第2話 召喚
100体ほどの宙に浮かぶ魔族の中に、不自然な人間の男が居る。
小柄のやせ細った気色の悪い男だ。
大きめのサイズの黒いローブをまとい、宙を浮いているのだ。
魔術師の服装ではない。しゃれた装飾品をあしらわれた、神官を思わせた装いをした服装だ。
闇の神官と言った装いだろうか。
その男は赤黒い髪を肩まで長く切り添え、青白い不健康な顔付きをしている。
頬の痩せこけた、病弱そうな男が不自然に宙を浮いているのだ。
この不気味な男こそ、ラース・ギース・ファング皇帝である。
ファング皇帝に対して、1人の魔族の男が話しかけてくる。
話しかけてきた魔族は、ここにいる魔族を統括している者だった。
黒き4枚の鷲のような翼を生やし、頭には2本の黒く渦巻いた羊に似た長い角を生やしている。
大柄な体格で上半身裸、筋骨隆々の褐色の肌を見せている。
人の姿をした人間に近い容姿の悪魔だ。
…… …… ……
「カタフロスト様、失礼、ラース・ギース・ファング皇帝閣下でおりましたか」
「別に良い、シリアスバイセン。
それで私に何か用か、それと皇帝で良い。
名が気に入らないのだ。皇帝と呼んでくれ」
「わかりました、皇帝閣下。
用と言う話ではないのですが、余りにも人間達がもろいので、同胞が退屈しております。
我らにとっては負の感情が大量に入るのが良いのですが、質として物足りなく、鋭い味の恐怖の感情には、聊か飽きてしまいました。
このまま王都も簡単に落とせてしまうと、同胞が物足りなく感じてしまいます」
「同胞が物足りなく感じるだと? それはおまえの事ではないのか」
「いえいえ、めっそうにもない」
「負の感情のエネルギーは大量に入ったな。
確かに味に関しては、物足りなく感じているのは事実だしな。
しかし、これからが楽しめるのではないか。
この国で使役している青竜アクア・スミスと金竜ブライン・ガイゼンが手ごわい竜種だと聞いている。
奴らだったら多少の歯ごたえはあるだろうからな」
「そうですかな? 魔界では侯爵の地位まであらせられるあなた様には、物足りないかと存じますが」
「そうだな、私が出るまでの事はないだろう。
しかし、密偵により面白い話を聞いているぞ。
この国ではあの伝説の竜の話があるのではないか。
そいつの召喚がおこなわれれば面白くなると思うのだがな」
「それは無理な話で御座いましょう。
あちらの世界では、われわれの別個体が結界を張っておりますから行き来できません。
召喚はあり得ないと言って良いです」
ファング皇帝は突然怒りをあらわにし、異様な殺気をまき散らした。
「シリアスバイセン、われわれと同じではないぞ。
あれは前の私たちの姿であっての事だ。
おまえ、あの天使共とわれを同じと考えているのか。
そうであったならば、今ここで消滅させるぞ」
「失礼しました。カタフロスト様、どうかお許しください。
そのような事は到底思ってはおりませぬ。
過去の忌々しい記憶が残っていまして、あの竜と対峙 した事があります。
その時の事を思い出し、つい口に出してしまいました」
「竜と対峙 しただと?
そうかおまえもあの時の関係者か、あの竜と戦った事が有るのか。
その事は知らなかったぞ」
「僭越 ながら、私は竜と対峙 した事がありました。
戦いの最中、知らぬ間にブレスを履かれ、半身ほど失いました。
いつ攻撃を受けたのかもわからず、地に落ちた時、真っすぐ焼け焦げた跡が地平線に続くまで残っておりました。
部隊は私以外全滅、命は取り留めたのですが、誰も助けが来ず、闇落ちしたと言う話です」
「アハッハハッハッ。
そうかおまえもやつの被害者だったか、それではぜひやつを召喚してもらって、リベンジを果たせねばならぬな。
今だったら勝てるのではないのか」
「ご冗談を、あんな化け物を相手をするなどできません。
世界の7割の天使を撃退し、われら悪魔の9割を地上から消しさった化け物ですよ。
天使どもが、逃げ帰ったところが天界ではありませんか。
それも数千年引き籠って居たと言う。
あんな化け物がこの世界に降臨したらわれわれはすべて死滅してしまいます」
「そうだな、そうだったな。
そう吠えるなよ。シリアスバイセン、暑苦しいぞ」
「私たち、生き残った者が闇落ちし、あなた様に救われたのです。
カタフロスト様にはなんて感謝して良いかわかりません」
「うむ、そうか、その話は良いな。
竜の召喚か、本当にされてしまったら、確かに困る事になるからな。
しかし、できはしないだろう。仮にもあちらの世界は天使どもが仕切っているのだからな。
もっとも、竜などかわいく思えるほどの化け物があの世界には居るのだがな」
「竜以外の化け物? なんの話ですか」
「それは、おまえの知る事ではない」
「失礼しました。竜の話ですが、先ほど密偵より召喚の議が開始されたと聞きましたがどうしますか?
