時が経つのを忘れるもの
いかにも古風な木でできた郊外のカフェに一人の客が秋半ばのそよそよしい風と共に入ってきた。
客はブラックコーヒーを頼むとまるでモデルのような風貌で新聞を読み込んだ。
「ブラックコーヒーです。」
店員の声にも反応せず、ただ新聞とコーヒーだけに向き合う男。その姿は過ぎ去る時間に見向きもしない、堂々としたものだった。
しばらく時間が経って。
「店員さん、サンドウィッチとブラックを一つ。」
「かしこまりました。」
その空間に目を背けた一瞬のうちに男の席には頼んだものが運ばれた。
店の端にあるテレビは申し訳なさそうにその音を発している。少し耳を澄ますと著名な者同士で子供が産まれたとかであった。
新聞は何日も前のものに変わり、外で吹く風達はすっかり春のものになっていた。コーヒーをすするその音はテレビと妙な駆け引きを生み出し、やがて、その小競り合いは大勢の泣き声によって勝敗を決めた。
なんでも、著名な二世タレントが亡くなったとかでその周りにいた者たちは狐のように嘘泣きを繰り返していた。
コーヒーを飲み終わると次はサンドウィッチ。男は唾液を垂らしながら、つつこうとするも、それは既にねずみの餌程にしかならない腐ったパンになっていた。
「しまった...!」
と声を上げた男だかその表情は全く困りを連想させず、何事も無かったかのように底にへばりつくコーヒーをゴグッと飲み干した。
そのゴグッという音と共にねずみの餌はたちまち活気を戻し、亡き者とされた人間は正気を手に入れた。とっくに過ぎてしまった秋風はまだ私たちの番だと言わんばかりに春風を押し倒し、自らの季節だと名乗りを上げた。
「お会計は...。」
「800円になります。」
カランカラン
「ありがとうございました。」
どうやら時は戻ったようだ。