子のコレは天然なんだよなぁ……。


「こうなってくると、この呪いを掛けたのが父さんなんじゃないかって思えてくるよ」

「あははっ、確かにお父様ならやりかねませんね」


 ひらりと身を翻して元の位置へと収まった天子の笑顔から邪気が消え、さわやかな笑顔に彩られた。


「っ……」


 ふと手をかざしてイメージする。

 本当にあり得ない事だけれど。仮にあの父さんが、僕にこの呪いを掛けた張本人だったとして、果たして僕はあの父さんに勝てるのだろうか?


「……父さんを、殺――」

「姉さまっ!」

「――っ!」


 天子の鋭い声で我に返り、思考を中断する。

 垣根に覆われた寮への小道の入り口に、2人の女の子の姿が見え始めていた。


「危なかった……ありがと天子」

「いえ。呪いの……神様の事を考えている時の兄様のお顔は……ちょっと怖いですから」


 二人でボソボソと話をしながら、寮に向かってくるであろう子達が到着するのを待つ。


「こんにちは~! ここ、天羽魔術女学園の桜花寮であってます……か?」


 姿を現した二人の片割れ、制服の上着の腕をまくっている、あからさまに体育会系な子の元気な言葉がゆっくりと消えていく。


 ……まさか、話を聞かれた?


 女の子の反応に冷や汗をかきながら、命はこっそりと自分の身体をまさぐって状態を確認する。もしも、あの子が僕の正体に気が付けば、この身体は本当に女の子になってしまう訳で。


