第11話 刻印
(ザンブグルム魔導王国、王都シャングリア)
王都シャングリアの中央に聳え立つ、ザンブグルム城の3階のアルテイシア姫に与えられた一室で、魔法による治療がおこなわれている。
アルテイシア姫が召喚した魔物によって襲われ、意識を失ったままなのだ。
弟であるジークフリードと側近の幾人かが、魔法医療班による治療を受けているアルテイシア姫を心配そうに見ている。
ひととおりの治療を受け魔導診察医に要る治療の結果の説明を受けるところだ。
そんな中、急な朗報が入ってきた。
貴族の兵らしき服装をした青年が慌ただしく走り駆け寄ってきた。一般兵とは違って煌びやかな鎧を見にまとっている。
アルテイシア姫の部屋の前を守る衛兵に話、中に入る。
「失礼します、兄様、いえ失礼しました。
ジークリード閣下ご報告があります」
「シュルツか、なんだ騒々しい、私は忙しいのだあとにしてくれないか」
「申し訳御座いません。
兄様、一言だけお願いします」
「良いだろう、速やかに話せ」
「ジル将軍からの伝令です。今しがた帝国軍を打ち破ったと言う話です。
以上です」
「そうか、あちらの件は片付いたか。
今は忙しい、詳しい話は姉さまの治療が済んでから聞くとしよう。
ジル将軍にはご苦労であったと伝えてくれ。
あと始末はおまえとジル将軍に任せる。
生き残った帝国兵は生かすも殺すも奴隷にするも好きにするが良い。
私からはそれだけだ」
「了解いたしました。
……兄様、姉さまの様子はいかがですか」
「まだ、なんともいえん」
「ここは俺に任せろ、おまえは軍の采配をおこなうのだ」
「了解いたしました」
シュルツと言う若き青年は足早と去って行った。
帝国との戦争はわれわれが勝ったか、そんなことより姉さまの事が気がかりだ。
異世界からの竜の召喚は失敗し、代わりに召喚されたローパーと言う魔物だったか。
あの醜い魔物に姉さまは襲われ、意識を失ったままだ。
魔法で治療をおこなっているが、医療班のサファイア医局長の顔が険しい。
そんなに深刻な傷を負ってしまったのだろうか、あの美しい肌に消えない傷をおってしまったらどうしよう、心配でならない。
「サファイア医局長、姉さまの具合はどうでしょうか」
治療の報告のため、ジークフリードの元にやってきたサファイア医局長に声をかける。
「ジークフリード殿下、アルテイシア姫の外傷はないのですが深刻な事態に陥っています。
このことを話せるのは、殿下と信頼ができる側近以外は退席してもらいたいのですが良いでしょうか。
ことの事態はそれほどの大ごとに陥っております。
できましたらここで箝口令をしいていただきたいです。
よろしいでしょうか?」
「サファイア医局長、それほど深刻な事態なのか。
……わかった今ここで箝口令を言い渡す。
ここで見た事を誰かに話したりしたら即刻、処罰があると思え、それからこの場の医療治療班また姫の側近と親衛隊隊長クリスティーナ、側近のアバントス、それ以外はこの部屋から退席しろ、もし部屋の外で聞いていた者が居たのならば聞かなかったことにしろ、厳重に言いわたすぞ」
ジークフリードは先ほど、言い話した者以外は、アルテイシア姫の部屋から退席させた。
「これで良いでしょうか、サファイア医局長」
「有難う御座います、殿下。
それでは、治療の経過をお話します。
姫の外傷はありませんでした。
倒れた時に少し擦り傷があった程度です。
すでに治療を施してあります。
しかし、深刻な問題は他にあります」
「な、なんですかそれは」
「殿下、落ち着いてください」
「そ、そうだなすまなかったサファイア、それでどうなんだ話してくれ」
「まずはこれを見てください。
アルテイシア姫の寝ている寝具に近づき、アルテイシアの右手の手のひらを見せる」
ジークフリードと残された関係者一同は驚愕している。
「バカな、どうして姉さまの美しい手のひらに奴隷の烙印が……
どういうことだ、サファイア医局長、説明してくれ」
「わかりました、お話しいたしましょう。
治療のため、アルテイシア姫がどのような事があったかまわりの方々に聞き取りをおこないました。
その方が確実に治療の成果が導けます。
聞き取りの結果の過程でこれはあくまで私の推測として、お話ししましょう。
アルテイシア姫は召喚した魔物に対し支配の刻印の魔法を使用したと聞いております。
アルテイシア姫は支配の刻印の魔法を失敗して、自ら受けたと私は判断しました。
聞き取りの際、アイテムを使って魔法を使用した時に、アルテイシア姫のからだが赤い炎に包まれ倒れたと聞きました。
これはアルテイシア姫に支配の刻印の魔法がかかってしまったと私は判断いたしました」
「ま、まさかそんな事が、それではあの召喚した魔物が支配の刻印を使って姉さまに奴隷の烙印を押したと言う事でしょうか?
