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2.大草原と魔法使い

 草の香り。

 時おり吹き抜ける風が心地よい。

 クラリスは、ひたすら広い草原のど真ん中にいた。


 時刻は正午。

 太陽は天高く昇っている。

 マーテルのいい加減な転移魔法によって、かなり東方へ飛ばされたようだった。


 クラリスはしばらく乱暴な移動の影響で気を失っていた。


「うううぅぅ……」


 酷い乗り物酔いに近い感覚。

 ゆっくりと目を覚ましたクラリス。

 自分が今、名も知らない草原に寝転がっていることに気が付いた。


「一体、ボクはどこまで飛ばされたんだ……」


 立ち上がって、草原を360度見回す。

 何もなかった。

 どこまでも草原が続いているように感じてしまうほどだ。


「まさか、死んじゃったとかないよね」


 頬を一掴み。


「痛っ!」


 クラリスは生きていることを実感する。

 ここはどうやら、死後の世界ではないようだ。

 草以外ない場所なので、少しだけ焦ってしまった。

 ここは落ち着いて、深呼吸を一つ。


「ふぅ~、とりあえず、生きているみたい」


 そう思って安心する。それとともに、先程のことが頭をよぎる。

 マーテルに酷い仕打ちを受けてしまったことだ。


「当たり前だよね。だって、ボクはたった一つの魔法しか使えない」


 大事な杖も奪われてしまった。

 勇者パーティーとの旅を支えてくれた杖はもうない。


「でも、よかった。エヴァンに言われるより、ずっといい」


 勇者であり、幼馴染でもある彼に同じようなことを言われてしまったら。

 きっと今よりも、ずっと大きな心のダメージを受けていただろう。


 エヴァンに何も言えずに別れてしまったことは、気がかりだった。もちろん、他のパーティーメンバーにもだ。


 それでも、潮時だった。

 悔しいが、マーテルの言うことは真実。

 こういう形で出ていくことは不本意だが、ここまで来てしまってはどうしようもない。


 マーテルには腹が立つ。ボコボコにされたし。

 いつか再会したときには、目に物見せてやる。

 今はそう思うことにしよう。


 大草原のど真ん中でいつまでも腹を立てていても仕方ない。

 クラリスは気持ちを切り替えて、もう一度見回してみる。


「本当に何もないところ」


 これもマーテルが仕掛けたことなのか……。

 そう思ってしまうクラリスだった。しかし、そこまでマーテルは考えているわけでなく、ただ単にクラリスの運が悪かった。


 本人は知る由もなく、項垂れていた。


「困った。このままでは、どっちに歩いていけばいいのかすらわからない」


 あわわわっ!

 右往左往。

 困った、困ったクラリス。


 あたふたしていると、遠くから音を立てて、馬車がやってくるではないかっ!

 これは天の恵み!


「助かった! お~い!」


 一気に運気が上昇したかと、思えたが。

 馬車の後ろに、おまけが付いてた。


「えええっ、魔物付き!? ちょっと、こっちに来ないで!」


 クラリスに気が付いた馭者が助けを求めて、直進してきたのだ。

 乗せてもらおうと思っていたら、魔物退治!?


