4.ギルドと魔法使い
クラリスが得た冒険者ライセンスは、ランクDだ。
レベルとステータスが表記されている裏面に書かれていた。
「まずは誰しもランクDから始まります。ギルドから依頼を達成していけば、ランク昇格します。依頼については資材収集、魔物討伐など様々です」
「例えば、どのようなものがあるんですか?」
「そうですね……最近なら、ゴーゴン討伐ですね。迷宮ではないのですが、都市から西にある新緑の大草原を荒らしている魔物です。多数の行商人が被害にあっており、かなりの懸賞金がかけられています」
ゴーゴン……聞き覚えがある名前だった。
「あっ!?」
「どうされたのですか?」
突然、クラリスが声を上げたものだから、受付嬢が心配そうに聞いてきた。
クラリスはバッグに入れていた二本の角を取り出す。
そして、カウンターの前に静かに置いた。
「これって!? もしかして、ゴーゴンの角?」
「そうです」
「もしかして、新緑の大草原にいるゴーゴンを倒されたんですか?」
「はい。これがその証拠となります」
受付嬢は目を大きく見開いていた。
「ゴーゴンはランクCの魔物です。しかも、お一人で倒されたですよね」
「私には仲間はいませんから、そうなりますね」
「ちょっと失礼します」
そう言って受付嬢は、ゴーゴンの角を手にして、奥の部屋に消えていった。
戻ってくるのを待っていたクラリスに声をかける者たちがいた。
隣で窓口を利用していた冒険者たちだ。
先程のクラリスと受付嬢とのやり取りを聞いていたようだった。
「おいおい、お前がゴーゴンを討伐したって本当か?」
「はい」
「嘘じゃないだろうな。角を仕入れて、倒したって言い張っているだけじゃないか? どうやって倒した?」
「デスしました」
「はっ!?」
それを聞いた冒険者たちは、どっと笑い声が上がった。
中でも魔法使いらしき男は特に腹を抱えて笑っていた。
「待て待て、もしかして即死魔法【デス】を使って倒したというのか?」
「先程も言いましたように、デスしました」
「聞いたか? みんな、デスしたとさ」
またしてもどっと笑い声が上がった。
物言いに腹が立つ。
しかし、初めてのギルド利用だ。揉め事を起こして心象を悪くはしたくない。
ここは受け流すことに決めた。
「ゴーゴンに即死魔法って、成功率がどれだけ低いかをわかっているのか? とんだ大ぼら吹きの魔法使いさんだ」
たしかに一度だけの詠唱なら、確率はとても低いだろう。
しかし、唱え続ければ話は違ってくる。
それを目の前の冒険者たちはわからなかった。そして教えてやる義理もない。
お前たちで試してやろうかとも言えない。
「おい、お前ら行くぞ。新緑の大草原にいるゴーゴンを倒しにな。これはいい稼ぎになるぞ。懸賞金に、角は薬になる。一石二鳥だ。じゃあな、大ぼら吹きのデス子ちゃん!」
彼らは散々笑った挙げ句、クラリスを突き飛ばしてギルドを出ていった。
あの様子ではもう倒したつもりでいるようだ。
もう大草原へ行っても、ゴーゴンはいないというのに、ご苦労さま。
「ふぅ~」
静かになってホッとしていると、受付嬢が戻ってきた。
「すみません。遅れてしまって……あの何かありました?」
「いいえ、何も」
「そうですか。確認が終わりました。新緑の大草原に巣食うゴーゴンを倒したのはクラリスに間違いないことを。先程、とある行商人からも、情報が上がってきました」
どうやら馭者のおじさんがギルドに連絡してくれたようだ。
クラリスは賞金の金貨50枚を受け取る。
「この角はどうされますか? ギルドで引き取ることができますけど」
「ボクが持っていてもしかたないから、売ります」
「承りました。二本で金貨4枚です。よろしいですか?」
「はい」
ゴーゴンの角の売却相場がわからない。
それなら、公平そうなギルドで売るのが、安全だろう。
クラリスは二つ返事で売却を決めた。
賞金と合わせて、金貨54枚。
なかなかのお金を所持できた。これなら、安い宿屋に泊まらずにすみそうだ。
「それと、ゴーゴン討伐で、クラリスさんのランクがDからCへ格上げが決まりました。いきなりランク昇格は、本当にすごいです!」
「たまたま運が良かっただけです」
