6.卵と魔法使い
卵、卵、使い魔の卵!
宿屋に帰ったクラリスは上機嫌だ。
ほとんどの資金を使ってしまった。
だが、この子が生まれてくれば、今よりも下層を目指せるかもしれない。
そうなれば、今よりも稼ぎはよくなる。
先行投資と考えればいい。
やっぱり仲間が得られるというのはすごくいい。
使い魔は獣系や鳥系、妖精系、悪魔系などいろいろだ。
主の能力によって、生まれてくる種族は違う。
魔力やMPは普通の魔法使いよりも多いほうだし、強い子ならいいのだが。
クラリスはベッドの上で寝転がりながら、使い魔の卵をじっと見ていた。
「初めて触ったけど、石みたいに硬いんだ」
鳥の卵とは違い、高い位置から落としても割れることはない。
極端な話で、石畳の地面に叩きつけても傷一つもい入らないだろう。
この卵は生まれる直前のみ、割れやすくなる性質があるらしい。
クラリスは魔道具店の老婆から育て方を一通り、教わっていた。
「孵化するまで一週間か……結構長いな」
人差し指で卵を突っつく。
そんなことをしてもすぐに孵るわけではなく。
しばらくは迷宮の低下層で、魔物をたくさん狩って稼ぐしかなさそうだ。
一匹だと利益が少なくても、数を束ねれば、それなりの金額になるはず。
この一週間は低下層の狩りで耐え抜くときだ。
「よしっ、今日も一日頑張るぞ!」
昔ならエヴァンが誰よりも先にこの言葉を言っていた。
それを見ていたくせで、思わず同じふうにしてしまった。
一人、恥ずかしくなる。
「エヴァンはどうしているかな」
何も言わずに、何も伝えられずにここに来てしまった。
彼は勇者だ。選ばれし者だ。
きっと、自分がいなくなってもうまくやっているはず。
案外、代わりの魔法使いを見つけているかもしれない。
そう思うとチクリと胸がいたんだ。
「まずはボク自身の問題をどうにかするしかない」
たった一つの魔法しか使えない問題。
もし、これが解決したのなら……また……。
いやいや、もう終わった話だ。
クラリスは卵を掴むと、ベッドから飛び起きた。
手早く支度を済ませていく。
ローブは勇者との長い旅を考慮して、しっかりしたものを買っていた。
そのため、迷宮探索でも簡単には傷まない丈夫さだった。
賢者マーテルに奪われた杖の代わりも手に入れた。
「今日もよろしくね。ネイリング!」
この杖は意思を持っているわけではない。
だけど、冒険をともにする相棒だ。験担ぎの意味も込めて、朝の挨拶をするのが日課となっていた。
ネイリングは、朝陽を浴びて銀色に輝く。
まるでクラリスに挨拶をしているようだった。
「忘れ物はないよね」
帽子は被った。小さなバッグには、食料と飲み物を少し。
残った隙間に、昨日魔具店からもらったマジックポーションを三つ入れてある。
冒険の準備としては心もとない。
しかし、低下層での魔物狩りだ。
レベル20を越えているクラリスにとって、難度は高くなかった。
「よしっ、準備万端!」
部屋を出て、階段を駆け下りる。
一階にこの宿に泊まっている冒険者たちが、自分と同じように迷宮へ向かおうとしていた。
その中での一人、ギルド職員の制服を来ている赤毛の女の子がいた。
クラリスに気が付いて、駆け寄ってくる。
「おはようございます。クラリスさん」
この宿の娘であり、クラリスが冒険者になるときに担当してくれたエステルだ。
「おはよう。今日は早いんだね」
彼女は実家の手伝いがあるため、少し遅れて出社していた。
今日は珍しく、冒険者たちと一緒だった。
「毎年のことです。今日から近くの村や街から冒険者になりたいという子たちが集まってくるんです。いつもてんてこ舞いですよ」
この地方の風習で、成人するまで親元を離れなれないらしい。
そして今日から各村や街で、成人になる儀式が執り行われる。
待っていましたとばかりに、冒険者を夢見る若者たちが、迷宮都市カトリアへ押しかけるのだ。
「クラリスさんもどうですか? 期間限定でギルド職員になるのは? 覚えもいいし向いていると思いますけど」
「無理無理っ! ボクはそうことをすると緊張しちゃうから」
「魔物狩りはすました顔で、できるのに……。聞いていますよ。次々と即死魔法で魔物を屠っているって! 冒険者たちからはデス子ちゃんなんて呼ばれているみたいじゃないですか」
「やめて! デス子は……」
「すみません。でも、もう手遅れですよね。冒険者たちは皆さんがクラリスさんをそう呼んでいますから……」
「悲しい」
デス子、響きがまず可愛くない。
もっと可愛い呼び名はなかったのかと思う。
「ふぅ」
クラリスは半ば呆れめている。だが、エステルにまでそう呼ばれたくなかった。
「まあまあ、二つ名で呼ばれるなんて、ランクS級くらいですから。それほど知名度があるということで」
「いい意味で知名度がほしい」
デスしか使えない魔法使いの女の子……略してデス子。
なんていう略し方をするんだ。かなりの悪意があるのではないか。
考えたやつは表に出てこい! デスしてやる!
