スモールチキンを食べる
第五章第十話「魔の森の戦い(後編)」頃の話です。
本日の午前中、魔の森に再びスカイドラゴンが現れた。魔の森は再び氾濫し、俺達も魔物の群れと一戦交えてきた。魔の森近郊にあるこの町には、続々と兵士や冒険者が戻ってきている。
先程まで軍議と言う名の査問会を行なっていたのだが、父上によるベンジャミンへの説教が始まってしまった。これは時間がかかりそうだと判断し、王太子殿下に一言告げて軍議を抜け出したところだ。
今は昼を少し過ぎたあたり。周囲には、俺、リア、セラ、アンジェリカ、アルフ殿下、ベティさん、マックスの七人がいる。
「あの……」
アルフ殿下が遠慮がちに声をかけてきた。
「なんですか?」
殿下に問いかける。
「今日の昼食に、スモールチキンを食べることは出来ますか?」
「ああ、今日の獲物ですね?」
「はい」
殿下が頷くと、皆が微笑まし気に笑う。
スモールチキンは魔の森に出現するEランクの魔獣だ。見た目は大きなニワトリで、体長は一メートルほどある。この町でもっとも食される魔獣で、今回の氾濫でも大量に討伐が行なわれている。今日の午前中も何羽討伐したか分からないくらいだ。
この町に滞在中は、ほぼ毎食スモールチキンを食べることになるだろう。昨日の夕食にも出たし、今日の朝食にも出て来た。
何故アルフ殿下がスモールチキンを食べたいと言ったのか。
彼は特別スモールチキンが好きというわけではない。
「初めての獲物なので、自分で食べたいのです!」
アルフ殿下が嬉しそうに言う。
実は彼は今日が初陣だった。最初に討伐した魔物がスモールチキンで、折角なので解体して持ち帰って来た。彼は初めての獲物を食べたいのだ。
「どうする? 俺は良いと思うけど?」
皆に意見を聞く。
「二人が良ければ、私は構わないわよ」
リアが、セラとアンジェリカに判断を任せる。
「私は良いよ」
「わたくしも構いませんわ」
二人が賛成の意思を示す。
「ベティさんも良いですか?」
「はい、もちろんです」
ベティさんに尋ねると、彼女も笑顔で賛成してくれた。
「ありがとうございます!」
アルフ殿下が嬉しそうにお礼を言う。
俺はマックスに視線を向ける。獲物のスモールチキンは、彼の部下が持ち帰ってきているはずだ。
「マックス、そういうわけで獲物を用意してもらっても良いか?」
「了解しました。部下達が昼食の準備をしていますから、そこで一緒にやりましょう」
この町には大勢の兵士が集まっている。全員が泊まれるほどの建物はないので、大半の兵士や冒険者は天幕を張って野宿している。料理や食事もその周辺で行なっているのだ。
俺達はブリスト伯爵領軍の野営地に移動することにした。
◇
「こちらが、アルフ殿下が討伐されたスモールチキンです」
マックスの部下が獲物を運んできてくれた。
改めて見ると本当に大きい……
見た目は前世のニワトリと同じなのに、大きさが全く違う。ノーマルチキンやビッグチキンは更に大きい。キングチキンに至っては全長八メートルだ。改めて魔物の大きさに驚く。
「早速食べましょう!」
「慌てないの。料理しないと食べられないでしょ」
少し興奮気味のアルフ殿下をリアが嗜める。
「料理はどうされますか?」
「どうしようか……」
マックスは自分達で料理をするか聞いたのだろうが、自慢じゃないが俺は出来ない。前世は外食かレトルトばかりで、料理は全くと言って良いほどしなかった。転生後は公爵子息だ。自分で料理をする機会はなかった。
リア達に視線を向ける。
「私は無理よ」
「私も」
「料理をしたことはありませんわ」
三人の婚約者は全員料理が出来ないようだ。彼女達は、王女、伯爵令嬢、侯爵令嬢だ。出来なくても当然と言える。
「私も料理はしたことがありません」
アルフ殿下も自己申告する。
俺はベティさんに視線を向ける。彼女なら出来るかも知れない。
「ベティさんは出来ますか?」
「多少は出来ますが、領兵にお願いした方が良いと思いますよ」
ベティさんが苦笑しながら言う。
もっともな意見だ。
「そうですね。マックス、お願いしても良いかな?」
「分かりました」
マックスは返事をすると、彼は料理中の領兵達の方を向いた。
「ミッキー!」
「はい、隊長!、じゃなかった、兵士長!」
一人の若い兵士がやって来た。
彼はたしか――
「挨拶しろ!」
「はい! 第三小隊所属のミッキーと申します!」
ミッキーが敬礼をする。
「たしか、ブリスト伯爵領で会ったよね?」
「はい、その節は大変お世話になりました」
彼は元マックス小隊の兵士で、村民救出に尽力していた兵士の一人だ。
「こいつは第三小隊の料理番で、ブリストにある定食屋の息子です」
「へえ、そうなんだ」
「はい、ボア料理を出しています」