「ご謙遜を。これほどの期待の新人は初めてですよ。どのパーティーも黙ってはいないでしょうね。これはクラリスさん争奪戦、勃発です!」
受付嬢は一人で盛り上がっていた。
しかし、追放されたばかりのクラリスとって、すんなりと頷けるものではなかった。
評価の仕方も、なんとなく勇者パーティーに加わった時に似ているから尚更だ。
トラウマしかない。
「クラリスさんはこれからどうされますか? すぐに冒険されますか?」
「さすがにそれは……。とりあえず冒険者の登録が終わったら、宿を探そうと思っています」
「なら、女性冒険者が多く利用している宿で良いところがありますよ」
「ぜひ、教えて下さい」
受付嬢から宿屋を教えてもらう。
ギルドからは離れているが、治安が良い場所らしい。
「ありがとうございました。またのご利用を!」
「こちらこそ、これからよろしくお願いします」
元気よく見送られながら、クラリスはギルドを後にした。
てくてくと東の大通りを歩いていく。目の前に現れたのは、話に聞いていたとおり、品の良さそうな宿屋だった。
白いレンガ作りが、周りの建物に比べてひときわ際立つ。
店主は花が好きなのか、エントランスにたくさんの花が咲き乱れている。
どれもよく手入れされており、雑草一つ無い。
中に入ると、綺麗に掃除されており、気持ちがいい。
すぐに中年の女性が顔を出してくる。笑顔の似合う女性だった。
「お客さんですか?」
「はい。ギルドから紹介されてきました」
「なるほど」
「どうしたんですか?」
クラリスの問いに、彼女は申し訳無さそうに言う。
「もしかしてその子、私と同じ赤毛ではなかったですか?」
「はい。それがなにか?」
「実はその子、私の娘なんです」
「ふぁ!?」
いい宿屋を紹介すると言って、実家を教えていたとは……。
なかなかのやり手だ。
そのことを置いても、この宿屋の雰囲気はいい。
店主の女性も良い人そうだし。
宿泊の料金を聞いたら、それほど高そうに思えない。
日暮れも近いし、ほかを探す理由も見当たらない。
「ここに泊めさせてください」
「いいですか?」
「はい、表のお花もかわいいし。ここがいいです!」
「娘が喜びます。あの花は、娘が育てているんですよ」
宿屋の施設について説明されながら、案内されたのは3階建の宿の最上階。
東側の一室。
朝と共に目覚めれるいい場所だった。
ここはつい最近に空いたらしい。
「ここは日当たり良好でいいですよ。クラリスさんはラッキーですね」
「ありがとうございます」
「いえいえ、ここがたまたま空いていただけですから。夕食はどうされますか?」
「お願いします」
「かしこまりました。うちは夕食のみ用意できますから、今後は当日の朝にお申し付けください」
「わかりました」
店主が出ていってから、クラリスはベッドに飛び込んだ。
今日一日、色々とあり過ぎて、とても疲れてしまった。
仲間だった賢者マーテルによって、見知らぬ草原に追放されるし。
魔物ゴーゴンに襲われもした。
迷宮都市カトリアでは新しい杖を買って、冒険者の登録だ。
魔法もいっぱい使ったことだし、気を抜けば睡魔に襲われそうだ。
しばらく、ウトウトしていたクラリス。
でも、一階の食堂から漂ってくる料理の匂いには敏感に反応する。
魔法使いは大食いだ。
たくさんのMPを消費して、魔法を使う。
それを効果的に回復する手段は、食べることだ。
クラリスは普通よりも多くのMPを持っている。
つまり、普通の魔法使いよりも多くの食事を摂るのだ。
食いしん坊クラリス。これは勇者エヴァンが名付けた二つ名だ。
男顔負けでたくさん食べる姿から、エヴァンがそう呼ぶようになった。
彼女としては、心外な二つ名だった。
「ゆっくりしたら、お腹が空いちゃった」
そして起き上がり、一階の食堂へ降りていく。
もちろん、夕食は食べまくりだ。
あまりの食べっぷりに、驚かれてしまう。
このままでは他に宿泊している冒険者たちの分まで食べてしまうのではないか。
そう思わせられるほどだった。
「ごちそうさまでした!」
後日、宿屋でクラリスだけ追加料金を取るかを真剣に検討された。
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