7.即死魔法と魔法使い
「デス」
スライムは即死した。
どろどろになって崩れ落ちる。
残ったのは、薬草だ。
迷宮内の魔物は特別で、たまにドロップアイテムを落とすのだ。
スライム自体には価値がなく換金はできない。
倒したら、このとおり溶けてしまう。
でも、ドロップアイテムは売り物になる。
クラリスが薬草を拾い上げて、バッグにしまう。
これで15枚。
薬草一枚はそれほど高くない。でも束になれば!
スライムを見つけると、クラリスはせっせと即死魔法を唱える。
「デス!」
スライムは即死した。
低級魔物なら、即死魔法で必中くらいの確率で決まるため、非常に楽ちんだ。
そのかわり、得られる経験値は少ない。
加えて……。
「ドロップなしか」
必ずドロップできるわけではない。
そのため、どうしてもお金を稼ぐという点では大変になってしまう。
「やっぱりもう少しだけ下の階層へ行くべきかな」
1階層はスライム。
2階層はホーンラビット。
頭に角を生やしたウサギで、大きさは猫くらいだ。
素早い動きと群れをなす習性がある。そのため、数で囲まれてしまうと大変だ。
つい最近、下見にいった際に群れを成したホーンラビットに遭遇してしまった。
そして、どこまでも追いかけられたことがあったのだ。
いままで詠唱中は誰かに守ってもらっていた。だから、大群の威圧感にうまく詠唱ができなかった。
今回はその状況を知って、この身で体験までしている。
魔物自体は強くない。即死魔法の確率低下は、気にするほどではないだろう。
それにスライムは初心者の冒険者が、戦いの練習をする魔物だ。
ここでひたすら一週間も時間を使っていた。クラリスが慎重すぎるのだ。
初めてのソロに緊張していたのかもしれない。
クラリスは後ろから襲ってくるスライムに向けて、即死魔法を放つ。
「デス」
ドロップはなし。
やはり実入りはよくない。
下へいこう。
ちらほらと見かけていた冒険者たちもこの階層にはもういない。
クラリスも2階層へ向かうため、歩き出した。
2階層へは階段があり、しっかり整備されている。
受付嬢のエステル曰く、低階層はしっかりとギルドが整備しているという。
それ以降は簡単に進めないため、手つかずだという。
この迷宮は、マーテルが残した書物では100階層。
只今、攻略ができているのは32階層だという。
下層になるほど、他の迷宮に比べて魔物はどんどん強くなっていく。
それが攻略を阻んでいた。
時間をかけて、情報と経験を積んでいかないといけない。
完全攻略するまでは、数百年はかかるだろうと言われているくらいだ。
クラリスは階段を降りていき、2階層に着いた。
そっと辺りを見回してみる。階段の出口付近は少しだけ空間がある。
この前はここにホーンラビットがたくさん湧いていたのだ。
「ふぅ」
今日は冒険者の往来が多い。
どうやら、ホーンラビットが湧いても、すぐに倒しているようだ。
この分だと、群れを相手することはないかもしれない。
「余裕かも!」
単体ならこっちのものだ。
少し進むと三叉の道が現れた。
「どっちに行こうかな」
一つ目は他よりも薄暗い。無しだ。
二つ目は戦う音がかすかに聞こえてくる。邪魔をしてはいけないから、無しだ。
残った三つ目を行くことにする。
進んですぐに、ホーンラビットが現れた。
「よしっ! 一羽だ」
ホーンラビットはクラリスに向かって飛び跳ねながら、突っ込んできた。
しかし、彼女の詠唱の方が早い。
「デス」
ホーンラビットは即死した。
クラリスはナイフを取り出して、毛皮を採取する。
この魔物は柔らかい毛並みで有名だ。毛皮のコートを作るために利用される。
低級魔物だから、よく取れるため高くは売れない。でもスライムよりは稼げる。
難点といえば、毛皮を剥ぐのには技術と経験が必要となる。
「難しい……」
これまた初体験。
慣れない手付きで、なんとか剥ごうとしている。
悪戦苦闘。
デスで倒すよりも、こっちのほうが時間がかかってしまう。
これでは効率がいいとは言えない。
「むむむむっ」
毛皮を剥ぐことに集中し過ぎていた。
気がつけば、ホーンラビットに囲まれてしまっていた。
角を振って威嚇する魔物。
仲間を倒されて、毛皮まで剥がされてようとしている。
群れ意識が強いのだ。
怒らないわけがない。
「まずいかも……」
360度、囲まれている。
一斉に突っ込まれたら袋叩きである。
予想していたとおり、ホーンラビットはクラリスに向けて駆けてきた。
ダメージ覚悟で、即死魔法をつかって少しでも数を減らすしかない。
そう思ったとき、
「サンダーボルト!」
「クロスエッジ!」
「クイックアロー!」
雷魔法、剣技、弓技が飛び交う。
そして、クラリスを取り囲んでいたホーンラビットの三分の一を倒した。
「大丈夫?」
3人パーティーのリーダーと思われる気の強そうな女性が声をかけてきた。
「はい。助かりました」
彼女の仲間の二人は、ホーンラビットを抑え込んでくれていた。
「ダメじゃない。たった一人で迷宮に挑むなんて。こんな時、誰もカバーしてくれないよ。に、しても数が多いわね」
リーダーの女性はホーンラビットを見て、退却を考えているようだ。
しかしクラリスは人数が増えたことで、詠唱しやすくなっていた。
「あの少しだけホーンラビットを抑えてくれませんか?」
