第18話 尋問
『獣蒐京』にある中央の城の中に大きな会議場がある。
2人の幼い犬の獣人のチコとチトが連れてこられている。
狼族の族長であるコクロウガと獅子族の王子であるレオニード候を取り巻く、屈強な獣人たちに囲まれ尋問を受けているのだ。
しかし、2人の幼い犬の獣人からは、人間たちから逃げて来たと言う話しか聞けてはいない。
危険な砂漠も生贄の森も、夢中で逃げて来たからわからないとしか答えていなかったのだ。
金貨も逃げる際に、人間の商人の男から奪ったと言う話しか聞けなかった。
幼い2人の獣人はあきらかにうそを言っている。
言動がどうも挙動不審で何かを隠しているのはわかるのだが、2人の行動からして人間たちからの間者ではないと推測される。
何者かを庇っているような強い意志を感じられる。
尋問しているコクロウガたちも困りはててしまった。
痩せこけた幼い犬の獣人の子供に拷問などできるはずもない。
そんな疲弊している状態なのに誰かを守るような強い意志が感じられるので余計に問い詰めづらいのであった。
やはり何者かによって、口止めを受けていると推測できるのだ。
話が聞けず困ったコクロウガも、一端一息つこうかと考えていた頃に会議場のドアをノックする音が聞こえた。
「コンコン、失礼します。
アコヤさまを、お連いたしました」
コクロウガの配下であるガロウが銀狐のアコヤ婆さんを連れて来たのだ。
「おお、ご苦労であったガロウ、それでアコヤ婆さんはどこにいるのだ?
姿が見えないのだがな?」
「誰が婆さんだ。儂は婆さんと言われる年ではないぞ」
そう言ってガロウの背中からはいずり出てきた獣人の老婆が居た。
ガロウの肩に乗り、ちょこんと座ってしまう。
背丈が80センチも見たない小さな銀狐の獣人の老婆だ。
白い着物と赤い袴を着ていて巫女装束の様な格好をしている。
銀色の長い耳ピンを尖らせ、鋭い眼光で不機嫌そうにコクロウガを睨んでいる。
5本の銀色の尻尾も逆立てとおりかなりのご怒りのようだ。
しかし、尻尾はかなりのモフモフ感がしていて、触れば気持ちよさそうな感じが見受けられる。
そんな容姿をから、若い頃さぞかわいかっただろうと推測される色艶の良い銀色の毛並みをしているのだ。
うしろには背の高い2人の銀狐族と思われる巫女の従者も連れてきている。
2人の巫女もかなり美人な銀狐族の女性だ。
この銀狐の獣人2人は気配を完全に絶っていたのか、まったく近くにいた事を気づかせていない。
2人とも相当な実力を隠し持っているのがわかる。
ガロウが回復魔法に優れた者をお供に連れてきてもらった付き添いの高位の巫女と言った感じだ。
2人とも、只者ではない。
「失礼しました。
コクロウガ様、歩くのが億劫だというので私が背負ってまいりました」
「そうであったか」
「ご苦労であったなガロウよ。
別におまえが謝る必要はないぞ。
コクロウガと違い良い子に育ったものだ。
あいからわずコクロウガは捻くれているからのぉ。
コクロウガもガロウのように育ってほしかったものじゃよ」
ちっ、まったく、あいからわず口の悪い婆さんだ。
歩くのが億劫だと、もうかなりの年ではないか、それを婆さん呼ばりすると怒るのだからな。
まったく気の難しい婆さんだよ。
「誰が口の悪い婆さんだ」
「!」
「コクロウガよ、話さなくともおまえの考えなんぞすぐわかるぞ。
まったくあいかわらず気のちいちゃな細かい男だな。
愚痴愚痴、頭の中でそんなことを思っているのだから。
そんな事を儂に対して思っているのならば、おまえが以前にやらかしている知られたくない秘密をこの場で話でもしてあげようかのぉ。
ちょうど今日は皆の者も集まるから、話のネタとしては面白い事が言えそうだぞ」
「アコヤさま、失礼しました。
それだけはどうかご勘弁してください。
それよりも今はあなたのその力がどうしても必要でして、来てもらった次第ですよ。
私の事よりも、緊急な用件があるので、そちらの件をお願いしたいのですよ」
「ふん、話を逸らし、はぐらかそうとしたようだが、どうやら本当に緊急な用件があるようじゃのぉ。
まっ、良いか、あとで何かで返してもらおうかのぉ。
そうそう、甘い饅頭が食べたいな。
あとで持って来てもらおうかのぉ」
「わかりました、アコヤさま、ご用意いたしますのでご勘弁ください。
それで用件の方は、よろしいでしょうか」
「ああ、わかっとるよ。
ガロウから大筋の話は聞いている。
儂の能力で意識を同調し、心を読む法を使って欲しいんじゃろう。
みてもらいたいものがあるのだろう」
「はい、そうなんですよ」
しかしなんで先ほど俺の心は読まれたのだ?