サファイア医局長、お答えいただきたい」
「それは私もわかりません。
召喚した魔物がおこなった可能性があるのは確かかもしれません。
実際に魔族召喚で対価の見合わない者に対して魔族がおこなうのは、良く知らされております。
しかしながら、アルテイシア姫の状態は違うと思われます」
「違う、違うとはどういう事でしょうか、サファイア医局長」
「殿下、落ちついてください。
これは、軍事機密ですが、同じような事例があります。
それは自らに支配の刻印の魔法を使い奴隷の烙印を付けると言う事です。
誓約を取り付け身体能力をあげると言う、いわゆる禁呪法をおこなうと言う事です。
戦時中に持ちいられた事例もあります。
支配の刻印に誓約を受け、身体能力を上げる、魔法能力を上げる、また痛みを伴わないからだにしたり超回復をさせる、さまざまな効果を身に施し戦うと言う事が過去におこなわれたことがあります。
これは過度な負担を体にかけます。
殿下、どうなるかは想像できますでしょう」
「ああ、一時的に身体面の強化をおこなうのだな。
限界点を越えた肉体が崩壊しやがて死に追いやると予想はつく」
「そのとおりです。
まさに死に赴く覚悟で戦いに赴き、国の為戦時中の兵士たちは使いました。
今まで使用した者は誰1人、生きていないと聞いております」
「そ、そんな」
「アルテイシア姫は自ら支配の刻印を受けた状態になっていると言って良いでしょう。
しかしアルテイシア姫が魔物に対しておこなった誓約が私にはわかりません。
お目覚めになったら、このことは聞くしかないのですが」
「姉さまは目を覚ますのか? 死に至らないのか?」
「今のところは大丈夫だと考えられます」
「そうか、それは良かった」
「しかしながら、姫の誓約によっては状況が変わるでしょう。
魔物に対し行動の制限をしていたならば、どうなるかわかりません。
例えば眠りにずっと陥るという誓約を付けていれば、行動を制限できます。
魔物を捕まえ、研究でおこなう時によくある誓約の手法です。
もしそのような制限を付けているのならば目を覚ますことは困難でしょう」
「そんな、まさか」
「それとです。 他に制限をした場合と、もしも魔物が魔法を使った場合もあります。
魔物がアルテイシア姫に支配の刻印を使った可能性も否定できません。
魔族も使うのですから、高位の魔物が使うとも考えられます」
「支配の刻印の魔法を解く方法はないのでしょうか、サファイア医局長」
「ジークフリード殿下、それはあなたもご存じでしょう。
奴隷契約を結んでいる者があなたのまわりにもいるのですから。
魔法をかけた本人が解くことが出来るのは確かです。
ですが、難しい魔法の解呪です。
それに特殊なアイテムも必要になります。
アルテイシア姫が使った魔法は、最上級の支配できる魔法の部類に入ります。
アイテムも特別な物でした。
魔法を解呪するのは、難しいでしょう」
「そんな、バカな話があるか」
「われわれ魔法医療班もできるだけお力になりたいと思います。
今はアルテイシア姫が目を覚ますのを待ちましょう。
それから皆の者で考えたいと思います」
「そうだな、サファイア医局長、そうしよう。
頼む、頼むぞ医局長、姉様を救ってくれ、頼むぞ」
「わかりました、ジークフリード殿下、われわれ魔法医療班、誠意をもって殿下にご協力したいと思います」
「ありがとう、サファイア医局長」
ジークフリードはアルテイシア姫の治療をサファイア医局長にまかせ、一端部屋を出ていく。
ファング帝国兵との戦いがどうなったのか調べに行くのだ。
「ジークフリード殿下、お話したいことがあります」
「なんだアバントス」
ジークフリードの側近アバントスと言う男が話しかけてきた。
歳は22歳、銀髪を長く伸ばした貴族の青年である。
幼少のころからジークフリードの側近として世話をしている男だ。
背丈は175センチ前後、細身で目が切れ長い、肌が色白であまり人相の良くない人物だ。
剣、魔法ともに訓練を高くつんでおりそれなりには腕は立つ、戦時中でも側近の一人として常においている。
「アルテイシア姫さまが召喚した魔物についてです」
「あの魔物がどうした」
「はい、あの魔物が逃げ去った時、私の奴隷の部下に追跡させています」
「でかした、さすがアバントスだな、よくやってくれた」
「ありがとうございます。
追っていった奴隷は犬の獣人です。
やつらには特殊な能力がありますので、追跡には最適だと思いました。
今はまだ連絡がありませんが、獣人たちのつてで連絡を取れるようにしてあります。
報告があがり次第、お知らせしたいと思います」
「そうか、でかしたな。
あの魔物を放置したままでは、姉さまも気がかりでならないだろう。
事が落ち着いたら討伐、いや捕獲しなければならないか。
そのための準備はしておくか、魔物の居場所だけ見失わないようにしてもらえるか」
「わかりました、2匹ほど犬の獣人をむかわせましたが、他にも差し向けたいと思います」
「そうだな、魔物の事はおまえに任せるとしよう、頼んだぞ」
「ありがとうございます」
アバントスと言う側近は大きく頭を下げにやりと笑みを浮かべた。
…… …… ……
森の中は薄暗いな、望遠透視能力で見てみても暗く感じる。
元の世界の大森林地帯と比べてみても、こちらの方が暗くてきみが悪いな。
それほど大きな森ではないのになんでだろう。
生えてる木や草などはほぼ同じと思うけどどうしてなんだろうか。
なんかそれに変な臭いんだよね。
ヘドロと言うか、先ほど居た街中で似た同じ匂いがする。
もしかして、森にゴミとか不法投棄しているのか?