なんてことは言えないため、我慢するクラリスだった。
「よしよし……元気を出して。あっ、その卵はもしかして!?」
エステルは、クラリスがポケットから取り出したものを見て、すぐに反応した。
目聡い。
さすがギルド職員の受付嬢だ。
「うん、これは使い魔の卵だよ」
「やっぱり! クラリスさんは魔法使いなのに使い魔がいないから不思議だったんです。初心者なら、まだいないのはわかるんですけど」
「ずっと忙しくて、後回しにしていて……。でも昨日買ったんだ! これでボクも魔法使いらしくなった感じがする」
「よかったですね。どのような使い魔が生まれるか、今から楽しみですね」
「そうなんだ。実は昨日、それであまり眠れなかったりして」
そう言うと、エステルは受付嬢の顔……仕事の顔に戻ってクラリスを注意する。
「ダメですよ。冒険者ならしっかりと睡眠を取らないと! 迷宮は命のやり取りです。肉体に大きな損傷を受けたときや、死後時間が経っているときなどは、蘇生魔法でも無理ですからね」
「わかっているよ。これでもレベルは20を越えているんだから」
「そうでしたね。口が過ぎました。でも気をつけてくださいよ。迷宮はたとえレベルが階層基準よりも高くても、足元を掬われるなんてよくあることですから」
「ありがとう、エステル」
「はい、宿のお客さんが減っては困りますから」
「それが本音だよね?」
「う~ん、どうでしょうか?」
コロコロと笑うエステルにつられて、クラリスも笑ってしまう。
ギルドまでの道中はあっという間だった。
「私はこれで失礼します。冒険が終わったら顔を出してくださいね」
「うん、たくさんの成果を持っていくね」
「はい、待っています。ではっ!」
「また!」
迷宮は、ギルドの奥。
この迷宮都市の中心にある。
迷宮に入るためには、必ずキルドを通過しないといけない仕様になっている。
通路には、ギルドが雇った兵士たちが立っている。
迷宮へ入るための資格。
冒険者ライセンスの確認をしていた。
エステルと別れたクラリスも冒険者の列に並び、兵士にライセンスカードを見せた。
「おはよう、デス子ちゃん!」
「……おはようございます」
「今日も低階層かい?」
「今はです。そのうち中層を目指しますよ」
「おおっ、やる気だね。無理をしないようにな」
毎日ライセンスの確認をしていると、すっかり顔見知りになってしまった。
名前の覚え間違いがあるけど、しかたない。
周りの冒険者たちがそう呼ぶから悪いのだ。
迷宮への道を歩きながら、思う。
いつもよりも混んでいる。
エステルが言っていたとおりだ。
見た感じ、初心者です! といった冒険者が多い。
ういういしさがあり、これから始まる冒険に胸を躍らせているように見えた。
あの姿を見ると、魔王討伐のために王都をエヴァンと一緒に旅立った時を思い出す。
(ボクたちもあんな感じだったんだろうか)
少しだけ懐かしかった。
にぎやかな新人たちの後ろを歩いていく。
迷宮への入り口。
ポッカリと空いた大穴。
入りやすいようにギルドが幅の広い階段を取り付けており、たくさんの冒険者が一度に中へ入れるようにしてあった。
ここから先は下り階段だ。
踏み入れると、ひんやりとした空気が肌を覆ってくる。
地上とは明らかに違う感覚。
ここには灯りがない。
しかし、迷宮中は地上ほどではないが、適度に明るいのだ。
それは迷宮内に漂う魔力によって、このような現象が発生しているらしい。
ここを作った大魔法使いカトリアとしても、真っ暗な迷宮は暮らしにくかったのだろう。
肌で感じる迷宮に、前を歩く初心者パーティーは、盛り上がっていた。
さて、これ以上他のパーティーのお尻を追いかけていては、うまく狩りができない。
このままでは魔物が出た時に、奪い合いになりかねない。
ソロはひっそりと誰もいないような場所で狩りをするのが一番だ。
目の前に二股の道が現れたので、クラリスは別の方を選んだ。
少し歩くと、途端に静かになった。
「……いつものことだね」
彼女は一人で迷宮の低層階を進んでいく。
ネイリングを握りしめて、いつ魔物が飛び出してきても対応できるようにする。
いつでも、デスできるぞ。
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