20.巨大な魔物と魔法使い
お腹いっぱい。レベルも上がった。
言うことなし。
奈落の落とし穴に落ちたときには、十五歳の人生におさらば。
なんて思っていたクラリスも今やレベル89だ。
後ひと踏ん張りでレベル90といったところだ。
しかし、レベル80から経験値テーブルが上がっており、時間がかかりそうだ。
いくらレベルがあがったとしても、即死魔法は【デス力】を必要としている。
これはいろいろな種類の魔物を食さなければアップしない。
すでに70階層の密林にいる魔物は、一体を残して食べている。
これ以上は即死魔法の成長は望めないのだ。
「やるしかないよね」
クラリスは、大魔法使いカトリアのアトリエでシャワーを浴びていた。
いつ浴びても、心地よさは格別だ。
迷宮にたまにある魔物たちの水飲み場で、体を洗うのも悪くない。
でも、いつ襲われるかわからない緊張感がある。
そのため、リラックスできない。
このアトリエには、なぜか魔物は寄り付かないため、とても静かだった。おそらく、この迷宮の創造神たる力が働いているのだろう。
安全安心な場所。
クラリスとしても、できることならここに留まりたいところだ。
それでは、死ぬまで迷宮から出られない。
わかりきったことだ。それに彼女には迷宮の最底を目指す理由がある。
即死魔法。
この魔法しか使えない原因を知るために、どうしても大魔法使いカトリアが残したという、図書館に行く必要がある。
これだけの迷宮を作ったカトリアならば、その理由を知っていてもおかしくはない。
シャワーを全身に浴びながら、これからのことを考えていた。
「まずは、あの魔物と戦って勝つ。そして、食べる!」
もっと【デス力】を上げる。
「よしっ、頑張るぞ!」
「キュルルル!」
「えっ、デッド! いつの間に!?」
一緒に入ると、デッドはぺろぺろと体を舐めてくる。
そのため、クラリスがシャワーを入るときには、デッドは違う部屋で待機するように命じているのだ。
だがしかし、待てど暮らせど、なかなか上がって来ない主様。
とうとう、痺れを切らしたデッドは、彼女に気が付かれないようにそっと忍び込んでいた。
「キュ!」
「早く、洗ってほしいって!」
「キュル」
「わかったから、舐めないでそこはダメだって」
「キュルルル」
「コラッ……きゃあああぁぁ」
舐められまくられたクラリスは息も絶え絶えだ。
「はぁ、はぁ、はぁ……どこでそんなことを覚えたの……」
使い魔の思考は、その主に依存する。
どこで学んだのか、と言われれば……つまりクラリスとなってしまうだろう。
デッドは聞かれて、首をかしげるばかりだった。それは、主から……と言いたそうだ。
「まあ、いいけど。元気ってことで許してあげる」
落ち着いたところで、なし崩し的にデッドと一緒にシャワーを浴びることにする。
そうしないとまたぺろぺろされてしまう。
せっかくシャワーで綺麗にしたのにベトベトだ。
「こうなったらもう一度洗うしかなかそう。その前に、デッドを」
備え付けの石鹸を拝借して、デッドの体を泡立てる。
あっという間、泡のふわふわに包まれたドラゴンの出来上がり!
「キュルルル♪」
デッドはこれが大好き!
これをしてもらうために、一日中魔物と戦っていると言ってもいいくらいだ。
だから、我慢できずに飛びついてきた。
使い魔の労をねぎらうのも、魔法使いの役目の一つだ。
この積み重ねが互いの信頼関係を育む。
「ここはどう?」
「キュ~」
尻尾を洗ってやる。気持ちよさそうだ。
「なら、ここは?」
「キュルルル♪」
頭に生えた二本の角。まだ小さいがちゃんと主張をしている。
その将来立派になりそうな角を優しく洗う。
目を細めて、とてもリラックスしていた。
あまりにも気持ちいいので、ウトウトと眠りそうになってしまうほどだ。
「コラッ、寝たらダメ」
「キュ!」
「水で流すよ」
「キュキュッ」
ふわふわを流す!?
