名もなき聖女は幸せになりたい
初投稿です。まさかの1晩徹夜で書き上げてしまいました。あたたかく見守ってください。
誤字報告ありがとうございます。
6/29ラストで少しだけ続編のネタバレをしました。
よろしければ、シリーズから続編(ざまあ編)をどうぞ。
『号外!【名もなき聖女】王太子と婚約決定!!』
辺境の修道院にまで届いたニュースには、
懐かしい私の昔の呼び名が載っていた。
この呼び名は気に入っていた。胸がちくりと痛む。
「呼び名じゃなくて、イザベラ・キルシェ侯爵令嬢って書けばいいのにね」
王太子と婚約したのは私の腹違いの妹イザベラだ。
私が作った居場所も呼び名も全部妹に取られてしまった。
もう思い出したくもないのに、過去は私を放してくれないようだ。
私はエステル・イシュマール。
浅黒い肌に白みがかったプラチナブロンドの髪を持ち、誰が見ても移民と分かる容姿をしている。
私は異国の踊り子だった母親が貴族に目をつけられて無理やり関係を持ってできた子だ。
母親は貴族の子を妊娠したことで踊り子のキャラバンから追い出された。
国に帰りたくともあてがなく、母は必死に働くうちに体を壊し、私が10歳のときに亡くなってしまった。
それからしばらくは孤児院で暮らしていたが、14歳のとき、癒しの力に目覚めたことで生活が一変した。
イレーナ国で癒しの力を持つ者は、ほぼ全員が貴族の血筋だそうだ。
院長が驚いて親を探すと、身に覚えがあると名乗り出た人がいた。
父親を名乗る人物は侯爵家の当主だった。その日のうちに引き取られ、侯爵家の養子になった。
侯爵家には義理の母と二人の子供がいた。
私の一つ下のイザベラと、三つ上のロデリックは、二人とも金髪に青い目で宗教画の天使のように美しかった。
二人は引き取られたその日から私をいじめた。
「どうやって父上に取り入った?移民の子め!臭いんだよ!」
「移民の子と兄弟だなんて絶対イヤ!癒しの力があるなんて嘘に決まってる!嘘つき!」
「早く出てけ!」
異母兄妹は私の食事にゴミを混ぜ、衣類を引き裂いた。
義母は兄妹のやることを黙認し、私とは一言も口を利かなかった。
うっかり耳にしてしまった義母の本音は酷いものだった。
「下賤な血の者と話すと私まで穢れる」
義母は執事を通じて使用人と同じ仕事をするように私に命じ、
大量の仕事をこなせないと鞭で背を叩いた。
修道院に帰りたかったけれど、私の居場所はもうないと思い、必死に耐えるしかなかった。
そんな生活が半年続いたころ、王家が求心力を高める目的で、
癒しの力を持つ聖女を市井に派遣する施策を決定した。
聖女は全員が貴族の子女である。大人数に癒しをかける過酷な仕事は誰もが嫌がり、施策は決定したけれど誰も手を上げようとしなかった。
父親は不自然なまでの笑顔で私に言った。
「エステル、医療の行き渡らない庶民を救う素晴らしい仕事をしてみないかい?」
家でのいじめに疲れていた私は一も二もなくうなずいた。父親は王家に恩が売れたとほくほくだった。
神殿で確認をすると、私は現役の聖女の中でも飛びぬけて魔力量が多く、癒しの力も強かった。
これなら大丈夫だろうと連日病院や教会を回る過酷なスケジュールを組まれた。
私はのんきに外に出られること、誰かのための仕事ができることにわくわくしていた。
当日、私は頭からすっぽり白い布をかぶせられ、声を出すことも禁じられた。
「この布は何ですか?なぜお話ししてはいけないのですか?私は直接患者さんとお話ししたいです。」
「聖女が移民の血をひいているというのは、
市井では受け入れられないのです。
あなたの話す言葉は、異国語の発音が混ざっています。移民だとわかってしまうと治療を嫌がる人が出るでしょう。
我々がフォローしますので治療のみに集中してください。」
優しそうな神官に眉を下げてそう言われると、自分がわがままを言っているようでそれ以上は何も言えなかった。
私がこの国で差別される移民の子だということは変えようがない。
人の役に立つことに変わりはないのだからと前向きに考えるしかなかった。
初めての病院訪問は散々な結果に終わった。
難病患者の治療に当たったら早々に魔力を使い果たしてしまい、わずか数名で気を失った。
これではダメだと思い、そばにいてくれる神官のフォスさんから医学書を借りた。
人体の構造を理解すれば、もっと無理のない癒し方ができるのではと思ったからだった。
夜は勉強し、昼は病院や教会を回った。だんだんと一日に治療できる人数が増えていった。
異母兄からのいじめは続いていたが、昼間は治療に集中でき、惨めな境遇は忘れることができた。