こちらの世界の事を、良く知らないけど元居た世界より悪い感じがするんだよ。
たぶん偏見だと思う、自分が居たところを良く思うのは仕方ない事かな。
すでにホームシックにかかっているしね。
前にダンジョンから地上へ出られた時は、ホームシックなどの感じはまったくしなかったんだよ。
と言うか帰ると思えばすぐに帰れたしね。
仕事だと思って割り切っていたのが良かったのか。
今回は帰れそうにもないよ。
とりあえず森の中を探索してみるか。
索敵と望遠透視能力を使ってこの場所が安全なのか確認してみる。
特に問題はないみたいだけど、私を追っている者の気配が濃厚に感じる。
でも位置まで特定できないし、望遠透視能力でも見えてはいない。
いるのは確かだと思うのだけど、特殊な能力を持っているのか、探り当てられないとはな。
まっ、良いかな、敵意のようなものは感じないから、あくまで私の見張りだろう。
でも正直、居てもらったほうが良いんだよね。
こんな異世界で訳のわからない薄暗い得体の知れない森で、1人でいるよりは見張られたとしても良いんだよ。
怖いし、寂しいんだよね。
うぅぅ、あんな召喚魔法陣に入るのではなかった。
ちくしょう、すべてあの守護者のドラゴンが悪いんだ。
帰ったら管理者の詩織さんに言いつけて、きついお仕置きしてもらうんだ。
管理者の詩織さんが来るまでなんとか待つことにしよう。
しかし詩織さんは私を迎えに来てくれるのかな?
守護者のドラゴンは強制的に連れ戻されたって、言っていたから私もたぶんそうなるだろう。
問題はいつになるかだ。いまのところ研究が忙しくて引きこもっているんだよ。
連れ戻してくれるのだろう? 強制的に連れ戻してもらいたいんだよな。
一段落すればダンジョンへ、顔出すと思うのだけど、どうなんだろう。
緊急事態以外は連絡を寄こさないようにと守護者のドラゴンも聞いているし。
私が異世界に飛ばされたこと緊急事態ではないかな。
でも守護者のドラゴンは地上とダンジョンの事はまかせておけとか言っていたから、確か私のことはしらせないとか言っていなかったか?
自分は知らないとか言っていたよね。
おそらく私が異世界に飛ばされたことは詩織さんに知らされていない。
なんてこったい。
詩織さんの研究の具合で私が帰れるのかどうか問題なのか。
今まで顔出さなかったからそろそろ出しても良いと思うから結構早く帰れるかな、どうなんだろう。
10日、1カ月、半年、1年、10年、100年、まさか1000年、いやはやそこまで研究のために引きこもっていることはないだろうな。
最長でも遅くて半年くらいではないのかな。
たぶんダンジョンへ顔を見せに来るはずだよ。
それに私の彼女のローパーが危険に晒されればわかるみたいだからね。
でも彼女結構強いし、あの階層にも子供たちが住んでいるからそれほど危険はないと思う。
と言うか私が居なくなったらそちらでお世話になるのではないかな、彼女ちゃっかりしてるしね。
うむ、予定として半年はここへ居ると考えて行動しようか。
あっ、そうだ空間収納魔法に直視の宝珠を入れているので出してみよう。
その前に空間収納魔法が使えるかが問題だ。
私は空間収納魔法を使いが使用できるか確認する。
目の前の空間に黒い穴が出来た。
おぉ、良かったどうやら使用できるらしい。
それじゃ直視の宝珠を取り出せるか試してみよう。
直視の宝珠も問題なくとり出せた。
よかった、よかった、それじゃ使用してみるか。
いつも通り使用してみるが何も見えない。
うぅぅ、やはり使用できないのね。
しかし念のためだ、SOSの連絡を入れておこう。
私は直視の宝珠に語りかけた。
「もしもし、こちら、みつぐ、いや、らいとです。
至急SOS、緊急の連絡入れたいと思います。
異世界に跳ばされ遭難しました、至急救助の方お願いしたいです。
詩織さんお願いです、助けに来てください。
以上です」
ふぅ、とりあえず通じているかわからないが、話すだけ話しておこう。
しかし異世界に遭難とはなんとも言いがたいな。
今のうちにダンジョンから持ってきている石片を食べて朝まで休んでおくかな。
! あれ、この世界って朝ってくるのかな?
それすら不明なのか、いろいろ問題があって大変だぞ。