「どういうこと?」
そうこうしている間にも、仲間の二人がホーンラビットに圧されつつあった。
「わかったよ。何か策があるんだね。なら、乗りかかった船だ。乗ってやろうじゃない」
「ありがとうございます」
気持ちの良い返答に、クラリスの気分も乗ってくる。
大きく息を吸い込んで、たくさん詠唱する。
「デス、デス、デス、デス、デス、デス、デス、デス、デス、デス、デス、デス、デス、デス、デス、デス、デス、デス、デス、デス、デス、デス、デス、デス、デス!」
即死魔法の乱れ打ち。
バタッ、バタッ、バタッ、バタッ、バタッ、バタッ、バタッ、バタッ、バタッ、バタッ、バタッ、バタッ、バタッ、バタッ、バタッ、バタッ、バタッ、バタッ、バタッ、バタッ、バタッ、バタッ、バタッ、バタッ。
魔物たちが次から次へと即死していく。
あまりのことに、パーティーが呆気にとられる。
それによって、守りに隙きができてしまった。
即死を免れたホーンラビットの一羽が、クラリスに向けて突貫してきた。
「いかん! そっちに一匹、行ったぞ」
「大丈夫です」
単体なら得意中の得意。
「デス!」
魔物は白目を剥いた。
そのままお亡くなりになる。
辺り一面に転がる魔物。
今日は大漁である。
助けてくれた冒険者たちが駆け寄ってきた。
「いや~、すごいね。これが噂のデス子ちゃんか」
「あのぅ……」
「いやいや、ごめんね。私たちはここに来たばかりで、ギルドで噂を聞いていたんだ」
聞けば、彼女はエマといって、友人たちと冒険者になるために上京してきたという。 皆が成人を迎えたばかり。
このパーティーにもういういしさがあった。
「今日は初めて迷宮に挑戦したんだ。一階層は余裕な感じだったんで、なら二階層に行こうって話になってね。そしたら、君が大変なことになっているの目撃したわけ」
「本当に助かりました」
「いやいや、実はね。こっちも助かったよ。勢いで加勢したまではいいけど、最初の大技でMPを結構使ってしまったから。そうだよな」
「おう!」
「はい」
大柄の剣士の青年、胸の大きな弓使いの女の子が困ったように頷いていた。
「さてと、どうするかな……これを」
エマは倒したホーンラビットを眺めながら言った。
「山分けでどうでしょうか?」
「いいのかい? 最後はクラリスさんだけが倒していたけど」
「いいえ、皆さんが加勢してくれなかったら、ここまでのことはできなかったです」
「なら、助かるよ。初めたばかりで、何かとお金がかかるから」
「たしかにそうですね。私もそうでした」
宿屋、装備、道具。魔法使いなら使い魔だ。
お金がいくらあっても、足りないくらいだ。パーティーが多いならもっとかかる。
ホーンラビットをいっぱい倒したかいもあり、ドロップアイテムも手に入った。
その数は4つ。仲良く一つずつ分ける。
「これはウサギのしっぽですね。持っていると運気アップするみたいですね」
ステータスの運は、ドロップアイテムをゲットできる確率を上げる効果があるという。
ウサギのしっぽはその運を5ほど上げるので、気持ち程度といったところか。
「たくさんを持っているとその分、加算されるのかい?」
「う~ん、無理そうですね」
「残念。これをたくさん持ってドロップアイテムをがっぽり得ようと思っていたのに……」
「そんなに都合がいいわけ無いですよ」
「たしかにね」
毛皮剥ぎは、戦士と弓使いがしてくれた。
二人共手際がよく、あっという間に剥いでいく。
「すごいですね」
「この二人は兄妹で、父親が狩人だった。それでこのとおりさ」
クラリスは二人の側に寄って、後学のためにやり方を教えてもらう。
なるほど……なるほど……。
ナイフは動かし方、角度に力の加減を説明を受ける。
試しに一羽させてもらう。
「いい感じですよ。覚えがいいですね。やっぱり魔法使いはみんなそうなんですね。うちのリーダーも同じですから」
「教え方がうまいんですよ」
「ご謙遜を」
毛皮の剥ぎ方を教えてもらって大満足!
その荷物もエマのパーティーが持ってくれることになり、大変助かる。
魔法使いは力が弱いから、たくさんの荷物を持てないのだ。
「助かります」
「いいよ。困った時はお互い様。これからどうする?」
「もう少し探索したいと思っています」
「なら、一緒にくる? クラリスが良ければだけどさ。ほら、君の即死魔法頼りになるかもしれないけど……それでよければ」
こうやって助けてもらったこともある。
それに今日一日くらいなら、いいかもしれない。
せっかく出会った縁だ。
冒険者ならこういったものは大事にするべきだろう。
いつかどこかで、この縁は繋がっていくかもしれない。
「はい、こちらこそよろしくお願いします」
「心強いよ。見たところ、実戦経験はかなりありそうだし」
勇者パーティーにいました。
なんて言えるわけもなく。
「それなりにです」
「あれで、それなりか……いままでどんな経験をしてきたのかを知りたいくらいだよ」
クラリスはエマのパーティーにゲストとして加わることになった。
一時的だが、さらに進むにはいい助けになる。
しばし、回復のために休憩。
HPとMPがすべて回復したところで、冒険再開だ。
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