アコヤ婆さまとは直接眼はあわせなかったはずだ。
わざとこちらで視線を避けたはずだが。
それに能力を使って同調された形跡はないのだがな?
「コクロウガよ。
眼は合わせなくとも今までのおまえの言動で手に取るようにわかる。
今もそんな事を考えておったろう。
おまえは顔に出やすいからのぉ。
能力を使わずとも誰でもわかるんじゃよ。
そうであろう、ガロウよな。
おまえだって憶測はつくよな」
「そうですね。
コクロウガ様は顔に出やすいですから」
「ガロウよ、そうなのか。
いやはや、アコヤさま失礼しました。
今後気を付けますので、どうかご勘弁してください」
「まあ、良かろう。
それでみてもらいたいのは、この幼い犬の獣人か。
なるほどのぉ」
アコヤ婆さんは幼い2人の犬の獣人を見た。
チコとチトはビクリと体を震わせる。
「失礼します。アコヤさま、お久しぶりです。
獅子王ルドウィアスの息子レオニードです。
覚えていますでしょうか?」
そんなさなか獅子族のレオニードが話しかけてきた。
「おお、久しいの、大きくなったものだ。
金色に輝く鬣もりりしくなって、おやじに似なくて良かったのぉ」
「左様でしょうか」
「おまえのおやじもコクロウガと同じで昔から問題児だったからな。
どうやらおまえさんは、母がたの血を色濃く受け継いだようだ。
姿も性格も似ないでほんと良かったのぉ。
もっともあんな良い娘があの男に嫁ぐなんてありえん話だったから、そこだけがわからんのだ。
どうしてあの男の元へ嫁いだのかが今でもようわからん。
あの良き娘が、あんな駄目な男の元へ嫁いだのだからな。
不思議でならないよ。
当人は心底、惚れているようだったから、それはそれで良い事だったからのぉ」
「そ、そうなのですか。
アコヤさま、母の話で良い話を聞けました。
失礼ですが私のことよりも、魔神獣ガイデアの件を、お願いしたいのですがよろしいでしょうか?」
「そうだ、そうだったな。忘れるところだった。
それでは儂の力で見てやろうとするかのぉ」
そう言って、トンと軽やかにガロウの肩からテーブルに降り、幼い獣人のチコとチトに近づいて行った。
近づき2人の幼い犬の獣人の瞳を凝視する。
見た瞬間に2人とも大きく目を開き、まるで催眠術にかかったような、虚ろな瞳になってしまう。
しばらくしたらアコヤ婆さんは2人の元から離れた。
突然、咳き込んでテーブルの上で倒れ込んでしまう。
2人の幼い犬の獣人は元に戻ったようで、目の前で咳き込んで倒れているいるアコヤ婆さんを見て心配そうにしている。
お付きだった者が近づき背中を摩りながら、もう1人の従者が手をかざし呪文のようなものを唱えた。
回復魔法をかけ始めたようだ。
アコヤ婆さんは咳き込むのが収まり、疲れたようにその場に座ってしまった。
回復はしたようだが、つらそうな顔をしている。
「大丈夫ですか、アコヤさま」
ガロウが焦った様子で声をかける。
部屋に居る者が、全員心配そうに見ているのだ。
「大丈夫じゃよ、ガロウよ。 心配させたな。
それより儂を椅子に座らせてくれんか」
ガロウは小さなアコヤ婆さんを抱え上げ、中央の会議場の一つの椅子に座らせる。
「コクロウガよ。すべてがわかった。
その幼い犬の獣人たちを開放してやっておやりなさい。
それと腹が空いているようだ。
飯でも食べさせておくれ」
「わかりました」
「それと前たちがとりあげた金貨が10枚ほどあったな。
それは返しておやりなさい。
その金貨は、あちらの世界から来た者から戴いた大切な物だ。