つぶすならば今かと考えております」
「放っておけ、どうせ出来やしないのだから。
それよりも、召喚ができず苦しむ絶望感を戴こうではないか」
「わかりました」
「シリアスバイセン、まずは帝国の正規兵と亜人達をザンブグルム軍にぶつけるか。
その過程で出る恐怖の感情をわれわれで戴こうではないか。
人間達も劣勢になれば、恐らく竜も参戦するだろう。
私たちはそれを見張からって、動こうとしようではないか」
「わかりました。地上の兵を突撃させます。
まずは亜人たちの部隊を突撃させますがよろしいですか?
奴らの負の感情をもらっても美味しくはありませんからね。
帝国の兵達からも、恐怖の感情は戴いております。
先に死なせてしまうのは、聊か勿体ないですから」
「確かにそうだな、少しでもうまい方が良いからな」
「亜人の部隊、闇に連らぬ者よ。
目の前のザンブグルム軍に突撃し、蹂躙 せよ」
「ウオォォー」
ファング軍、正規兵と亜人達の声がこだまする。
…… …… ……
「ジークフリード殿下、いよいよですかな」
大柄の初老の男が話しかけてくる。
彼の名はグフタス・ジル将軍(62歳)ザンブグルム5大騎士団の中の黒の騎士団の隊長を務めている男だ。
重鋼な黒い鎧に包み大きな黒い盾と黒いアックスを持っている。全身黒で統一されている。
スキンヘッドで白く長いあごひげを生やし歴戦のつわものを思わせるただならぬ雰囲気を出している。
「ああ、そうだな、ジル将軍、われわれはあくまで城壁の前に陣取り、援軍が来るのを待つ。
城壁の前に軍を置き防御態勢を整えた布陣だ。
敵は一カ所に集まり分散はしていない。
伏兵も今のところ確認はできていない。
われわれと正面から殺りあう気だな。
見たところ補給部隊が居ないではないか、あいつら、略奪を繰り返しここまで来たのか。
他にいろいろやりようはあるものの、戦略と言う事を考えていないのか。
やつらはバカではないのか」
「そう言われましても、ここまで正面突破で進軍しているのですぞ、力があるのは確かです。
油断はできますまい」
「確かにそれは言える。
今、ザンブグルム領、各地から援軍が向かっている最中だ。
到着次第、数を合わせて囲み殲滅 させる事ができる。
相手は正面の3万5千の軍勢のみ。
持ちこたえれば何とかなるはずだ。
問題は援軍が来る前にわれわれが敗退して、王都を落とされていたら話にならんだろう。
末代までの恥になる。
ここは何とか持ちこたえねばならない」
「しかしこんな夜戦になるとは思いもよりませんな、私もこの年で少々きついですね」
ジークフリードはジルを睨む。
「冗談ですよ殿下、そのような腑抜けた体はしておりません。
見てのとうり体調は万全な状態です。
しかし、今日は空に3つある月が輝いて、比較的明るいと言うのがどうもやりづらく感じております」
「それは仕方なかろう。
宣戦布告もなくただ蛮族のように侵略をしかけてきたやつらだ。
奴らには礼儀も道理もないのがわかっている。
昼でも夜でもお構い無しなのは、見なくてもわかるだろう。
あれを見ろ、亜人、魔獣だらけだ。
人が混じっているがおまえたち、あれが人に見えるか。
これは人間との戦いではない。獣との戦いだと思って、一斉の容赦するな」
「心得ました」
「よし、来たぞ、全軍で迎え撃つ。
まずは魔法砲撃部隊用意、遠距離からの火炎魔法弾を城壁と地上から2段構えで発射し、奴らの出鼻を挫く。
全魔法部隊、魔法を唱えよ、侵略者を焼き尽くせ」
城壁の上部に配置された魔法部隊と地上からの魔法部隊、2段構えによる火炎魔法攻撃をおこない、突撃した亜人たちゴブリン、オーク兵を迎撃する。
「ボウン、ゴシュン、ゴシュン、ボウン、ゴシュン、ボウン、ボウン」
亜人達の先行部隊は、ザンブグルム軍に到達する事もなく、火炎魔法弾に焼き焦がれてしまう。
「良いぞ、その調子だ。やつらを消し済みにしてしまえ」
「ほほう、ゴブリン、オーク兵共では話にならんか。
まだ帝国軍の正規兵を出すのは惜しいな。
そうだ巨人族のサイクロプスとオーガ兵をぶつけてみるか。
やつらだったらあの程度の魔法攻撃は問題なかろう。
巨人兵団を前に出させ戦闘に参加させろ」
上空から魔族が指示し、巨大な亜人が前面に現われた。
10メートルはある巨大な青い色をした1つ目のサイクロプス、3体と5メートルはある赤黒い巨大な筋骨隆々のオーガ8体が前に出てきた。
どちらも巨大な鋼の棍棒を持ち進軍してくる。