「んっ……?」


 ニコニコと笑っている天子を視界の端に止めながら、命はフリーズしている女の子の顔に既視感を覚えた。


「あの……前にどこかで――」

「もしかして……ミコト?」


 二つの声が重なり、古い記憶が呼び起こされる。そうだ。この声、あの服装……。


「……龍子?」

「やっぱり! やっぱり命じゃんっ! えっ? 命も天羽に入るの!?」


 懐かしい名前を呼んだ瞬間。龍子は連れの女の子とキャリーケースを置き去りにして、一足飛びに命へ飛びついた。


「わわっ……ちょ、ちょっと……」


 幼馴染とはいえ、もう十年も会っていない。見た目も会ってすぐに解らない程に、いろいろと成長している訳で……。


「あたってる。あたってるから……」

「くふふっ……あててんのよ。いいじゃない、女の子同士なんだし。……懐かしいわね。このやり取りも」

「……うん」


 かつて何度もやっていたお決まりのやり取りに懐かしさがこみ上げてくる。

 僕が呪われてすぐの頃、それまで男の子の格好をしていた僕が急に女の子の格好をしはじめたせいで、よく皆にこうやってからかわれていたものだ。


「えっと……それで、そちらは……?」


 龍子から離れて、彼女が連れてきた女の子へと目を向ける。あれだけドタバタしていたにも関わらず、今は一人で静かに本を読んでいた。


「霧波霊葉」

「へっ?」

「……名前。よろしく」


 いつの間にか、音もなく本から顔を上げていた霊葉がぽそりと呟く。


「あ、うん。私は伊沙那命。よろしくね」

「双子の妹で、伊沙那天子です! 霧波さん、よろしくお願いしますね」

「ん……。霊葉でいい」


 今度は、本から顔を上げずに小さく一言。静かな子だけれど、悪い子ではなさそうだ。


「一緒に来たみたいだけれど、二人は友達?」

「ん~ん。道が一緒だったから行く先も同じかなって」


 龍子を振り返って聞いてみると凄い事をあっけらかんと言い放つ。そういえば昔から彼女はそうだったな……物おじしないと言うかなんというか……。


「んで、二人は中に入らないでどったの? お出迎え?」

「ああ、それがね……」


 そう。僕と天子がこうして玄関先でたむろしていたのには理由がある。


「これ。どう思います?」


 龍子に問いかけながら、天子がゆっくりと寮の正面扉に近付いて手を伸ばす。そして、その手が扉に触れる寸前で……。

 バチン! と大きな音がして天子の手が弾き飛ばされた。


「おほ~……痛い?」

「……少し。でもお姉様は……」

「おでこを……ね」


 まさかこんなものがあるなんて思っても居なかった僕は、けっこうな勢いで顔からこの謎の壁に突っ込んでしまい、弾き飛ばされて尻もちまでつくオマケを頂戴した。


「触った時の強さで弾き飛ばされる力が変わるみたいだから気を付けた方が良いよ?」

「っあ~……そういうヤツね」


 目を輝かせながら肩を回し始めた龍子に、命はやんわりと静止を入れる。軽くぶつかっただけでこのザマなのだ、入寮前に幼馴染の肩が吹き飛ぶ姿なんて見たくない。


「……ふむ」

「わひっ!?」


 いつの間にか。気配も音もなく、僕の背後まで来ていた霊葉さんの声に飛び上がる。


「れれれれ、霊葉さんっ?」

「風属性の結界魔法。かなり強力……」


 霊葉が眉をひそめながら、扉に触れるか触れないかの位置で手を止め、何かを撫でるように左右に動かす。


「圧力感知……いや、これは……」


 目を見開いた霊葉さんが黙り込み、ゆっくりと扉から離れて再び本を開いた。


「えっ……と?」

「私達には無理」

「へぇ……その理由は?」


 霊葉さんがさらりと述べた後、垣根の向こう側から、どこか面白がっているような声が飛び込んできた。


「……これは、圧力感知の結界魔法に見せかけた防壁魔法。表面の膜を破ると暴風術式で吹き飛ばされる」

「ククッ……正解だ。なかなか面白い奴等が揃ったじゃないか」


 静かに。しかし、微かな風の音に負けない声で霊葉さんが答えると、垣根の向こう側から、僕達と同じ制服を着た女の子を連れたジャージのお姉さんが姿を現す。


「えっ……うそっ……」

「へあっ!?」


 同時に、隣で天子の息をのむ音と、龍子の素っ頓狂な驚きの声が聞こえてくる。

 ――あれっ? あの顔……?


「私が寮監の天羽翼だ。早速だが、全員そろっているみたいだから点呼を取るぞ?」

「ええええええええっ!?」


 気軽に放たれた自己紹介に命は思わず絶叫した。

 天羽翼。魔法を扱う者でこの名前を知らない人間は居ないだろう。絶大な人気を誇る超一流の競技騎士でありながら、7年前に急遽引退し、未だに伝説となっている最強の競技騎士だ。

 僕も幼い頃はよくテレビで試合を見て、彼女の惚れ惚れするような剣捌きに魅了されたものだ。


「……伊沙那命」

「は……はい?」


 名前を呼ばれて心臓が早鐘を打つ。まさか、かつて憧れたあの天羽翼に名を呼ばれる日が来るとは……。


「うるさい」

「ひぐっ……ごめんなさい」


 どうやら第一印象は最悪らしい。じっとりとした半目で睨まれながら悲しみに暮れる。この島に来て初めて昂った心が、一瞬で現実へ引き戻されてしまった。


「まぁいい。自己紹介の手間が省けて楽だしな。んじゃ、伊沙那天子」

「は、はいっ!」


 天羽先生は少し苦笑いを浮かべながら僕の肩を軽く叩くと、順番にみんなの名前を呼んでいく。


「――龍堂瑠衣子」

「はい!」


 命と霊葉に続いて龍子の名が呼ばれた後、翼が後ろを振り向いて連れてきた女の子に視線を向ける。


「……水瀬志保」

「はい」


 長い黒髪を風になびかせながら、名前を呼ばれた女の子は透き通るような声で静かに返事をした。


「以上がこの桜花寮のメンバーだ。大きさに比べて人数が少ないが……のんびりできて良いだろ」


 ニヤリとニヒルな笑みを作った翼が手を叩き、寮の正面扉を開け放つ。


「ようこそ、天羽魔術女学園へ。私はお前達の事を歓迎しよう」


 音も無く開かれた真新しい扉の向こうには、一目見ただけで新築である事がわかる程にピカピカな玄関ホールが広がっていた。


「んじゃ、夕飯まで自由時間だ。荷解きをするもよし、寮を見て回るもよしだな。ああ、水瀬はその時までに渡した書類を提出しろ。以上!」


 翼は命たちを振り返ってパンと手を叩くと、それだけを言い残してホールの左側にあるドアの中へ消えていったのだった。

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