第42話 動き出した者たち 百の剣 Ⅰ
「おい、おまえの出番だぞ」
奴隷商人が俺の出番を告げる。
「……」
「ちぃ、あいからわず、無口な野郎だ。
もしかして、おまえ、話ができないのか? まあいい早く闘技場へ入れ。
俺はおまえに、銀貨10枚かけているんだ。
負けたら承知しねえぞ」
「……」
俺は闘技場に入り、対戦相手を見つめる。
あきらかに俺の相手にはならない。
元の世界で百剣のメダリオスと言われた最強の冒険者だった俺にはな……
…… …… ……
今から3カ月前に、俺はオルネリア武游国で冒険者の当主である領主の依頼により獣人との交渉を失敗させる悪事に加担した。
フッ、罰が当たったんだろう。
今は異世界に飛ばされ、戦闘奴隷として闘技場で戦う日々だ。
雨が降るテントの中で聞いた、奈落のダンジョンから来たと言う魔物の声、人間の姿に化けたドラゴン、シューティングゲイトへの忠告の声は俺にも聞こえた。
危険だと判断してとっさに転移の宝珠を使ったのが良いが、なぜか異世界に転移してしまった。
奈落のダンジョンから来た魔物が攻撃魔法を仕掛けたのがわかった。
辺り一面が吸い込まれる感覚に陥ったからな。
攻撃は食らわなかったが、異世界に転移されるとは俺もつくづく運がない。
命があっただけましか、それはないな。
俺が目覚めた時には檻の中で、左腕には奴隷の紋章をつけられていた。
それもただの奴隷の紋章ではない。
魔法がかけてあり、主人の言う事を聞かないと痛み出す始末だ。
それに加えて、奴隷用の特別な魔法がかかっている首輪をつけられ強力な拘束力を与えている。
奴隷の紋章から胸を通し、首輪に伝わり苦しみが増すと言う代物だ。
わかっていることは奴隷の紋章から、魔法を発動すると言う事だ。
それも魔法をかけたやつと共鳴している。
常に微量ながら魔法力が使われている。
術者はおそらく近くにいると思うのだが一度も見た事がない。
俺の前に顔をださず、誰かもわからないのだ。
憶測ではあるが術者を始末すれば奴隷の紋章がとける可能性はある。
そのせいで俺の近くにいないのだろう。
奴隷商人、こいつに逆らっても魔法が発動する。
何らかの支配できる魔法がかかっているらしい。
俺が元居た世界にはない魔法なので今の俺には対応ができない。
命令されて奴隷剣闘士として、闘技場に出てる始末だ。
俺は実力をひた隠し、奴隷の紋章を解除する機会をうかがっている。
闘技場で名をあげれば、貴族の用心棒として買われる可能性がある。
今まで様子をうかがって、買われていく奴隷戦士が何人かいたのだ。
俺はその機会を待っている。
貴族に買われる時には、奴隷の紋章の契約を移行する儀式があるのがわかった。
主人を変える儀式の時が唯一のチャンス、俺は解放されるため、わざと実力を隠し闘技場に立っている。
俺は儀式の時に、全力で抵抗し奴隷の紋章をつけた魔法使いと奴隷商人を殺すのだ。
それを心に刻んで今を生きている。
この異世界の支配者層は屑だ。
いや人間そのものが腐っている。
俺が雇われていた冒険者組合の当主も、頭がいかれていると思ったがそんなのはかわいいもんだ。
今を思うと当主は魔物に対しては正義感のある人物だったとつくづく思う。
この異世界はいかれちまっている。
人の命がないものにひとしい、その世界から脱出する機会を待っているのだ。
「勝者、メダリオス」
「オオオオォー」
「クソー、スっちまった」
「メダリオス、すてき」
「死んじまえバカ野郎」
闘技場の歓声と怒号が鳴り響く。
これで25勝目だ。そろそろ貴族の話しがきてもいい頃合いだと思うのだが……
「よう、メダリオス。
危なげなく勝ったな、ご苦労さん。
でもおかげでもうけさせてもらったぜ。
今日はうまい酒が飲めるぜ、へへへ」
「……」
「おまえに言い話があるぜ、ついてきな」
ようやく機会がおとずれたのか?