そんなとき、ある人が監査役として病院にやってきた。
大変偉い方で、宰相の息子のフェルナンドというらしい。
フェルナンドは聖女の癒しの力に頼ることを良しとしない、医学のみの治療を推進する派閥を代表してやってきたという。
「私は、いつなくなるかもわからない癒しの力に依存するより、誰もが実践できる形での医療を推進すべきだと思っている。
今回の件だって君が引き受けなければ誰も手を挙げなかった。
聖女はお飾りで、嫁入りの身上書に書くネタ程度のものなんだよ。」
休憩時間に話しかけてきたので対応したら、これだった。
まさか面と向かって存在否定されるとは思わず、かっとなってしまい、フォスさんに耳打ちする。
「この失礼な人に言ってください!こないだ医師が匙を投げた病人を癒しましたって!」
「…聖女様は現在の医学では救うことの難しかった人も快復させています。
現時点でどちらに優位性があるかは明らかなのでは?」
「君の能力は優れたものかもしれないけれど、それもいつかは衰える。
同じ能力をもった後続がでると保証できる?
それに、なぜ顔を隠して自分で話そうともしないんだ?
私は名乗らない人間とは会話しない主義なんだ。堂々と顔を見せたらいい。」
「っっ」
この人は私がなぜ顔を見せられないか知ってて、こんな残酷なことを言うのだろうか。
(エステルさん、抑えて下さい)
フォスさんの言葉でなんとか冷静さを取り戻した。
もう絶対、こいつをぎゃふんといわせてやるわとエステルは誓った。
その日から私はさらに猛勉強し、癒しの力が受けられない場合の薬の処方まで学ぶようになった。
悔しいけれど彼の言葉にも一理あると感じたからだ。
なぜだか知らないけれど、学べば学ぶほど飛躍的に私の癒しの力は伸びた。
納得のいく治療がようやくできるようになってうれしかった。
患者さんやその家族からお礼を言われるとますます頑張ろうと思える。
いつしか【名もなき聖女】と呼ばれるようになったが、その呼び名も気に入っていた。
ある日、父親に呼び出しをうけた。
「……結婚ですか」
「そうだよ、裕福な子爵家の次男でね、孤児院をたくさん運営している篤志家だよ」
「どうしても受けなければなりませんか?」
「先方はね、移民の子と知って、それでも娶りたいと言ってきているんだ。またとないチャンスだよ。」
今日の父親も不自然なまでに笑顔だ。どうせこの婚姻でお金が動くのだろう。
私に拒否権はないと感じ、せめて返答は顔合わせしてからと答えた。
翌日、さっそく年配の女性と私と同い年くらいの男性がやってきた。
「まあ、なんて美しいのでしょう。お母さまは踊り子なんですってね」
「美しい人、僕の生涯をかけて幸せにするよ」
夫となる男性のロイドは優しそうで、孤児院運営のやりがいを熱意をもって語った。
私はいじめばかりの侯爵家の生活に疲れ、愛にも飢えていた。
聖女の仕事があり、社交ができないかもしれないと告げたがそれでもかまわないと言われ、私は結婚することに決めた。
この国の移民は教会で式を挙げることを許されていない。
入籍だけで済まされ、少ない荷物を持って子爵家に引っ越した。
ロイドはとても優しく、彼が経営する孤児院は清潔で子供たちも生き生きとしていた。
私はロイドを尊敬するようになり、休日にもベールをかぶって領地の人々を癒すようになった。
平穏な生活に影が差したのは、ある移民の子が急に見当たらなくなったのに気付いたのが始まりだった。
ロイドに聞くと、就職してよその土地に行ったという。
嫌な予感がしてフォスさんに手伝ってもらって行方を捜すと、娼館で働いているのを見つけた。
娼館には16歳になり孤児院にいられなくなった子たちがたくさん働いていた。
ほとんどが移民の子どもだった。
ロイド自らが送り込んだという話に私は絶望した。
私が問いただすとロイドは開き直って答えた。
「移民なんてね、まともな仕事にはつけないんだよ。遅かれ早かれ娼館行きは決まっていたさ。
移民は容姿がいいからね、客がたくさんつくんだよ。
売れっ子になれて衣食住に困らないんだからいいじゃないか。」
「…あなたにとって私はなんなの?私だって移民の子よ」
「エステルは移民の子でもとびきり美人だし、癒しの力ももってるからね。そこらの子とは違うよ」
「あなたを尊敬していたのに…」
この国では女からの離縁は認められていない。ロイドに離縁を申し出ると拒否された。
本性がばれたにも関わらず、以前と同じように尊敬しろ、愛せ、ロイド様は素晴らしいと言えと無理な要求をしてくるようになった。
「そんな目で見るな!!