ザンブグルム兵達は、その姿を見ただけで委縮してしまっている。
「ちぃ、厄介な奴らが来たな。
魔法兵団に伝達、やつらには火炎魔法弾などの効き目が薄い。
氷結系の物理魔法と雷系の魔法を組みあわせて、同時に放ち攻撃するのだ。
氷の槍と雷撃の槍で対応しろ、足止めにもなる。
ひととおり魔法を放ったら、重装歩兵を突撃させ奴らを一気に仕留める。
魔法を放て、それから一斉、突撃だ」
魔法部隊から遠距離で氷結系魔法の氷の槍と雷の槍が巨人族の軍団に降り注ぎダメージを負わせる。
巨大なサイクロプスとオーガは耐えきれず大きな声を出し、前面のザンブグルム兵に対し威嚇する。
魔法の砲撃が終わった瞬間に、槍部隊の正規兵を突撃させ巨人族を攻撃させた。
いかに巨人族でも数多くの長槍を持つ正規兵に囲まれれば苦戦する。
しかし、巨人達はそのあり余る体格さをいかして、ザンブグルム兵達をなぎ倒していく。
ザンブグルムの兵士達もかなりのつわもの揃いだ。
それに装備がしっかり整えている。
槍に魔法をかけ鋭さを増した魔法槍として、巨人族を貫いていくのだ。
魔導が発達した国での戦い方だ。
全部の武装に何らかの魔法がかけてあり強化しているのだ。
「ほほう、これは見事だ。あの巨大なサイクロプス一体を仕留めたぞ。
やつ等やりおるな」
「皇帝閣下、やられているのは我らの兵ですよ。
いかに駒だとしても相手にたいし感心してはいけません。
今すぐ魔獣達を突撃させます。よろしいですか」
「ああ、そうしろ、こうなるともはや人間同士の戦いではないな。
まあ、俺たちは人間ではないからな、それは良いのだろうな」
魔族の指揮官が魔獣を嗾け始めた。
千の魔獣を一斉に嗾けたとたんに、戦場はこれまでにない血の海になり双方かなりの損害が出はじめた。
「これは面白い、最高に面白いな」
ファング皇帝はそれを見てうすら笑っている。
ザンブグルムの王城の離れに在る召喚専門の祭壇の間に、一人の麗しい美女を囲み8人の魔導にたけている女性たちが、竜召喚の儀式をおこなっている。
召喚をおこなっている中心にいる人物は、この国の魔導姫と呼ばれるアルテイシア・ザンブグルム姫さまだ。
異世界召喚の議を起こしてからすでに15分以上経過している。
異界の門は開き召喚の議は成功している。
しかし肝心な伝説の竜の問いは、いまだに返答がない。
召喚の議とは危険なものだ。他の大陸から、生物を召喚させるにも、それなりに危険を伴う。
今回は異世界からの転移召喚だ。なんの生物が召喚されるか分からず来る事もあり得るのだ。
実際、不意な召喚によって魔獣などが来てしまい。
召喚者を殺し、そのままこの世界に住み着いてしまう事例など多々ある事だ。
また魔族を召喚する時には、対価として生贄を用意しなくていけない。
相手が力がある者だったら、対価にするものはまかりきれないこともある。
弱い魔獣であれば『支配の刻印』と言う呪法を用いて支配することもできる。
この方法は主に奴隷に用いるのだが、下位の魔獣でも従属させる事ができる。
それなりに誓約はあるのだが、支配は出来ない事はないのだ。
魔族の召喚では、逆に召喚者が支配の刻印の魔法を使われる事がある。
対価が見合わない場合は殺されたり、体を乗っ取られることもおきている。
召喚の儀式とは常に危険が伴う事なのだ。
ましてや異界から、未知の力を持っている者を召喚する事など世界全体に危険に晒す事にも成り得る。
今回はどうしてもやらなくては、いけない事に成ってしまった。
それは自分の命よりも大切なモノがあるために、やるのは自然な流れなのかもしれない。
しかし、伝説の竜は答えてくれない。
召喚の儀式は長くても30分おこなえば、良いほどだがいまだに伝説の竜は答えてはくれないのだ。
アルテイシア姫に焦りが出てくる。すでに30分は経過している。まわりにいる者も披露を感じている。
用意したアイテムも何個か壊れ、召喚の議に必要なアイテムを維持するのも出来なくなって来ている。
すでに40分はたつ。もう限界に近い。
使われていたアイテムの魔石の1つが砕け散った時、魔法陣が崩壊しかけた。
「あああ」
アルテイシア姫があきらめた瞬間に、魔法陣から何やら怪しい影が映り始めた。
召喚魔法陣が消えた瞬間に、その怪しい影の者が姿を現す。
「! こんなことって、 化け物」
アルテイシア姫はそのモンスターと眼をあわせた瞬間に、大きな声で言ってしまった。
その化け物は、8本の大きな触手を頭に生やした凶悪なモンスターだった。