ブリスト伯爵領の魔物領域には、ボアが出現する。定食屋でボア料理が出るのは当然だろう。
「アルフ殿下の獲物を料理してほしいんだけど、スモールチキンでも大丈夫?」
「基本は同じですから問題ありません。何か希望はありますか?」
スモールチキンを使った料理か……
鶏肉料理と考えれば――
チキンカレー……は無理か、唐揚げも無理だな。ローストチキンも無理だし……。鉄板で焼くか直火焼き、あとは鍋で煮るくらいしかないだろう。
領兵達の方を見ると、大鍋で野菜と一緒に煮込んでいるようだ。
「焼くか煮るかだよね?」
「そうなりますね。あとは味付けで違いを出すくらいでしょうか?」
「例えば?」
「お勧めはうちの秘伝のソースです」
ほほう……
「どんなソースなの?」
「メアの果実を使った甘辛いソースです。野菜と一緒に鉄板で炒めて、ソースをかけて食べます」
ミッキーの表情からは自信が感じられる
「メアの果実を使ったソースなら、サザーランドにもあるよ」
「そうなのか?」
「うん。カルパッチョにかけて食べるんだ。甘いけど、どちらかと言えばさっぱりとしたソースになるかな」
「夏に食べそこなったやつね」
「次回はきっと食べますわ」
セラだけでなく、リアとアンジェリカも知っているようだ。どうやら食べたことはないようだが……
「私はその料理が良いな。どんな味のソースなのか興味がある」
セラはソースに興味があるようだ。ミッキー提案の料理を希望する。
リアとアンジェリカも賛成のようだ。
「私もその料理が良いです」
アルフ殿下も賛成だ。
ベティさんに視線を向けると笑顔で頷かれた。彼女も賛成のようだ。
「それじゃあ、その料理をお願い」
「了解です」
ミッキーは敬礼をすると、料理に取り掛かった。
彼はあっと言う間に鉄板の準備を整え、料理を終えた小隊の所へ行き、火を分けてもらう。材料を目にもとまらぬ速さで切ると、手早く鉄板で炒め始める。
「手際がいいな」
ミッキーに声をかける。
「慣れていますから。――兵士長、食器の用意をお願いします」
「おう、パンも一緒に持ってくる」
マックスが食器の準備を始める。
元小隊の部下というのもあるのだろうが、兵士長に食器の用意を指示するあたり、距離の近さを感じる。前任の兵士長ではこうはいかなかっただろう。
俺達はその様子を見ながら、料理が出来るのを大人しく待った。
◇
「お待たせしました。『スモールチキンの野菜炒め、秘伝ソース和え』です」
俺達の前に料理が提供される。
見た目は普通の肉野菜炒めだが、味の方は――
「うん、美味い」
味も普通の肉野菜炒めだ。秘伝のソースも良い味をしている。
前世の市販のソースに比べれば劣るが、十分に美味しい。
「美味しいです!」
アルフ殿下は料理を気に入ったようだ。
まあ、目的は初めての獲物を食べることであって、秘伝のソースは二の次だ。
「良い味のソースね」
「炒め物に合うね」
「欲しいですわ」
三人はソースを気に入ったようだが、スモールチキンに触れるべきだろう。アルフ殿下が少し不満そうな顔をしている。
そんなアルフ殿下を見て、ベティさんがさり気なく褒める。
「殿下が討伐したスモールチキン、とても美味しいです」
「本当ですか!」
「はい」
「嬉しいです!」
さすがベティさんだ。アルフ殿下の扱いが上手い。
「スモールチキンも美味しいわ」
「アルフ殿下の初めての獲物だもんね」
「美味しく頂いておりますわ」
「ありがとうございます!」
思い出したように三人も褒める。
アルフ殿下も嬉しそうだ。
ミッキーに小声で話しかける。
「ありがとう。アルフ殿下も喜んでくれたみたいだ」
「喜んでいただけて自分も嬉しいです」
「ミッキーは将来実家を継ぐの?」
「いえ、兄貴がいますから」
「そっか。じゃあ俺が領主になってからも、ミッキーの料理が食べられるね」
「腕を磨いておきます」
ミッキーは笑顔で答えた。
アルフ殿下が討伐したスモールチキンは、マックスとミッキーを含めた八人のお腹の中に綺麗に納まった。
「お腹一杯」
「食べ過ぎましたわ」
「チキンは当分の間、食べなくても良いわね」
三人は満足した様子だ。
「この町にいる間は毎食チキンだと思うぞ」
「言ってみただけよ」
リアが苦笑する。
今日だけでも相当な数のチキンを討伐しているし、明日以降もそれは変わらないだろう。
「次はノーマルチキンを討伐して食べます!」
アルフ殿下がやる気を見せる。
残念ながら、明日以降は町で留守番だろうな……
料理の話を書いて「醤油」の重要性を再認識しました。
日本人の食べるほとんどの料理に醤油が使われていて、醤油がないと料理一つ出すのにも苦労します。
醤油が存在する世界にするか、なろうらしく醤油を開発するか……
今後の作品を作る上で重要な課題になりそうです。




