サザーランドでの出来事
第三章第十話「決着とその後」頃の話です。
三人称視点です。
ブリスト伯爵領の魔物の氾濫から数日後。
オフィーリア、アンジェリカ、セラフィナの三人は、いまだサザーランドに滞在していた。
「これ美味しいですわね」
夕食のカルパッチョを食べ、、アンジェリカが感想を口にする。
「本当に美味しいわね。ソースがとても合っているわ」
オフィーリアも気に入ったようだ。
二人の反応を見たセラフィナが、嬉しそうに解説する。
「ソースは果実ベースだよ。最近研究が進んでるんだ」
「果実って、メアとの流通が回復したんですの?」
「さすがにそれはまだ。その果実はメアのものじゃないよ」
セラフィナが苦笑する。
サザーランドとメアの間の流通は、現在完全に止まっている。彼女達は数日前まで、その問題を解決するために尽力していた。夏季休暇が終わる頃には、徐々に回復し始めるだろう。
「以前はメアの果実でソースを作ってたんだ。でも、流通が滞ったでしょ? それで他からの輸入に切り替えたんだけど、そのままのレシピだと使えなくて」
「それで研究が進んだのね?」
「そういうこと」
オフィーリアの指摘のとおり、この数年で果実ソースの種類が増えた。サザーランド伯爵は流通の問題に対処する形で、果実の輸入元を増やした。その結果、市場に並ぶ果実の比率が変わり、多様なソースが生まれる結果となったのだ。怪我の功名と言える。
「私は以前のソースの方が好きです」
セラフィナの弟のニコラスが、少し不満そうに言う。
彼はまだ八才だ。好き嫌いは普通にある。
「あっちの方が甘くて食べやすいからね。でも、残したら駄目よ?」
「大丈夫です。こっちも嫌いではありません。残すのは良くないことです」
ニコラスは頑張って夕食を食べる。嫌いな物でもちゃんと食べる。貴族の食事は民の税で賄われているのだから、好き嫌いして残してはいけない。サザーランド伯爵家では、そういう教育をしているからだ。
彼の様子に三人は、微笑まし気な笑顔を見せる。
「メアの果実ソースも食べてみたいですわね」
「同じ果実のソースなら用意出来るかも知れないけど、メアの果実はまだ無理かな」
「滞在中は難しそうね」
「残念ですわ」
メアとの流通が回復するのはもう少し先だ。アンジェリカも理解しているので、本気で要求したわけではない。
三人は苦笑し合う。
「来年以降に来てくれたら用意するよ」
「折角なら、レイチェルさんとモニカも連れて来たいですわね」
「良いわね。来年も皆で来ましょうか?」
「楽しみですわ」
オフィーリアの提案に、アンジェリカも乗り気な様子を見せる。
「アレク兄さまも一緒ですか?」
「ええ、もちろん」
ニコラスの質問に、オフィーリアが笑顔で答える。ニコラスの顔が満面の笑顔に変わる。
彼はアレクのことも大好きなのだ。
「凄く楽しみです!」
「王都でも会えるでしょ?」
「学園に入ったから、アレク兄さまにもリア姉さまにも、中々会えません!」
「あー、そう言えばそうだね」
ニコラスが一転不満そうな表情で言い、セラフィナも納得して頷く。
サザーランド伯爵家は、家族全員で頻繁に王都に滞在する。伯爵の王都での仕事が理由だ。以前はその期間に交流があったのだが、彼等が貴族学園に入学したことで交流が減っている。ニコラスはそれが不満なのだ。
「卒業するまでは中々会えないわね」
「卒業したら、セラ姉さまがお嫁に行ってしまいます!」
オフィーリアが宥めるが、それはそれで別の不満があるようだ。
「成人したらアレク兄さまと結婚して、王都に住むのでしょう?」
「王都とは限らないけどね」
「え!? サザーランドでも良いのですか?」
「さあ、どうだろうね」
セラフィナは弟を揶揄って遊んでいる。
オフィーリアもその様子を見て微笑んでいる。
「アレクはわたくしの婿に来るのですから、卒業後はバミンガムですわ」
「え!? そうなのですか?」
アンジェリカの発言にニコラスが驚く。
彼は慌てて姉に向き直り質問する。
「姉さま、振られてしまったのですか?」
「振られてないわよ。アンジェリカが勝手に言っているだけ」
セラフィナが淡々と否定する。
ニコラスは困惑の表情を浮かべ、オフィーリアの方を向く。
「どっちが本当なのですか?」
「どちらかしらね。私と結婚するかも知れないわよ」
「えっ!?」
再度ニコラスが驚く。彼の反応が微笑ましく、三人はクスクスと声を漏らし笑い始める。
ニコラスは三人の顔を見回し、困惑の度合いを深める。
「誰が本当なのですか?」
「ニコラスは誰がお嫁さんになるのが良いと思う?」
オフィーリアが問い返す。
質問を質問で返され、ニコラスは必死に考え始める。彼の一番はセラフィナだ。大好きな姉の願いが叶えば良いと思っている。しかし、オフィーリアも実の姉と変わらないし、アンジェリカもこの数日の間、自分をかわいがってくれている。
出来れば三人とも希望が叶えば良い。
そんな彼が出した結論は――
「三人とも結婚するのは駄目ですか?」
全員だった。
彼の優しい回答に、皆が笑顔になる。
「……そうね、それも良いかも知れないわね」
「はい!」
オフィーリアが慈愛のこもった笑顔で答え、ニコラスが嬉しそうに頷く。
居住地の話は消え去ってしまったが、彼は満足そうに笑っていた。
四章始めの質問に繋がる話にしようと思ったのですが難しいですね。
不自然にならないように気をつけたら、山も谷もない話になりました。