「メダリオスこちらに来な。
おまえさんは運がいい。
闘技場に見に来られていた貴族のご婦人のかたが、おまえに夜の相手をしていただきたいそうだ。
わかっていると思うが、言う事を聞いて失礼なことはするなよ。
ご婦人たちを存分に楽しませてやってくれ、そうすれば明日の飯は豪勢な物が食えるぞ。
逆に機嫌を損ねられたら、飯ぬきなのはわかっているな。
あちらに貴族専用にこしらえた特別な部屋がある。
風呂に入って体を奇麗にしてこい」
「……」
「ヘヘッヘヘ、よかったじゃねえか。
貴族様、相手にやれるとは俺もあやかりたいもんだぜ」
言われたとおり風呂へ入り、下着のままで貴族用の部屋に入る。
そこには中年の太った女性と、ちびで前歯が出ている気色の悪い中年の女性が待っていた。
悪夢だ、いかに禁欲生活をしているとしても、これはないだろう。
雌豚と狐の魔物と俺は交尾をしなくてはいけないのか。
元居た世界では美女がいいよって来るほどだったのに、あの時はなぜ相手にしなかったと今になって後悔する。
…… …… ……
俺は貴族のご婦人を満足させるために悪夢を見た。
…… …… ……
「ようメダリオス、昨日はお楽しみだったじゃないか。
ご婦人さまたちも満足して喜んでいたぜ。
またおまえに相手をしてほしいそうだ。
運が良ければ愛玩奴隷として買ってもらえるんじゃないのかな。
アハハハハァ」
「……」
殺す、絶対この奴隷商人を殺す。
「今日の朝食は約束どおり豪勢にしてやる。
あっ、そうそう午後からおまえは闘技場にたつが、今回の相手は気をつけな。
もともと、名持ちの冒険者だったらしい。
そいつを見に王族の関係者が来ると言う話だ。
万が一そいつに勝てば、王族に奴隷として買われるかもしれないぞ。
羨ましいこったな、アハハハ。
期待してるぜ、王族に買われるとなれば俺もたんまり金が入るからな」
これはチャンスだ。少しばかり実力を見せても問題はなかろう。
奴隷商人が言ったように朝飯は豪勢だった。
それだけは救いだった。
飯を食べながら思いだすことがある。
そういえば兄貴はどうしているかな。
俺が今まで冒険者家業で稼いだ金を全部つぎ込んで、兄貴に依頼してこいつらを全員殺してもらいたい。
兄貴の仕事を俺は不満を持っていた。
なんせ暗殺者だからな。
しかし、兄貴は一般人には殺しをしなかった。
むしろ、教会や保護施設へ金を寄付していたほどの優しい人だ。
俺たちが孤児だったのもあるが、年の離れた兄貴は俺を養うために暗殺者になったようなものだからな。
今になって兄貴の仕事が誇らしいと思ったことはない。
なんせ、ここにいる連中みたいなやつを闇に葬って来たのだからな。
暗殺者と言う仕事があるのも納得がする。
決めた、奴隷の魔法が解除できたら、この異世界で兄貴のような暗殺者になろう。
それまで我慢だ。
我慢するしかない。
…… …… ……
闘技場にたつ。
腹はふくれ万全な状態だ。
王族の関係者が来ていると言う話だ。
あれか煌びやかな服装のやつらが貴賓席にいる。
顔つきを見るとまっとうな面をしていない、やばいやつらだ。
遠目でもわかるとはなんともいいがたい。
しかし遅いな、俺はすでに闘技場に入っているというのに対戦者がまだ入ってこない。
そう思っていた時、ファンファーレが聴こえた。
おかしい、いつも観客の声だけでファンファーレが鳴るなどありえないのだ。
闘技場入り口から、頑丈な鎧をまとった戦士があらわれた。
! どういうことだ。
なんだあの装備、魔法が付加している装備ばかりだ。
斧がついた長槍、あれは間違いないミスリルでできている。