あの者と約束を守って、話さなかっただけなのだよ。
うそはついていたようだが、あの者と約束を守っていただけだ。
返しておあげなさい。
それと、うそをついていたのは、仕方ない事だ。
許しておやりなさい。
それに母親にあいたいそうだ。
おまえたちで探してやっておあげ」
「わかりました。アコヤさま」
側近の衛兵にアコヤさまに言われたことを告げ解放させる。
「チコ君とチト君と言ったな、すまなかったな。
解放してあげよう。
それとあとの事は心配しないで良いからな。
おなかが空いているのだろう。
飯の事と君たちの母親を探すのを手伝てやろう」
「ほ、本当ですか、ありがとうございます」
「それと、それとだがな。
そのなんだ、個人的な話で悪いが、そのおまえたちがある者から戴いた金貨、それをあとで交換してくれないかな。
1枚につきこちらで使われている金貨を10枚を出そう。
これはあとでで良いんだがな。
良かったらぜひ交換してもらいたい」
そう言ってコクロウガは2人に金貨10枚を返し、解放してあげた。
「コクロウガよ、言い忘れていたが、2人の幼い獣人には良くしてやりなさい。
どうやら人間に捕まり、奴隷として2年も扱き使われ、つらい思いをしてきたようだ。
それも奴隷の烙印を入れられてな。
頼むぞ」
「? 奴隷の烙印ですか!
わかりました」
コクロウガはすぐさま部下に丁重に扱えと付け加えた。
「お婆、いえアコヤさま、それでどうだったんですか。
魔神獣ガイデアの件の事もそうですが、あの幼い犬の獣人の奴隷の烙印とはいったい?
ガロウから確認したと聞いたのですが、なかったはずですよ。
いったい何が起こっているのでしょうか?」
「コクロウガよ。そう慌てるではない。
魔神獣ガイデアはこの世界に食われた」
「食われた? 魔神獣ガイデアが世界に食われたのですか?」
「そのとうりじゃ」
アコヤ婆さんが言った言葉にその場にいた者は驚きと不可思議な顔を浮かべている。
「ふう、わしが見たことは最悪なのか最良なのかようわからん。
しかしこれだけはわかる。
こちらの世界には来てはいけない魔物が、どうやら来てしまったようだ」
「! 魔物ですか? アコヤさま」
「そうだあちらの世界の古代神が住むと言われる災厄の遺跡、奈落の遺跡と言われるところからやって来た魔物だ」
そう言って小さい声で、能力で知り得た情報をアコヤ婆さんは話し始めた。
…… …… ……
うむむ、かなりの距離を走り進んでいるけど、まだ森の中をさ迷っている? 思ったいじょうに深い森だな。
俊足のスキルを使ってはいないけど、原付バイクと同じくらいのスピードの上限30キロくらいで走っているし、どのくらい進んだのだろうか?
すでに距離的に80キロから90キロメートル以上は進んでいるな気がするんだけどな?
さすがに100キロメートルまでは行っていないと思う。
それに一向に日が落ちないんだよな。
元の世界は結構早かったけど、こちらではまったくお天道様が昇った状態で落ちて来ないんだよ。
あきらかに昼の時間が長いような気がする。
1日24時間では絶対にないな。
まだわからんが、下手すると1日30時間くらいありそうな気がする。
特に暑くも寒くもなく良いんだけど、森林地帯を進んでいるから泥で汚れるので嫌なんだよ。
やはりダンジョンの方が清潔で奇麗でい良いな。
勝手にダンジョンが調整して清潔さを保ってくれているみたいだからね。
思った以上に森林地帯が広く続いている。
元の世界の地上の大森林くらいあるのではないかな?
