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5.使い魔と魔法使い

 予期していたことが発生した。

 それは以前にも起こったことであるため、わかりきっていた。


 クラリスがすごい魔法使いという噂が冒険者たちに知れ渡ったまではよかった。

 だが、彼女が有名になることで、抱えている問題もすぐに白日の下にさらされてしまう。


 つまり、即死魔法【デス】しか使えないことだ。


 迷宮の低下層にいる魔物は、即死魔法が比較的よく効く。

 しかし、そこからさらに下層に向かうごとに、即死魔法が効きにくくなる。


 初期パーティーにはクラリスが必要だ。彼女がいれば効率よくレベルがサクサク上げられる。

 そして、育ってしまえば、クラリスはパーティーに不要となってしまうのだ。


 これでは勇者パーティーと一緒ではないか。

 使い勝手の良いレベル上げ要員として、使われるのは嫌だ。


 クラリスは華々しい冒険者デビューを飾ったものの……。

 数週間過ぎた今ではソロで迷宮を探索することが多くなっていた。


 しかも、低下層専門の冒険者。

 稼ぎはあまり良いとはいえない。

 ゴーゴンを狩って、大金を手にしたときが懐かしいくらいだ。


 パーティーを組もうにも、低下層から先で役に立たないなら一緒に行けないと言われてしまう。


 声がかかるのは、このようなパーティーだけだった。

 レベル上げに協力してほしい……これだ。

 育ったら君はいらないから、それまで契約してほしい。

 期間限定のパーティー加入だ。使い捨て感がすごい。


 わかってはいた。わかってはいたけど……現実は厳しかった。

 受付嬢だけは、良くしてくれる。実家の宿屋のお客さんだからかもしれないが……。


 そして、ギルドの冒険者たちからは、クラリスはこう呼ばれるのが定着した。


 デス子。


 デスしか使えない魔法使いの女の子。

 略してデス子。


 前々から、ちらほらとそう呼ばれていたので、クラリスとしてはくる時が来たか、といった感じだ。


「デス子……私にはクラリスという名前があるのに……」


 このような二つ名なら、まだエヴァンに付けられた食いしん坊クラリスのほうがいい。

 今日は迷宮探索は中止。

 今抱えている問題を解決するほうが先決だ。


 このままでは、クラリスは低下層から下にはいけないからだ。

 何か良い方法はないのか……思案しながら街を歩いていく。


「どうしたらいいだろう」


 問題は明確だった。

 クラリスには頼れるパーティーがいないのだ。


 ボクはソロだ。

 なんて、カッコつけても、魔法使いであるため詠唱中に守ってもらう仲間は必要だ。

 しかも即死魔法という確率で効果を発揮するものなら尚更だ。


 迷宮の下へ進めば進むほど、魔物を即死させる確率は下がっていく。

 いくらMPがたくさんあるからといっても、魔物が倒れるまで時間は別だ。


 その時間をどう稼ぐかが、クラリスの課題となっていた。


「仲間か……」


 そう呟いてみたものの、突然彼女の前に現れるものではない。

 いないなら、どうすれば……。

 クラリスはぐるぐると頭の中を巡らせながら、大通りを歩き続ける。


 そして、古びた魔道具店のショーウィンドウの前で足を止めた。


「これって……もしかして」


 向こう側にあるのは、魔法使いなら必需品となっている物。

 今まで、そのうちに持とうと思っていて、ずっと忘れていた。

 勇者の旅に付いていくのが精一杯で、後回しにしていた。


「使い魔の卵だ!」


 これだ!

 クラリスの頭ですべてが噛み合う。

 抱えている問題。魔物が強くなれば、即死魔法が効く確率がどうしても下がってしまう。

 すなわち、たくさん詠唱しないといけない。時間がかかってしまう。

 それを補う存在!

