金髪と君の毛
「完全にスープ、冷めてしまいましたね」
泣き止んだチーナの声にハッとする。
「あ!、冷めてるのに食べてって、私、ひどいよね!ごめんね!」
「あ、あの、そんな、攻めたつもりじゃない……って、あの言葉、本気だったのですね!すみません、人間の食事に手をつけるという発想が無かったので、つい」
恥ずかしそうに、手で頭をごりごりしている。
「それにこんな豪華なお食事、まさか私が食べれるとは思ってもみませんでした。普段は野菜の茎の部分とパン一切れで、お肉は、骨についていた残りなどを必死に削いで……って、すみません、つまらないですよね!」
すごく大切なことと、すごくどうでも良いことが、同時に頭を巡っていて、少し混乱していた。
この訳の分からない肉の塊と牛乳のシチューが、ご馳走に見えてしまうのか。
いやまぁ、肉の塊はお金かかるだろうけれども。
そして、獣人は、雑食か。
「私、チハルさんの世界の話も、聞きたいです!いい、ですか?」
力のこもった、曇りのない瞳。さっきまでの宙を浮いていた視線とは違う。
「5年前の人は、直ぐに王城から出て行かれてしまったらしいので、会えなくて」
5年前?に?異世界転移?
そんな頻繁に起こって大丈夫なのか?
「チハルさんの髪の毛、素敵ですよね。淡い金色で、短いけれど、サイドだけ一房ずつ、長いんですね。えりあし?が、緑。これは、えっと、葉っぱが太陽に照らされて、さらさら流れてるような、そんな感じの、色ですね!」
……、すごい、大正解だ。
この髪型は推しの髪型。推しは元々山奥の深い森の中に棲んでいたドラゴンで、太陽の光を浴びた姿は、神話に登場するどの生き物たちよりも神々しく描かれていた。
髪を褒められると、推しを褒められているようで嬉しい。
「向こうの世界では、そういうのが普通なんですか?」
純粋な眼差し。そんな風に見つめられると、「うん」と言いたくなるけれど、
「いや、正直、道行く人に二度見されるくらいには、奇怪で目立ってたよ」
正直に答えた。
「そうなんですか。えっと、染めているん、ですか?」
「うん、染めてるの」
「目立つのに?」
「目立つけど」
私は推しを身近に感じたいと思ってこの髪型にした。そのことについては何も後悔していない。ただ、電車などでの視線は結構痛い。推しへの愛で乗り越えているが。
「……かっこいいですね」
言いながらチーナは、自分の頭の髪の毛を触る。
人間みたいな髪の毛。顔の毛と同じ灰色だけど、周りの毛よりも長い。
「一度でいいから、違う色にしてみたいなって、思うことは、あるんです」
雲の隙間から日が溢れたのだろうか。淡く、窓の影がチーナの顔におちている。
「今のままでも可愛いし、染めても、面白いよ。自分はこうだって思っている、その殻を破れるの」
その世界を開いてくれたのが、私の場合は推しだったという話。
「自分はこうだって、思っている……」
ふっとまた、チーナを照らしていた光が消える。
「染めたいなって、言ってみて、いろんな人が、怒っている顔が、浮かぶんです。お前なんかが、そんな不必要で、風紀を乱すようなこと、してはいけないって。そんなことより、働けって、言われるんです」
少し声のトーンが下がる。
「そうなのかって、納得してたけど、人間たちは、いろんな、綺麗な髪の色の人がいるのを見て、地毛の人もいるけれど、染めている人が大半だよって言われて、なんでって」
少し震えている拳を握りしめて、こちらを向く。
「私だって変わったみたいって、そう思うのって、ダメなんですか!」
大きな声。ずっと小声で喋っていたチーナの、心の底から湧き出たような声。
「あ、ごめんなさい、また私……ワガママみたいなことを……」
「ダメじゃない!」
本心だ。それがチーナの、心の声だ。
「ダメじゃないよ、きっと」
私も、ずっと染めたかった。推しに出会って、染めたいと思って。推しの考え方が憧れだった。世の中の理不尽な現象を許さない。目を背けない。正面から、食ってかかる。でも、高校生のうちは、それが禁止されていた。なんなら、元々茶髪の子だって、黒く染めさせられていた。
酷い世界だ。どこもかしこも。推しだったら全てに怒って道を照らそうとしてくれる。
テーブルを見ると、肉用のナイフ。
おもむろにつかんで、自分の、左側の長い金髪を切る。
「え!!」
チーナがつまづきながら駆け寄った。
「な、何をなさるのですか!せっかくの、せっかくの髪の毛!!」
あわあわ手を動かすチーナの髪に、その金の一房をそっと乗せる。
「左右非対称にしたいなって、丁度思ってたんだよね」
作中で推しも、左側が切られていたから。
「それに、ほら、あそこの鏡、ここから見えるかな?
近づく?可愛いよ」
髪を押さえながら、壁に埋め込まれた鏡の方にチーナの顔を向ける。メッシュのような役割を果たした金色は、灰色の地毛の美しさを、より一層、際立たせているようにも見える。
「……、夢みたい」
立ち尽くしたチーナの瞳は、おしゃれに憧れる少女そのものだ。
「でも、本当に良かったんですか?」
「私はまた一歩、推しに近づけて幸せだよ」
見た目も、精神的にも。
「?」
でも、このままこの髪の毛を持っていってもらうことはできないもんなぁ。捨てられてしまいそう。
「またさ、ここに来てよ。そしたらまたこれ付けて、それでさ、もっと話そう!」
「はい、ぜ、ひ……」
開け放たれたドアと、大きな鈍い音。
目の前で崩れるチーナの体と、ハラハラと宙を舞う金色の髪の毛。
どしゃっと、地面に落ちて、背中から血が、どくどく溢れる。
ドアの先には、何人かの人間。
彼らの1人が手にしているのは、重たそうな、銃。
銃口から煙が上がる。
足元には、開けっぱなしになった目が、定まらない焦点で、どこか遠くを眺めていた。




