第40話 動き出した者たち 銀次と銀二朗 Ⅰ
ファントムグリードと呼ばれる星のアストリア大陸、北東の地方に獣人たちが住む大きな集落がある。
一昔前に、神を名乗る者たちが、原住民たちを裏で操り、混乱を起こしていた。
しかし、古代神の怒りにふれ、一匹の魔物が地上へ降臨し、うそで偽った神に鉄槌をくだしたと言う。
当時の獣人界を仕切っていた銀次と言う斑猫族の族長がいた。
神の使いとともに、えせの神を討伐したことはアストリア大陸では有名な話だ。
古代神のお告げにより、人間たちと獣人は和解し、アストリア大陸を平和に導き技術の発展に努めてきた。
当事者であるギンジも歳をとり、すでに80歳をこえている。
20年ほど前に族長を引退して、今は孫と隠居暮らしをしている。
そんなさなか事件は唐突に起きた。
白銀の悪ガキと言われる白銀色と黒色の斑猫の銀二郎(12歳)、若い頃のギンジとそっくりな孫が事件を起こしたのだ。
銀二朗は荒くれもので、強そうな者がいれば誰でもけんかをふっかけていた。
身内の者は手に負えなくなり、引退した銀次に剣の修行だと称し稽古をつけさせ預かっているのだった。
銀次は嫌な顔せず、むしろ預かったのは嬉しかった。
銀二朗を見て、昔の自分に重ねながら、欠点を見つめ直し稽古をつけていた。
老い先短いのだ、俺の覚えた技をすべて銀二朗に授けて見よう。
欠点を克服して、俺よりも強くするとはりきっていたのだ。
そんなさなか事件は起きた。
庭先に突然、異世界転移の魔法陣が現れたのである。
「おーい、銀じい」
「どうした銀二朗。
稽古はどうした。
わしが教えた基本の太刀の型を覚えたのか?
太刀の扱いは難しいのだぞ。
しっかりと稽古を積まなければいかん、遊んでいちゃ駄目だぞ」
「わかっているよ、銀じい」
「それとわしのことは銀じい様とい呼べ、口の利き方を直した方がいいぞ、トラブルの元になるからな」
「わかったよ、クソじい様」
「なんだと、今クソじいと言わなかったか?」
「耳が遠くなったのかよ、俺はちゃんと銀じい様と呼んだぜ」
「ん、そうだったのか、耳が遠くなったのかもしれんな。
わるかったな、それよりなんのようだ、銀二朗」
「……。
そうだ、あれあれ。
庭の真ん中に、突然、魔法陣があらわれたんだけど、あれって危なくねえのかな?」
「何だと、魔法陣だと、今行くわしに見せろ。
銀二朗、おまえは決して近づくなよ」
「わかっているよ、じい様」
銀次と銀次郎は庭の中央へ現われた魔法陣を見つめる。
青緑に輝く大きな異世界転移の魔法陣だ。
直径3メートルある。
「じい様、これって何なんだい」
「これは転移魔法陣だ、それも特殊なやつだな」
「転移魔法陣?」
「ああ、そうだ、しかしわれわれが使う転移の門とは違う。
こちらの方が高度に形成されている。
まさか神隠しの魔法陣か!」
「神隠しの魔法陣て、突然現れて異界に人を連れて行くってやつじゃねえの、うわさ話で聞いたことがある」
「そうだ、そのとおりだ。
異界に続く転移の門と言われている。
わしも長く生きているが、話を聞いただけで見たのははじめてだ」
「ヘー、異世界か、どんなところだろうな、行ってみたいぜ」
「バカ、やめておけ、おまえのような子供が行ったら、どこの異世界でも路頭に迷い行き倒れるのがおちだ」
「そうかよ、なんなら本当かどうか試してみたいな。
あらよっと」
そう言って銀二朗は面白半分で異世界転移の魔法陣に飛び込んでしまった。
「バカ、銀二朗」
銀次も追いかけて飛びこんでしまう。