僕だって好きでやっているわけじゃない。
父から仕事を引き継いだだけだ!」
私が非難する目を向けるとロイドは私を殴った。
私は聖女としての活動に没頭し、夫に近寄らなくなった。
ロイドも良心の呵責があったのか、だんだん情緒不安定になっていき、違法な賭け事に手を出すようになった。
ロイドの母ユーリカは息子がおかしくなったのは私のせいだと責めた。
ロイドもことあるごとに私を責めた。
「お前が俺を愛さないからこうなったんだ、お前が悪いんだ」と。
限界が近づいたある日、ロイドは行き先も告げずに外出して、その日は帰ってこなかった。
翌日警察からロイドが川に飛び込んだことを告げられた。
私はまるで眠っているようなロイドと対面した。
歩み寄らなかったことを後悔してももう遅かった。
「あんたのせいで息子は死んだのよ!」
「あんたの一番大事なものを奪ってやる!」
ユーリカは半狂乱になりながら叫んでいた。
教会に賄賂を握らせて、なんとか葬儀は行うことができた。
葬儀を終えて、ふと我に返ると忙しくて水をやらなかったせいで部屋の植物が皆枯れてしまっていた。
申し訳なさを感じながら植物に癒しの力を使うと、元気になるどころか、みるみるうちに腐ってしまった。
まさかと思い、ほかの物に試してみても結果は同じだった。
ごくわずかな癒しの力は使えても、それ以上の力を出そうとすると対象を呪ってしまうのだ。
自分にかけられた魔力をたどると、ユーリカのかけた呪いだということがわかった。
呪いを解けば術者に返る。ユーリカは無事では済まないだろう。
ロイドの死の責任は私にもある。呪いを解く気力は私にはなかった。
私の一番大事な癒しの力はこうして奪われた。
私は癒しの力を失ったことをフォスさんに報告した。
後日彼は申し訳なさそうに言った。
「王家は人気の高い、名もなき聖女をここで終わらせるつもりはないそうです。どなたかが引き継ぐことになります。
第一候補はエステルさんの妹のイザベラさんです。神殿で確認されましたが彼女も癒しの力を持っています。
今までと同じスケジュールをこなすのは到底無理ですので、これまでの活動はイザベラさんがおこなってきたことと公表して幕引きするつもりでしょう。」
「嘘ですよねフォスさん、嘘だって言ってください。
どうして妹なんですか、イザベラは何もしてないんですよ」
「王家としても、侯爵家の忠義に報いたいからだそうですよ。残念ですが…」
それから後はほとんど覚えていない。
荷物をまとめて辺境の修道院に入る手配をしてくれたのはフォスさんだったような気もする。
そうして今に至る。
「はあ」
私の努力の成果はすべて妹に奪われ、癒しの力も失った。
ロイドの死に私は責任がある。罪は償わなければならない。
生きるのがこんなに苦しいことだと思わなかった。
今晩は満月だ。月光の下で妖精たちが輪になって庭で踊っているのが見える。
あの輪に入ると妖精の世界に行けるらしい。
生きることに疲れた私は、その輪に加わりたいとさえ思うようになっていた。
?「こんばんは、聖女エステル」
突然声をかけられて顔を上げると、光を放つ球体がふわふわと浮かんでいた。
暖かみを感じさせる光を放ちながら、強く弱く点滅を繰り返している。
「はじめまして。私は精霊のルカといいます。
私は今日あなたにお願いがあってきました。
聞いてもらえますか?」
聖女ゆえに小さな妖精を見るのは日常茶飯事だ。
しかし精霊に話しかけられるのは初めてだった。
何とか声を絞り出して返事をする。
「な、なんでしょうか」
何もない空間から大きな籠があらわれた。
覗き込むと、そこには産まれたての赤ちゃんが寝ていた。
「この子は重い病気にかかって孤児院に捨てられた子です。この子を助けられるのはエステル、あなただけです。」
「待ってください精霊様、私は呪われた身でわずかな癒しの力しか使えません。そのような重い病気を癒すことはできません。」
「あなたが諦めるなら、この子は数か月で死にます。
それでもよいのですか?」
赤ん坊の顔をじっと見ると、この子も移民の血をひいているようだ。
何もしないで死なせるの?それをあなたは許せるの?
