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異世界転移したけど推しが活躍する予定の新刊を読みたいから帰りたい。  作者: 恵ノ木
第一章 エストティティア王国 王城
7/10

人間の椅子は

 今、何が起こった?


 とくとくと広がる血溜まりに、足が浸る。

 鮮明な赤。鮮明な赤。

 死んでしまう。死んでしまう……!!


「チーナ!!」


 膝をついて肩を掴む。跳ねた血が服に着く。垂れ下がった手。合わない焦点。


「チーナ、ねぇチーナ!……ぅわっ!」


 襟ぐりを掴まれ、後ろに引っ張られる。見るとそこには、先程ドア付近に立っていた人。

 わらわらと数人の男がチーナを取り囲み、布の上に乗せる。どこかに持って行くつもりだ。待ってよ、まだ、……せめて、目を閉じさせてよ。


「離してくださ……っ!」


「大丈夫ですか?」


 振り返った先の、私を掴んでいる人の、ひどく優しい目。店で服を選んでいる時に、店員が見せるような。おろおろとしていた時に、声をかけてくれるような。そんな、なんてことのない日常で見かける、優しい目。


「髪を、切られたのですか?」


 はい、と答えようとして、違うと思った。この人は、「切られた」を尊敬語として使っているのではない。受け身だ。チーナに切られたのかと、そう言っているんだ。


「大変なご無礼をいたし……」

「私が自分で切りました」


 彼が言い切る前に、言葉を遮る。

 チーナの方に駆け寄ろうとしたが、また後ろから、今度ははがいじめにされた。


「汚いので、近づかないでください」

「よくっ、わかりませんっ!」


 なんとか抜け出そうと足を踏ん張るが、女子の力で大人の男1人に叶うわけがない。


「……可哀想に、貴女は何も知らないんだ。獣人の、しかもネズミなんてのは、とても卑しい存在なんです。顔から手の先まで毛が生えて、清潔感のカケラもありません。汚らしい。それに馬鹿で、劣っているので、便所の掃除やゴミ捨てくらいしか、普段はやれないのですよ。あぁ汚い。見るのもおぞましい」


「全国の清掃員とゴミを処理してる方々に謝れ!!」


 自分でもびっくりするくらいの剣幕。息が荒れる。必死に首をひねり、目を、極限まで端に動かして、自分を掴む人の顔を見る。


「それらも全て獣人ですが」


「こっちの世界の話ですよ。いや、それも違う。獣人だろうが何だろうが、私たちの生活を豊かに、快適にしてくれる存在は、全てに価値があり、評価されて当然だ」


「いいえ」


 ……は?


「何の価値もありません。いえ、むしろ汚物のような存在に、生きる価値を我々が与えてあげているのです。むしろ彼らは感謝して然るべきだ。我々は神の命により彼らを管理し、彼らは人間に生かされていることに対して感謝する。当たり前の話です」


 だめだ。これは。価値観がまるで違う。


「あのネズミは、自分が汚いにも関わらず、貴女に近づきすぎました。だから殺しました。貴女も以後、お気をつけください」


 何を言っているのか、耳に入ってこない。


 向き直ると、すっかり布で包まれたチーナが、ぶんっと男の肩に担がれる。


「チーナ……」


「さっきから疑問だったのですけれど、そのチーナっていうのはまさか、あの汚らしい生物の名前ではありませんよね」


「汚らしく無い!チーナは、チーナは可愛い女の子だ!!」


 お洒落に憧れる、可愛い女の子なんだ。

 視界が揺れる。


「物みたいに扱いやがって……」


 はた、はたっと、頬から、滴が落ちる。


「触らせてよ、布の上からでいいから」


 腕を伸ばす。もう、出口を今にも出ようとする、布の塊に向かって。


「だから言っているでしょう。汚いから、いけません」


「汚く無い」


 扉が閉められ、拘束が解かれる。

 急いで走って行ったが、あと二歩のところで、ガチャリと、鍵の音が鳴った。


 その場にぺたんと膝をつく。


「貴女には、1からご説明いたしましょう。おやおや、そんな怖い顔で振り向かないでください。どうやら貴女は誤解をしているようだ。おおよそあのネズミに何か吹きこまれたのでしょう。その勘違いを、今から正しませんとね」


 テーブルの上の、冷え切ったシチューへ目を移す。


「こんな粗末なものをお出ししてしまったのですね。申し訳ありません。今度からはきちんとした食事を、人間に運ばせましょう」


 床に落ちていたナイフを踏みつけて、男は歩く。何の躊躇いもなく、ソファに、腰掛けた。


「こちらに座ってください。少し長話になるんですから。さぁ」


 ゆっくりと立ち上がって、背中を向けたまま、その場で立ち止まる。


「早く来てください。大丈夫です。私達は分かり合えます」


 ゆらりと振り返る。

 決めた。私はここから動かない。


「同じ人間、尊い存在なのですから」


 彼の笑顔が、小学校の先生の様な笑顔が、おぞましい。


 チーナ、あなた、あれに座らなくて正解だった。

 あれは汚い。あれが汚い。都合良く取り繕われた、醜い支配者の椅子だ。

 あんな椅子、もう絶対に座らない。

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