第8問 ペロッ……これは片栗粉!!
「はあ……まったく、昨日は酷い目にあった……」
部室に入るや否や、鞄を机に放り投げてドサッと椅子に座る帳先輩。いつもと違って、明らかに疲弊している。
「何かあったんですか?」
「よくもまあ、何事もなかったかのように言えるな……君なら、昨日のアレが生徒の間で広まったら私がどうなるか分かるだろう?」
「……どうなるんです?」
「教室での人権が無くなって、引き籠りになる」
被害妄想が過ぎる。確かに普段の雰囲気とはだいぶかけ離れているけど、顔は可愛いからなぁ……男子からの人気が上がったり? 友達だって増えるかもしれないし……。
「文月、変なこと考えてるだろ」
す、鋭いっ!
「よく考えてみろ。普段からキャピキャピしているような女子が魔法少女のコスプレをしたら、可愛く映るだろう。だがな、文月は分かるだろう? こちら側の人間がそんなことをしたらどうなるか……」
「……はっ!!」
気付いてしまった。そして、それに気付いてしまう自分が悲しかった。
「そう、ただのイタイやつになってしまうのだよ」
「こ、これは絶対に隠し通さないと……」
そうだ。帳先輩のあと1年の高校生活がかかっているんだ!! 何としてでも外に漏れないように……あっ!
「先輩! マズいですっ!! 昨日、塩安先生が……」
アレは確実にドン引きの目だ。いや、まあ先輩の好みには合致しているかもしれないが、コスプレが趣味な訳ではない!
「くっ、先生か……でも、あの人だとなんか大丈夫そうだな」
「あ、なんとなく分かります」
第一印象、口が堅そう。それ以前に、話す相手がいなそう。というか、職員室で孤立してそう。
おっと、無意識に顧問をディスってしまった。本心だけど反省。
「あの人もこちら側だからな……揺する必要もないだろう」
なんか帳先輩の口から怖い単語が聞こえた気がした。きっと、空耳だろう。
その後、ホワイトボードで作戦会議をしていると、部室の扉がバンッと勢いよく開かれた。
「はいはいこんにちわ~☆」
こ、このアホっぽい挨拶は……よりによって、一番口が軽そうな人が来てしまった。
「今日はネットで注文した衣装を持ってきたもごっ」
「おい銅、もちろん昨日のことは誰にも喋ってないよな?」
手で口を押さえ、見たこともないような形相で銅先輩を睨んでいる。目がヤバいよ……。
「喋ったのか?」
銅先輩は首を横に振った。
「じゃあ、喋ってないんだな?」
そしてコクコクと頷き、やっと解放された。深呼吸をして息を整えている。本気で口塞いでたのか……。
「文月は分かってくれているし、塩安先生は話す機会がないだろうし、遥場は昨日来ていないし、銅が黙っていれば安心だな」
「そうですね。他に見た生徒はいないでしょうし」
こうして、帳先輩魔法少女コスプレ事件は幕を閉じたのだった。
* * * * *
午後五時四十五分のチャイムが部活の終わりを告げた。
「それじゃ、私はお先に……」
机の上の鞄を手に取り、ガラリと部室の扉を開けたその時――
「……あら、帳さんじゃない」
廊下に立っていたのは、帳先輩のクラスの担任を受け持つ数学教師、生里先生だった。この部室、数学科室の手前にあるから通り道なのか。
「あ、先生。そういえば今日の授業のところで質問があるんですけど」
「質問? いいわよ。そういえば、高三の先生たちの間で一日中話題になってたんだけど……」
「話題……ですか?」
どのクラスも部活も文化祭準備をしている時期だし、盛り上がるような話の一つや二つはあるだろう。どうせ、どっかの男子がふざけてやらかしたとかそういう……。
「ええ、あなたがここで可愛いコスプレしてたって聞いて、先生思わず吹き出しちゃった……わ」
「……今すぐ私を殺して下さい」
「な、なんで!?」
職員室で広まっている理由はともかく、ここまで空気の読めない人間がいるのか……先輩に2,147,483,647のダメージ!!
「……殺してくれないなら、言いふらした犯人を教えてください」
「そ、それを教えたら?」
「……その人を殺して私も死にます」
一見アホらしいこのやり取りだが、私には分かる。白衣の内側に変な色の液体が入った試験管や謎の白い粉を仕込んでいる帳先輩ならやりかねない。
「昨日のアレがバレちゃ、私の人生終わりですよ」
「あなたそんなキャラだったっけ!? 早まっちゃダメよ! 高校生活に黒歴史はつきものなんだから!!」
何故か病みキャラと化した帳先輩と、その傷を容赦なく抉っていく生里先生。この混沌とした場をどうすれば……。
「ぶちょーが探してる犯人って、先生なんじゃないの~? 数学科室って隣だから、ちょっとは声聞こえるでしょ~?」
いつもはさらに場を搔き乱す銅先輩の言葉が、カオスな状況を打ち砕く。帳先輩の標的が生里先生に定められ……って解決してないじゃん!
「せ、先輩なら生きていても大丈夫ですから!! その粉とか飲ませちゃダメですからね!」
飛びかかろうとする先輩の腕を掴み、とりあえず励ます。先生が逃げたのを確認して手を緩めた。
「……粉?」
ん? なんか反応が変だぞ。私、何か間違えた?
「ああ、これか……万が一、とろみをつける必要があったときのための片栗粉なんだが……飲んだら死ぬのか?」
まさかのマイ片栗粉だった。とろみをつける必要があったときってなんだよ。あっても調理実習のときだけじゃないかな? やっぱり帳先輩って……よく分からん。
《帳先輩の後書き授業》
「2,147,483,647のダメージ!!」なんでこんな中途半端な値なんだ? と思っただろう。
これははプログラミングにおける「int型」の最大値だ。
int型は-2,147,483,648~2,147,483,647の整数値をとる。すなわち、体力をint型で管理しているとすれば、どんなチートキャラでも確実に倒せるダメージなのだ。まあ、それ以前に攻撃無効とかだったら意味がないのだが……。