人を癒すことに燃えていた昔の自分がささやいている。
赤ん坊の呼吸は荒く、顔色もよくない。
私が何もしなかったことで赤ん坊が亡くなったら、一生後悔するだろう。
どんなに辛くとも惨めでも人生は続くのだと、エステルは思った。
それなら立ち上がって前に進むしかない。
私の幸せは未来にしかないのだ。
「わかりました、お受けします。」
「良かったわ。ありがとう。お礼と言ってはなんだけど幸運のおまじないをかけておくわね」
赤ん坊を託すと精霊はふっと消えてしまった。
エステルは荷物をまとめて修道院を出た。
ここではまともな治療薬は手に入らないからだ。
腕には赤ん坊、手持ちのお金はわずか。
それでも昔のように、心は燃えていた。
こうして治療薬を求め、エステルと赤ん坊は商業都市を目指して出発したのだが、
幸運のおまじないの威力は絶大だった。
道中は荷馬車に乗せてもらえる、民家の戸を叩けば食料もミルクももらえる、
商業都市フローリアについたあとも格安の住まいと融通の効く仕事があっさり見つかったりと、
あまりにも強力なまじないに内心おびえるほどだった。
子供の名前はマリアにした。いろいろと調べた結果、マリアの病気は生まれつきの免疫疾患のようだと見当をつけた。
治療薬を探しつつ、働きながら毎日調べものをする日々だった。
食堂で働きだしたエステルは、まさかの人物に再会した。
天敵フェルナンドである。相変わらずきっちり前髪をあげ、ぴしりと制服を着こなしている。
【名もなき聖女】だとはばれてはいないはずだが、彼がやたらとこちらに声をかけてくるので毎日冷や汗を流していた。
恐る恐る接客していたが、毎日来るフェルナンドに気を許すようになり、いつしか雑談を交わすようになった。
どうやら、この都市で病院の建設計画があり、土地の選定や規模などの決定に来ていたらしい。
仕事内容に興味があったのでたくさん質問をしたが、いずれも真摯に答えてくれた。
案外悪い奴ではなかったのかもしれない。
ある時、王太子の婚約に話が及び、ついでに【名もなき聖女】についてフェルナンドに聞いてみると、驚くような回答が返ってきた。
「イザベラ嬢は偽物だ。名もなき聖女ではない。」
「一体何を根拠にそんなことをいうのですか?」
「俺にはわかる。ずっと見てきたからな。
名もなき聖女は集中すると首が右に傾く癖がある。
イザベラ嬢にはそれがない。
それに、あんな体力のなさそうな令嬢が連日の病院通いをこなせるわけがない。
聖女の名を語るにふさわしいのは別の人間だ。
……うん?どど、ど、どうした?何かあったか?」
ボロボロ涙がとめどなく溢れ出る。
顔も声も何も見せることができなくても、昔の私を覚えていた人がいた。
どれだけ頑張ったかわかってくれた人がいた。
全てを失って何も残ってないと思ったのに。
結局ワンワン泣いてしまい、フェルナンドを困惑させてしまった。
一か月後フェルナンドは都市から去った。最後の日も食堂に来てくれて、挨拶していった。
世話になったと花とブローチまでもらった。律儀な男だ。
なぜか食堂の同僚たちはニヤニヤ見ていた。
マリアは1歳になった。目ぼしい治療薬が見つからず、私は焦っていた。
思い切って王都に引越しし、医学アカデミーの聴講生になってみることにした。
ここでもフェルナンドと顔を合わせることになり、事情を打ち明けてみることにした。
フェルナンドは親切な男だった。
専門の医師を紹介してくれて特別に診察してもらった。
結果、マリアが免疫疾患以外の心臓の病気を抱えていることがわかった。
体が小さすぎて手術はできないそうだ。
私に癒しの力さえあれば。歯がゆい気持ちを毎日抱えながら必死にアカデミーで学んだ。
そんな日々の中、街でロイドの母ユーリカを見かけた。だめだと思いながらも追いかけて話しかけてしまった。
「待ってください」
「よく私の前に顔が出せたものね!あんたの顔なんか見たくもないのよ」
「私、今孤児だった子供を育てているんです。」
「だから何だっていうのよ!」
「うちの子は毎日夜泣きはするし、食事は食べないし、体は弱いしで、大変なことばかりで。
ロイドもこんな風に手をかけて育ててもらったんだろうと思ったのです…
