第5問 とりあえず燃やして解決
「さて、昨日言った通り考えてきてくれたか?」
「一応……」
鞄の中からノートの切れ端を取り出し、帳先輩に手渡す。すると先輩はそれをノータイム読み始めた。
ちなみに現代文の授業中に内職して作ったメモである。理系、国語の授業で内職しがち。
「ふむ、取り敢えず上から順に考えていくか」
それを磁石でホワイトボードに貼り付けて、マーカーのキャップを外す先輩。いつも通りの、考察タイム始まりの合図だ。
「まずは……『火炎放射』だな」
魔法と言われて一番に思い付いたものがこれだ。ほら、RPGの魔法使いがレベル1から使えるのって火系が多いでしょ?
「……魔法少女はどうやって火を出しているんだ?」
その質問に対し、質問で返す。
「それ、私たちが今議論している根本の話になってしまうのでは?」
「いや、言い方が悪かった。魔法のエネルギー源についてではなくてだな」
そう訂正して、帳先輩はホワイトボードに何やら図を書き始めた。長方形の物体から何かが出ているような絵だ。
「通常、火炎放射器は点火されたガスや液体燃料を噴出するものだ。それを手から放つとなると……」
『火炎放射を使える魔法少女は、手から燃料を生成して噴出する能力をもつ』
「……こうなるよな?」
でかでかと赤マーカーで書かれたその文字に異論は無かった。無かったけれど……何かシュールだな、それ。
「あ、でも粉塵爆発なんて線は……」
誰しも一度は効いたことがあるのではないだろうか。小麦粉や砂糖、炭塵、アルミニウム粉などが空気中に浮遊した状態で火花等が起きると、燃焼が継続して伝播して爆発する現象のことである。
火炎放射というより爆発だが、ぽいものはできそうだ。
「いや、ないな」
一瞬で否定された。
「もしも粉塵爆発だとしたら……」
『火炎放射を使える魔法少女は、空気中に可燃性の粉塵または金属粉塵を生成し、その濃度を制御できる能力をもつ』
「こうなるだろ? 粉塵の濃度が高過ぎると酸素不足で、低すぎると燃焼が伝播せず、粉塵爆発は発生しない。分子レベルで操作できないと難しいだろうな」
「な、なるほど……」
結論、魔法少女は燃料を撒き散らしている……ヤバイやつじゃん!!
「どうも~。魔法少女研究部唯一の陽の者、鈴音だよっ☆」
謎の自己紹介とともに入室してきた銅先輩。私に抱きつこうとしてきたのをバックステップで回避する。
というか「陽の者」って、まるで私達が「陰の者」みたいじゃないか……まあ、悲しいことにそれは否定できないのだが。
「ん~? なにこれ」
まるで放火魔のような魔法少女の能力を見て、何やら言いたげな様子の陽の者。帳先輩が「どうした?」と訪ねると、私達が考えてもいなかった説を口にしたのだった。
「えっと、フロ、フロ、なんだっけ……そうだ! フロギストン説とかどうかな~」
これには帳先輩もびっくりである。
フロギストンは日本語だと「燃素」。燃焼という現象を「フロギストンが放出される過程」と、昔の人々は考えたらしい。
簡単に言うと、フロギストンを多く含む物質は燃え、殆ど含まない物質は燃えにくいというものだ。
木炭などを例に取ると意外と違和感がなく、当時は受け入れられたのもなんとなく分かる。
だがこの説のとおりだと、金属を燃やすと金属灰とフロギストンになるが、金属は質量が増す。するとフロギストンは「負の質量をもつ」という意味不明な粒子になってしまうのだ。
そして最終的に、酸素説によって衰退してしまったのである。
と、力説してしまったのだが、結局のところ銅先輩は何が言いたいのだろうか。
「……なるほど。『魔素=フロギストン説』ということか」
「そゆこと~♪」
いつの間にか私だけ置いていかれていた。帳先輩の推測する力が桁違いなんだけど。
「えっと、どういうことですか?」
「だから~、フロギストンが空気の中に入ってて、魔法少女がそれを外せたら燃えるね☆ってことだよ~」
魔法が使える世界にフロギストン的な何かがあれば確かに成り立つ。それを魔法のエネルギー源としているのだから、魔素とフロギストンが一致するということだ。
「いや、待て。『フロギストンが出ていく』を『酸素と結びつく』と言い換えたらただの燃焼じゃないか」
「あ」
銅先輩の説は論理破綻というよりも、さっきまでの話と同じじゃないかという結論に至った。
「まあ……火炎放射は無理そうだな。燃焼ばらまいたら捕まるだろ……火炎放射器、自作するか?」
どうしてそうなるんだよ。そう心の中で呟いた。