 杖を奪われてしまったクラリスは、魔法の精度に不安があった。

 それに即死魔法しか使えない。


 もし、あの馬車を追いかけている魔物が、無効する力を持っていたら……。

 マーテルに痛い目に遭わされたばかりのクラリスに、不安がよぎる。


「助けてくれっ!!」


 とうとう馭者の声が届くところまで近づいてきてしまう。

 戦うか、逃げるか……。

 クラリスは逃走を選択しそうになったとき、ニヤリと笑うマーテルが頭の中で浮かんだ。

 それに、馭者のおじさんが半泣きになっているし。見過ごすことはできそうにもなかった。


「戦う!」


 こうなったら、即死魔法を使って魔物を倒すしかない。

 相手は牛に似た姿をした魔物。

 真っ黒な巨体に、目が三つ。

 大きな二本角で、馬車を串刺しにしようとしている。


 まだここまで距離はある。

 つまり魔法をたくさん詠唱する時間がある。


 即死魔法は確率。

 たとえ一回の詠唱でダメなら、唱え続ければいい。

 バカの一つ覚えと言われてもいい。


 これがクラリスの唯一の戦闘スタイルだ。


「助けて、助けてくれ!!」

「おじさん! 右に移動して!」

「わかった!」


 彼女には有り余る魔力がある。

 たった一つの魔法しか使えなくても、これだけは誰にも負けない自信がある。


 クラリスは詠唱する。

 もちろん、即死魔法【デス】だ。


 馭者が馬車を大きく右に進路を変更したことで、魔物の姿が顕になった。


「デス、デス、デス、デス、デス、デス、デス、デス、デス、デス、デス、デス」


 魔物に向けて、死の雨が降り注ぐ。

 たとえ、一つ一つの効果の確率が低くかったとしても、唱え続ければ……いつかは死ぬ。

 即死魔法をかけられていることに魔物が気が付いてしまう。

 標的を完全にクラリスへと変える。


 どんどん接近してくる魔物。


「デス、デス、デス、デス、デス、デス、デス、デス、デス、デス、デス、デス、デス、デス、デス」


 まだ効果が発揮されない。

 魔物はどうやらクラリスよりも格上のようだった。


 クラリスは詠唱をやめることはない。

 襲いくる魔物が間近に迫ろうとしていてもだ。


「デス、デス、デス、デス……デスッ!!」


 声を張り上げた渾身のデス。


 鼻先まで迫ったところで、魔物が白目を向いて倒れ込んだ。

 即死魔法は発揮されたのだ。


 危ないところだった。

 後少し、デスが遅れていたら、クラリスは頭を食いちぎられていた。

 彼女は詠唱することに集中し過ぎたようだ。

 今更我に返って、冷や汗を流していた。


「ふぅ~、ギリギリセーフ」


 クラリスのレベルが1上がった。

 なかなかの強敵だったようだ。

 レベルが上ったことを喜んでいるクラリスに、馭者が声をかける。


「助かったよ、嬢ちゃん! 一時はどうなることかと思ったよ。それにしても即死魔法か、強いんだな」

「いえいえ、単なる即死魔法ですよ」

「謙遜することはないぞ。即死魔法といえば上級魔法の一つと聞く。他にもすごい魔法が使えるんだろ?」

「まあ……そうですね……」

「出会ったのがすごい魔法使いでよかったよ。ついてるぜ」


 褒められてしまい、即死魔法しか使えないことを言えなくなってしまった。

 馭者は機嫌がいいし、他に魔物はいなさそうだ。

 クラリスは本当のことを言うのをやめた。

 馭者と一緒に、倒した魔物のところまで行く。


「こいつは、この草原に最近になって住み着いた魔物でな、ゴーゴンという。角が薬になるらしい」

「そうなんですか」

「詳しくは知らないがな。知り合い薬師から聞いたんだよ。まさか、嬢ちゃんが倒してしまうとは思ってもみなかったけどな」


 聞けば、おじさんは薬の原料を街から街へと運ぶ行商人だという。


「旅立った街でゴーゴンの噂を聞いて警戒していたが、このざまさ。本当に助かったぜ。ほれ、この角は嬢ちゃんのものだ。あと、お礼にこれも受け取ってくれ」


 黄金の二本の角と、金貨5枚をもらう。


「こんなにもらえません」

「いいって、死んだら元も子もないからな。それよりも嬢ちゃんは、こんなところで何をしていたんだ。ゴーゴン狩りにしては、装備が整っていないが」


 おじさんは魔法使いとして必要な物――杖を持っていないから不思議に思ったようだ。

 このことは嘘を付く必要はない。

 勇者パーティーということだけはふせておく。

 仲間だった者に奪われて、ここへ転移魔法で飛ばされてしまったことを説明した。


「酷い仲間もいた者だ。今まで苦楽を共にした仲間にそんなことをするなんてな」


 意外にも情の厚い人だったようだ。

 親身になって話を聞いてくれるほどだった。


「よしっ、わかった。馬車に乗ってくれ! この先にある街まで連れて行ってやるよ」

「いいんですか?」

「当たり前さ。これも助けてくれたお礼だ」

「ありがとうございます」

「いいってことよ」


 クラリスを乗せた馬車はゆっくりと動き出す。

 そして草原を平穏に進んでいく。

 道中、たまに現れる魔物。

 ゴーゴンよりも、格下のため、面白いように即死魔法が効いた。


 逃げ回る必要がなくなったおじさんは、クラリスの即死魔法をべた褒めしていた。

 とうとう、彼女はデス子ちゃんと呼ばれてしまうほどだった。


「デス子ちゃんお願いします!」

「デス!」

「よっしゃ~、これほど旅が楽なのは初めてだぜ。この分なら日暮れ前に着けそうだな」


 上機嫌のおじさんは手綱を操る。

 彼の言う通り、日暮れかけたときに草原を越える。

 あれほど広かったが、段々と視界から消えていく。


 そして新たな景色が現れる。


「ほら、あれが迷宮都市カトリアだ。大昔に大魔法使いが作ったという迷宮が地下に眠っているんだとよ。カトリアという都市の名前もその大魔法使いの名から付けられたのさ」

「大魔法使い……カトリア」

「なんでも、地下にはその大魔法使いの知識を集めた図書館があるらしい。それを手に入れると最強の魔法使いになれるとか……なんて言われている」


 大昔の魔法使いの知識にクラリスは反応した。

 もしかしたら、彼女の問題――即死魔法【デス】しか使えない理由がわかるかもしれない。


 迷宮都市カトリアは王都よりも小ぶりだが、数階建ての建築物が至るところにある。

 これだけ大きな都市なら、暮らしやすいかもしれない。

 クラリスが迷宮都市の高い外壁を眺めていると、おじさんがニヤリと笑って言う。


「もちろん、迷宮には財宝もあるから、冒険者たちがたくさん集まって、にぎやかな都市だぞ。まずは、その角を売って杖を買わないとな」

「えっ?」

「その顔は冒険したいって感じだからな。そういうやつらをたくさん見てきたから」


 クラリスは顔を赤くして、帽子を深くかぶり直した。

 おじさんの言う通り、彼女は迷宮に興味を示し始めていた。

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