それはまだ早い! と言わんばかりに翼を広げて逃げ出した。
「こんな場所で空を飛ばない! こうなったら、こうだ!」
クラリスはシャワーヘッドを上に構えて、蛇口を緩めた。
ドバーッ!
全開にした水圧はかなりのもの。
クラリスも初めて使ったときにはびっくりした。おそらく、壊れているのだろう。
今回はそれがいい感じに、デッドにヒットする。
「ギュルギュル……ギュッ」
水圧でデッドを壁端まで押し付けるほどだ。
そして、たくさん水を飲む羽目になった。
クラリスは言うことを聞かない使い魔には厳しい。
「シャワーでは暴れない。よし、綺麗になった」
「キュ~」
ツルピカの出来上がり!
赤い鱗の一枚一枚が鏡のようだ。
戦いで泥まみれになった体も綺麗になった。
デッドは大満足!
クラリスも手早くあわあわになって、シャワーで流した。
「この石鹸はすごくいい。もらっておこう!」
アトリエの物はクラリスの物になりつつあった。
着替えてしばし休んだところで、身支度を整えている。
料理器具、調味料、下着に生活用品など。
大きなリュックに詰めるだけ詰め込む。
「デッドの準備はいい?」
「キュ!」
デッドには小さなバッグに回復薬を持たせてある。
万が一の保険だ。
戦いへの準備は整った。
いざ行かん!
お世話になったアトリエにお辞儀を一つ。
デッドも真似ていた。
「行こう!」
「キュル!」
わざわざ重たい荷物を背負ったまま、巨大な魔物と対峙する。
なぜそのようなことをするのか?
それは軽かろうが重たかろうが、クラリスの戦いにはあまり関係がないからだ。
即死魔法は唱えるだけ、それだけだからだ。
もし、あの魔物に即死魔法が効かなければ、それで終わり。
ジエンド。
もう、この階層で【デス力】をこれ以上は強化できない。
強くなれないから、それが効かなければ絶対に倒せない魔物となる。
即死できるか、できないか。
それによって、クラリスの今後が決まる。
もし、即死できないなら、ここで果てることも覚悟していた。
地面を揺らす地響きが聞こえてきた。
体にもしっかりとその振動が伝わってくる。
密林を押し潰して現れた巨漢。
「大きい……亀?」
大岩がのっしのっしと歩いているように見えた。
その大きな甲羅から、伸びた頭は彼女が知っている亀だった。
スケールが違うがまさにそれだ。
鑑定で確かめてみる。
・【鉄壁の王】キャッスルタートル《Lv85》
【HP】 :6340
【MP】 :2340
【力】 :890
【魔力】 :440
【敏捷】 :50
【運】 :40
魔法:土
弱点属性:水
ドロップアイテム:強化の実
はい、強い!
予想通りに強い!
動きは鈍いので、気づかれても逃げれそうにも思える。
でも巨大云えに一歩一歩が大きい。
たぶん、見つかって追いかけられたら、踏み潰されるだろう。
それにあの分厚い甲羅ではデッドの炎は通らない。
もっと成長すれば話は違ったかもしれない。ドラゴンの成長はとてもゆっくりと聞いたことがある。
悠長に待っていればクラリスはお婆ちゃんになってしまう。
「デッドは待機していて! もし失敗したらごめんね。ボクに構わずに逃げるんだよ!」
「キュルルルルル」
「嫌だなんて言わない。約束、ボクが死んでも無理な戦いをしないこと。デッドはまだ生まれてあまり生きていないでしょ。せっかく、長い時を卵で過ごしてやっと外の世界に出れられたわけだし」
魔法具屋で使い魔の卵を渡してくれた老婆を思い出す。
彼女に卵が生まれたら、見せに行くと約束していた。
クラリスに気がつくこと無く、悠然と闊歩するキャッスルタートルを見据える。
狩って食べて強くなってやる!
クラリスはそう意気込んで、即死魔法を詠唱する。そして大きな声を張り上げる。
「デスッ!」
彼女の持てるすべてをかけた……渾身の【デス】がキャッスルタートルを駆け抜けた。
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