それに盾も大きくあきらかに、シールド系の強化魔法が付加してある。
鎧もそうだ鋼鉄製のフルプレイトメイル、持っている剣では到底切り裂けない。
俺は鉄の剣と上半身裸で装備など何もない状態だ。
! これは闘技ではない。
あきらかに殺戮ショーだ。
あの奴隷商人めやりやがった。
俺を捨て駒としてあの対戦相手にあてがったのだ。
これはやばい、俺を殺す気でいる。
もしかしたら、奴隷の紋章をつけた魔法使いが近くにいるかもしれない。
武が悪くなったら魔法を使い俺を苦しめて、対戦相手を有利にすることなど造作もない事だからな。
ここは短期決戦だ。
やつに接近戦を仕掛け、首を撥ねる。
それ以外は今使っている剣では到底とおらない。
空間魔法を使いグレートソードを出せば鎧ごとぶった切れるが今はできない。
首をうまく狙ってまぐれ当たりのように見せかけたいが、そうもうまくいくまい。
初切りで首を撥ねる作戦しかない。
長引くことは絶対にできない戦いだ。
闘技場中央にいた俺の元に対戦相手は近づいて来た。
兜を取り、私に握手を求めている。
「私の名はキグナス・ブライト、先日まで冒険者をやっていたのだよ。
よろしくな」
「……」
「確か君はメダリオスと言ったか、正々堂々戦おうじゃないか、良い試合ができるか楽しみにしているよ。
それじゃ、お互いに頑張ろう」
そう言って握手もせずに下がってしまった。
良い試合だとふざけやがって……
装備を比べて見れば雲泥の差がある。
実力は本気を出せば天と地ほど離れているが、今は見せたくはない。
ここは初切りにかけるしかない。
試合の始まるドラムの音がなる。
「ドン」
試合が開始された。
私が間を詰めようとしたが、その前にキグナスはスキル俊足を使い突進してきた。
スキルを使用もするのか! 俺は禁止されていると言うのに……
先が斧の槍を振りかざしてきた。
俺は槍を剣で受け流し、下段に払いのける。
一歩間を詰め返し切りでキグナスの首に剣を向ける。
「スパン」
キグナスの喉元を切り裂いた。
ちぃ、浅かったか、首を撥ねられなかった。
しかし、意外にダメージは深刻で喉元の切られたキグナスはふらつきそのまま倒れてしまった。
「キャー」
観客から女性の悲鳴が聞こえる。
闘技場で女性の悲鳴が聞こえたのははじめてだ。
いつもはやじや罵倒、笑い声が聞きこえているのだ。
すぐさま救護班がかけより、回復魔法をかけ傷の治療をする。
闘技場の中で回復するのもはじめてだ。
観客はざわつき、王族の関係者もそそくさと来賓席から出て帰ってしまった。
勝ち名乗りもあげずに、闘技場から追い出されてしまった。
やはり、ただの殺戮ショーだったらしい。
部屋に帰ったら、奴隷商人が渋い顔をしていた。
なにも言わず夕食がでず、狭い部屋で夜を過ごした。
このまま殺されるかと思ったが、朝になって奴隷商人の態度がかわっていた。
「おい、メダリオス、おまえ王族に買われるかもしれないぞ。
朝方、俺あてに手紙がきた。
王族からの手紙なんぞ、誰ももらったことがない。
嬉しいのだが、書いてあった内容は金貨3枚でおまえを買うと言う内容だった。
貴族が戦闘奴隷を買う10分の1にもならない。
しかたねえな、王族には逆らえない。
おまえは運がいいぜ。
10日後、城に行く事になっている。
城の王子さまが、おまえを気に入れば買うと言う事だ。
専属護衛に名うての冒険者を雇うか迷っていたらしいな。
おまえが倒した事によって、どうやら奴隷を授けるようだ。
運が良ければ王子さまお付きの奴隷になれるぞ。
城に行ったらうまくやれよ」
「……」
ああ、うまくやる。