異世界転移の魔法陣が発動し、2人を異世界に転送してしまった。
…… …… ……
転送先の異世界フィアーズグリード、エクスタ大陸、とある獣人界の召喚の間。
エクスタ大陸は長年、1匹の巨大な魔獣によって苦しめられている。
魔獣の名はガイデア、9魔神獣の一柱と言われる巨大な亀の魔物だ。
エクスタ大陸を支配しているが、すでに魔神獣ガイデアによって食い散らかせて、自然破壊も起き何もない大地に変貌をとげている。
残っているわずかな自然の中で、人々はつつましやかに暮らしている。
そんなさなか冬眠から目覚めた魔神獣ガイデアは、食べ物がないことに腹を立てて大暴れしていた。
魔神獣ガイデアの暴挙をとめるために、各部族の魔法にたけた古き獣人の長老たちが集まり、禁忌の異世界召喚術をおこなっていたのだ。
魔神獣ガイデアを倒せる、勇者召喚をおこなってしまう。
異世界召喚の魔法陣が輝き姿を現す。
「おお、成功だ。勇者が姿を現すぞ」
召喚魔法陣の中には二人の影が映る。
「! 虎の獣人? それも老人と子供!」
自分たちの歳と同じ老人の虎の獣人と子供が現れた。
各部族の長老たちは絶句し、絶望をする。
「失敗だ、神はわれわれを見捨てた。
もう力も気力もない、最後の手段だ、皆の者覚悟はいいな」
そう言って獣人の老人たちは剣をとり自らの首に刺した。
召喚された銀次と銀二郎はその光景をあぜんとして眺めていた。
各部族6人の獣人の長老たちは首を刺し死んでしまった。
後ろで見守っていたお付きである若い痩せこけた4人の獣人たちも、剣をとりみずから首につきつけようとしている。
しかし、手が震えてなかなか刺すことができない。
「待て」
銀次は威圧を込めながら大きな声で言った。
若い4人の獣人たちは、剣を落とし膝を崩れしゃがみ込んでしまった。
銀次は若い獣人たちに近づく。
「わしの名は銀次と申す。
おまえたちはいったい何者だ」
「……私たちは、エクスタ大陸に住む獣人の民で御座います」
「なにゆえ死に急ぐ、わしと違って若いおまえらが自ら命をとうとは何事だ」
「私らはこの地に住まう魔獣のために絶望のふちに立たされています。
お願いです、楽に死なせてください」
「ならぬ、おまえたちはわしをこの地に呼び、召喚したであろう。
その責任を取ってもらわぬとこまる。
死ぬなどわしが許さん」
「……」
「じい様、ここにいるのはやばいぜ、早くここにいる者たちを避難させた方がいい」
「なんだと、どういうことだ」
「外にバカでかい見た事もない魔獣がいやがる。
千里眼を使用して見ればわかるぜ」
「なんだと……
確かにいるな、なるほどこやつのせいでこの者たちは死に急いだのか」
「銀二朗、おまえの千里眼はわしより目がきく。
なるべく安全なところを探せ、非難させるぞ」
「わかった、すぐに探す。
……この方角がいいな。
こいつらはどうするのだ」
「わしが担いで行く」
「おいおい大丈夫かよ、じい様」
「理由がわからんが、やけに体が軽いのだ。
力もある、今のわしなら全員を運べよう」
「確かに俺もそうだ。
一人は俺が運ぼう、任せてくれ」
「ああ、わかった。
それじゃ、猫の女の子の獣人はおまえが運べ。
ここからはなれるぞ」
「急ぐが、ついてこられるかい、じい様」
「年よりあつかいするではない、大丈夫だついてこられる」
「事実、年よりだろうが、まあいい、それじゃいくぜ」
銀次と銀二朗は、4人の若い獣人を連れ、勇者召喚をおこなった場所から離れる。
「じい様、思った以上に速く走れるな」
「そうだな、しかしなんだここは?