 使い魔だ。


「これで問題が解決するかも!」


 クラリスは善は急げと、魔道具屋に入った。

 中は、掃除をちゃんとしているのかと思えるほどだ。

 棚の所々に蜘蛛の巣があった。


 ショーウィンドウは、綺麗にしてあったのに中は違っていた。

 ここは怪しい感じがする。

 他の店で使い魔の卵を探したほうがいいかもしれない。


「やっぱり、やめておこう」


 クラリスはすぐに出ようとするが、いつの間にか老婆が出口を塞ぐように立っていた。


「えっ!?」


 思わず声を上げてしまうほどびっくりした。

 老婆は気にすることない。メガネをかけ直しながらじっくりとクラリスの顔を見ていた。


「おやおや、このような古びたところへお客さんとは珍しいね。私は歳をとってうまく掃除ができなくなってきてね。店はこのとおりの有様さ」

「なるほど……」


 聞くに、老婆の店主は歳のせいでお店の切り盛りが難しくなってきており、そろそろ引退を考えていたそうだ。

 老婆はニッコリと笑って、ショーウィンドウの方を見た。


「気になるかい? あの使い魔の卵が?」

「はい」

「昔から使い魔の卵は、主となる魔法使いを引き寄せるという。何十年も売れ残っていたがショーウィンドウだけは綺麗にしてかいがあったわ」


 嬉しそうに笑いながら、老婆は使い魔の卵を持ってきた。


「買いなさるか?」

「その前に引き寄せるというのはどういうことですか?」


 クラリスは使い魔の卵については知っている。

 この卵は、魔法使いの魔力を養分として成長して羽化する。

 卵の時点では、どのような使い魔になるかは決まっておらず、育てる魔法使いに依存するはず。

 どの卵でも生まれる使い魔は一緒らしい。


 だが、老婆の口ぶりだと使い魔の卵には個体差があるように聞こえた。


「これは魔道具屋だけに伝わっていることじゃよ。迷信めいたもので、魔術的な根拠はない。それでも、やはりこうやって商売していると、卵に導かれるように魔法使いがやってくる。お前さんのようにな。この子はずっと待っていたのじゃ」

「私を待っていた……」

「卵はどれも同じわけでない。触ってみるかい?」

「はい」


 そっと使い魔の卵に触れる。

 すると、卵が淡く輝いたのだ。

 こんな現象は初めて見た。


「すごい」

「光ったか……これは共鳴現象といってな。とても相性がいいことを示すらしい。その光を見れるのは、お前さんだけで私は見ることができない。この卵からお前さんにとって特別な使い魔が生まれるじゃろう」

「本当ですか?」

「信じるも信じないも、決めるのはお前さん次第。さあ、どうする? 買うなら、金貨40枚」

「う~ん」


 使い魔の卵は、高価な買い物だ。相場は金貨35~50枚くらい。

 老婆が提示した金額は妥当なラインといえる。

 一生涯の相棒となるし、ここは慎重に。


「もう一度触っていいですか?」

「どうぞ、いくらでも触ってくれたらいい。この子も喜ぶ」


 触ると、またしても淡く光る。

 しかも温かみまで伝わってきた。

 老婆がいうようにまるで喜んでいるようだ。

 ここまでくると、クラリスも段々と愛着が湧いてきた。


「この子を買います!」

「そうかい……大事にしてやっておくれ」


 クラリスは代金を支払う。

 そして何十年も売れ残っていた使い魔の卵を受け取った。

 老婆は長年に渡り、手塩にかけた我が子の旅立ちを見送るように涙ぐんでいた。


「もし、よければ羽化したときは連れてきましょうか?」

「いいのかい」

「もちろんです!」

「それは楽しみじゃな。店を畳もうと思っていたが、それまでもう少しだけ頑張ってみるかのう」


 老婆は大いに喜ぶ。

 やる気になったのか。

 せっせとお店の掃除を始めたのだ。


「手伝いましょうか?」

「本当かい? ならお願いしようかのう」


 今日は、迷宮の冒険は中止しているから時間はある。

 クラリスは、老婆と一緒に蜘蛛の巣を取ったり、ホコリを被った商品を拭いたり、大忙しだ。


 日暮れ前になんとか、終わらせることができた。

 綺麗になったお店は見違えるようだった。

 アンティーク感が良い味わい醸し出している。


 二人でしばし掃除の疲れを取っていると、お客さんが次々と入ってきた。

 しばらく棚の商品を眺めた後、皆が驚いていた。


 十年前に作られなくなった魔道具がたくさん置いてあったからだ。

 飛ぶように買われていく状態に老婆を驚きが隠せなかった。


「なにか……すごいことになりましたね」

「うむ。忙しくなりそうじゃ。手伝ってくれるかい?」

「もちろんです!」


 お店が綺麗になり、お客さんが入りやすくなったことが良かったみたいだ。

 元々良い品を置いていた。

 足りなかったのは、それを見てもらえる機会だったわけだ。

 老婆は久しぶりの大繁盛にとても喜んでいた。


「今日はいいことばかりじゃ。これもクラリスのおかげじゃな」


 すべてのお客さんが帰った頃には、二人はすっかり仲良くなっていた。


「お店の掃除から、売り子までさせてしまって、すまんかったな」

「いいえ、好きでやったことですから」

「そうじゃ!」


 老婆は何かを閃いたように店の奥へ消える。

 そして緑色の液体が入った小瓶を三つ持ってきた。


「これはMPを回復する薬じゃ。魔法使いには必須ものだろうから、よければ使ってくれ」

「えっ! マジックポーションじゃないですか!? このような高価な物は受け取れません」

「いいんじゃ。これは私からの気持ちじゃ。それに迷宮で死なれては、使い魔の卵から何が生まれるかを見れんからな。お守りと思って受け取ってくれ」


 そこまで言われたら、断ることもできない。


「ありがとうございます。大事に使わせてもらいます」

「たまにはここに顔を出してくれ。特別に安くしておくよ」

「はい」


 老婆に見送られながら、魔具店を後にする。

 いい買い物をさせてもらって、クラリスはホクホクだ。

 それにマジックポーションまでもらってしまった。


 使い魔の卵。

 手のひらサイズの小さな卵。


 クラリスは大事に持つと、宿屋に戻ることにした。

 今からどのような使い魔が生まれてくるのか、楽しみでしかたない。 

少しでも面白いと思っていただけたら、ブックマークと評価をもらえると嬉しいです。

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