これでは迷子になってしまうぞ。
まさか、すでに迷ってしまい堂々巡りをいているとか、そんな事はないだろうな。
マッピングは何となくだができているはずだ。
なんか知らんけど、詩織さんに捕まってから前より記憶の覚えが良いんだよな。
モンスターになってからは人間だった頃よりは、ずっと覚えは良かったんだけど。
と言うか私って、脳みそがないのにどこで記憶しているのだろう。
たぶんだけど、私の中にある魔核が関係しているのは確かだと思う。
しっかし、移動してこんな山の中に入り込むとは、どうやらこの辺は魔獣などが多く住んでいるらしいのだけど。
私の気配を察知して逃げて行くんだよね。
それに走る時になるべく音を出さす丁寧に気を付けて走っているんだよ。
スピードを出しているせいか、それなりに音とかも出ているかもしれないな。
と言うか、後ろを見て見れば、私が通って来たあとが地面についてるのではないか。
これってまずくない。
うむ、まぁ、ついてても良いか。
私の事など気にしている者などいないはずだ。
獣道でもできたと思ってもらいたいね。
気にするのは追手を寄こしたあの召喚した連中くらいなはずだ。
けど、ここまでくれば追手はまいたはず。
獣人の幼い子供たち以外は感じられなかったから、問題はないはずだ。
気にするのは私がここへ来た事によって、まわりに居るらしい生物が警戒しているだけだろう。
もしかしたら私が来たせいで生態系が狂うかも知れない。
いや、そんな大それた事はないだろうな。
迎えが来るまでおとなしくしてる予定だしね。
ステゴザウルスの似た魔獣はまったく私のことが気づかなかったのに、ここら辺の魔獣はそんな強いって感じはしないんだけど、逃げて行くんだよね。
まぁ、ちょっとは音を出して走っているのもあるが、察知能力が高く、逃げるのが得意な魔獣なのかも知れない?
四足歩行の犬や狼系の魔獣が多いみたいなんだよな。
匂いでもわかるのかな?
亜人がこちらに居ると聞いたけど、まだ見ていない。
もしかしてあの犬の獣人にうそを言われた?
そうだったら、こんなところに居るとやばそうなんだけど、どうなんだろう。
危険なところへ騙されて誘導されたかもしれないからな。
とりあえず夜までには同じ種族がいるローパーの元へたどり着きたいんだけど無理かもしれない?
それによく考えたら、おかしな事と思っている事があるんだよな。
あの巨大亀、方向はこちらに向かっていたのは間違いない。
でも進むスピードは遅かったのだよ。
と言うかほぼ、動いていなかったし、ここまで進んでいるのだがあの亀のスピードだと何カ月もかかるのではないかな?
それなのに不思議と歩いてこちらの方角に向かっていったからな、どういう事だろうか?
他の大陸から来たって言ったけど、海らしきものが近くにあるのかな?
どう見ても歩いていくより水に浮かんで移動するか、それともガメラのように、空を飛んで行くしか方法が浮かばないしな。
それとも早く走れるスキルとかあるのか、瞬間移動とかあり得ん話だろう。
可能性としては、あの巨大亀、空飛べるスキルとかあったのかもしれない。
でも大きな岩を背負っていたみたいだったからどうなんだろう。
擬態でわざと岩を乗せていた可能性もあるけど、良くわからない事が多すぎるのだよな。
もう少し詳しく情報を聞いておけば良かったか。
でも幼い犬の獣人だったから、知っているのかわからなかったのと、面倒だったので聞くのを辞めてしまったんだよな。
もうちょっと詳しく聞いておけば良かったか。
今更、悔やんでも仕方ないか。
いつも後あとから後悔するんだよ。
私がバカだから、直らないので仕方のない事なのだけど、バカは死んでも直らんと言うからな。
ん! 私、転生して死んだよな、死んでも直らなかったか!
これはどうにもならんだろうが。
どうしたら良いんだこれは、無理な話だろう。
うむ、それは置いといて、巨大亀が向かう方向がこちらだったし、間違ってはいないはずだ。
もう少し我慢して進んでみようかな。
いつもどおり都合よく、解釈をするみつぐであった。