何もない赤く焼けた大地が続いているのではないか」
「とんでもないところへきちまったぜ」
「おまえのせいだろうが、わしが注意しただろう」
「じい様、あの先の岩場に水が流れている。
隠れやすい、そこまで行こう」
「確かにわしの直観力も、あの岩場までくればあのバカでかい魔物にみつからずすむと言っているな」
「わかった急ごう」
…… …… ……
「ふう、ここまでくれば安心だぜ」
「そうだな、詳しい話はこの者たちに聞こう」
「まあ、そうだけどさ、だいたいは察しはつくぜ」
「そうだな勇者召喚は失敗と言っていたからな。
確かにわしらではあの魔獣には勝てそうにもないな」
「ああ、でもあんなバカでかい魔獣に勝てるやつなんてこの世にいるのかよ」
「いる、間違いなくいる。
わしが神と崇めているあのお方だったら容易く倒せるだろう」
「じい様が良く話を聞かせる、古代神が住むという遺跡にいる魔物の話か」
「そのとおりだ。『みつぐ』さまであったならばな」
…… …… ……
「気が付いたかい、お姉さんがた、ほれ水だ、少しは飲んだ方がいいぜ」
「ありがとうございます」
「ゴクゴク」
「ここはどこですか、ガイデアはどうしたのですか?」
「さあな、俺に聞いてもわからん。
それよりじい様が話を聞きたいと言っている。
詳しい話を聞かせてくれねえかな」
「……この世界の事をお話したいと思います」
…… …… ……
…… …… ……
…… …… ……
「魔神獣ガイデアかとんでもない魔物がおったもんじゃのう」
「過去に異世界から召喚された魔物だと聞き及んでおります」
「異世界か俺たちの住む世界にはあんな巨大な亀はいなかったな」
「そうだな、だがおまえも知っていよう異世界の来訪者が来ていることは」
「ああ、違う世界にはあんな化け物がいる世界もあるんだよな」
「そうだな、ちがいない」
「じい様、俺たちじゃ倒せないのかな」
「残念ながら2人では無理だ。
里の者と獣人界、人間界のつわものがあわされば討伐は可能だがな」
「おいおい、それは本当かよ」
「俺の直感力と危機察知能力では倒せると出ている。
2人では片足をつぶせるくらいしか出来そうにない」
「俺たちでも足をつぶせる可能性があるんだ」
「ああ、わしが若かくして、命をとして戦えば瀕死状態にさせられる可能性はある。
わしの直感力の能力で、その姿が浮かんできたから間違いない」
「そうなのかい。
それじゃ、じい様がよく話す、古代神が住む化け物って相当やばいやつなんだな。
じい様はどう考えても勝てる気がしないと言っていたじゃねえか」
「バカ者、化け物と言うではない。
確かに見た目はあれだが、わしらよりも知識があり知恵もある。
力など到底およばぬよ。
まさに神の使徒と言っていい」
「へいへい、じい様の信仰心は恐れいるぜ。
しかし、どうするあの化け物がいるんじゃ、これから迂闊に動くこともできやしないからな」
「そうだな、銀二朗、おまえの千里眼を常に全開で使わせてもらうぞ。
わしの直感力で安全圏内を確保する」
「ああ、わかったよ」
「しかし、食糧はどうするんだ。
逃げ回るにしろ食べ物がないんじゃどうしようもない」
「それについてはしばらく心配はない。
むしろあり余っている」
「はあ、何言ってんだボケたかじい様よぉ?」
「だれがボケただと、これを見よ」
「それは、アイテム収納カバンじゃねえか」
「そうじゃ、わしはいつも肌身はなさずにこのカバンを持っている。
この中にはたんまり食糧が入っているぞ、日用雑貨品もある」
「どういうことだよ、じい様」
「わしの亡き古い人間の友人に渡されたものだ。
もう50年も前にいただいたものだよ。
毎年、なにかあってはならないと食糧をわしが少しずつこの中に入れて備蓄していた物が入っている。
飢饉や洪水、疫病などあった時のためにな」
「なるほど、要するに毎年収穫の時期に賄賂としてじい様が影でもらっていた個人資産てやつだな」
「ひとぎきの悪い事を言うな。
これは獣人界のため40年間もためておいたものだ」
「そうかい、獣人界も食糧の自給がおおいにまかなえる事になったから、おやじが備蓄用の倉庫を地下に大規模に造ったのではないのか?
十分足りてると俺は聞いていた話だがね」
「念の念のためにわしが個人的に備蓄しておいたのだよ」
「そうかい、そういうことにしておこう。
でも40年間も賄賂をもらっていたんだ十分すぎるほどあるな」
「言っておくが賄賂じゃない、人ぎきの悪い。
そこのところは間違えるなよ。
この収納カバンは特別で無限に入ることができる。
わししか出すことできないがな。
だいたい獣人界の3年分くらい持つ食糧が備蓄されておる」
「どんだけ貯め込んでいるんだ、クソじじい」
「今まで使う機会がなかったのだからいいじゃないか。
それだけあの一件から人間たちと良好な関係を築きあげられたんじゃよ。
おまえはしらないが、魔獣に怯え、食糧もなく飢えてしぬ獣人も多くいた時代があったのじゃよ。
おまえは平和な時代しかしらんからそんなことが言えるんじゃぞ」
「……。
で、これからどうするんだい、じい様」
「そうじゃな、まずはあの巨大亀の行動の把握と、この獣人たちの仲間の安全の確保じゃ。
それぐらいしか今のところはできない」
「まあ、そんなところだろうな」




