ある昼下がり
千春は浮かれながら歩いていた。今日は待ちに待った、小節『サーターアンダーギーとケバブという謎の特殊能力を与えられ召喚士として転生したので、とりあえずみんなの胃袋を掴んでみることにしました。』の発売日。ネットで見かけてからずっと応援してきた異世界転生の本で、その6巻が今から手に入る、ということだ。
5巻の最後、推しのデュカが主人公の前に出て、強敵、ショクチュウードクーに挑みかかった。6巻ではその戦いの模様が見れるだろう。デュカ様がこれからどんな戦いをするのか、楽しみで仕方がない。
しかし少し不安なこともある。作者の他の作品も大好きで読んでいたのだが、あの作者は主要人物でも容赦なく殺してしまう。もしデュカ様が死んだら泣いちゃうよ。しばらく大学行けない。
いや、きっと大丈夫だ。なんてったって彼は人間じゃない。ドラゴンだ。元ドラゴンのイケメンだ。読者からの人気も高い。死ぬはずがない!!
交差点に着いて立ち止まる。赤信号。デュカ様の瞳の色だぁ……いやいや、浮かれすぎ。
ふと、ちかっと目の端で何か光った。反射的に光った右側を見る。そっちは歩道が続いていて、赤い石が、街路樹の下に置かれている。模様が見えた気がした。千春は目が良い。2.0くらいはあるはずだ。見間違いではない。
今から行く店は、グッズも売っているようなところだから、そこからの帰りに、誰かが落としたのだろうか。もし落とし物なら、これは店かどこかに届けた方がいいだろう。おそらくあれも、誰かの推しのグッズだ。今頃気がついて、悲しみと焦りのあまり友達にすがりつき、嘆き叫んでいるかも知れない。
信号は青に変わったが、それは気にせず右に曲がる。赤い石を拾い上げた。
三角形の面が8個合わさった、正八面体の石。中に不思議な模様が浮かんでいる。炎とも植物とも言い難い。真ん中に小さな丸があって、その周りを幾多の線が、うようよと上へ、下へ伸びている。
何の作品のグッズだろう。凝ってるなぁ。
太陽の光に照らされた石は、ほんのりと温かさがある。そうか、この模様、
「太陽か」
ポツリと呟いた瞬間、石が急激に熱くなり、閃光のような光を放ち出した。思わず手を離したが、それは空中に留まったまま光り続ける。
「嘘だろ……」
そうそう、こういうの私知ってる。いきなり光るやつってさ、異世界への扉開いちゃうやつか、もしくはUFOに拐われるかだよね。
え、待って、せめて新刊。新刊を買わせて。新刊持って異世界行くから。私の推しの活躍を見てから行くから、待って―――
光が千春を包み込み、彼女はその場から消えた。遠ざかる意識の中、「みんな、道端に落ちてる物を安易に拾ったらダメだよ!」と、実況動画の人みたいなことを頭の中で呟いていた。