私は、大事に大事に育てられてきた人間の人生を踏みにじったと罪の重さを思い知りました。
もっと私は歩み寄るべきでした。申し訳ありませんでした。」
ユーリカはこちらを振り返った。唇を震わせて言った。
「あの子はよく風邪をひく子でそのたびに気が気じゃなかった。熱を出すたびに神様に祈ったわ。
連れていくなら私にしてくださいって。
それだけ大事だったのよ」
ユーリカの顔は大粒の涙でぬれていた。
私は頭を下げた。
「私は生涯この罪を忘れず生きていきます。本当に申し訳ありませんでした。」
ユーリカは何も言わずに立ち去った。
その夜、私は少しだけ癒しの力が戻ったことを感じた。
半年がたち、マリアは1歳半になった。
免疫疾患の治療薬は治験という形で提供してもらえることになった。
問題は心臓の病気だった。
この頃、マリアは歩けないほど弱っていた。
もはや一刻の猶予もないことは明らかだった。
私は覚悟を決めた。
王都で頼れる人といえば、フェルナンドとフォスさんだけなので手紙を書いた。
絶対に手紙が届いただろう3日後に私は計画を実行した。
あらん限りの癒しの力をマリアの心臓の修復に注ぎ込んだ。
マリアは絶対に死なせない。
呪いがマリアに降りかからずに、私に返ってくるようにあらかじめ魔力の流れをいじったうえでの決行だった。
実験を繰り返した結果決めたことだ。
無機物ではだめ、植物でもだめ、動物でもだめ。
こうするしか方法がなかった。
両腕が呪われて腐っていくのを感じながら、死に物狂いで癒しの力を注ぐ。
お願い間に合って。体中の全エネルギーを最後の一滴まで絞る。
私は気を失った。
私がぼんやり目を開けると、ふかふかした小さな手が私の顔を叩いていた。
「まんま」
マリアとフェルナンドとフォスさんが私をのぞき込んでいる。
私はまだ夢を見ているのだろうか、そのほかに山のように妖精が見えるのだけど…
「良かった、気が付きましたね。なんて無茶なことを」
フォスさんが心配そうに言う。
フェルナンドに至っては爆泣きしているのだけれど大丈夫だろうか。
腐ってしまったはずの腕がまだあることにびっくりして両腕を確かめるとやっぱりある。
そして部屋は妖精でみっしり埋め尽くされている。
何かとんでもないことが起きたんじゃないだろうか。
フォスさんが疑問に答えてくれた。
「あー、この赤ちゃん、マリアちゃんですね。
おそらくですよ、精霊の愛し子なんじゃないかと。
マリアちゃんがお母さんを助けてほしくて精霊に救助を要請したようですね。」
フォスさんも妖精が見えるらしいが、こんなに大量に見るのは初めてだそうだ。
「そうだったの…」
そういえば思い当たることがたくさんあった。
マリアを引き取ってから、妖精を部屋でよく見かけるようになったのだ。
私がマリアのおやつを作ると、後ろから強烈な視線を感じるので、仕方なく倍量作って妖精たちにもあげていた。
「ありがとう、妖精さんたち。またおやつ作るからね」
妖精たちが一斉に羽をはばたかせて、嬉しそうに笑った。
マリアが一生懸命私によじ登ってくる。
「まま、まま」
いつの間にかマリアを私に預けた精霊様も来ていたようだ。
「ありがとうエステル。産みの母親に捨てられて生きる気力をなくした愛し子は、私たちの手では助けられなかった。
この子を救ったのは紛れもないあなたの力です。
お礼になんでも差し上げますが何がいいですか?」
「とりあえずしばらく保留にしてください…」
腐って落ちたはずの両腕は、癒しの力をまとわない、ごく普通の腕になっていた。
それどころか体のどこにも魔力を感じられない。
私は癒しの力をすべて失ったことに気がついた。
そんな私に妖精たちがささやいてくる。
「マリアが悲しいとき、辛いとき、癒せるのはエステルの手。あなたの手は魔法の手。」
そうね、癒しの力がなくても、マリア一人くらい守れるわ。
マリアの笑顔はエステルの幸せであり、全てだった。
こうして力を失った【名もなき聖女】はそっと幕を引いた。
その後、マリアが移民の聖女として王国を乗っ取り、エステルとフェルナンドが医師夫婦として、医療技術の礎を築くのだが、それはまた別の話。
Fin
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