第3問 現実世界と魔法世界の一致
魔法少女の定義が完了したところで、帳先輩が議論を次に進める。
「となると……一番の問題は『魔法』の定義だな」
「ですよね……」
そう、魔法が何なのかを定めなければ魔法少女になれる訳がないのである。リアルで契約を求めてくるキャラなんてものが出てくる確率は極めて低いだろう。
残念ながら、私はこの世界で魔法というものを見たことがない。
「なんでしょう……『非現実的な現象を起こす』とかじゃないですか?」
火を放ったり凍らせたり、はたまた光線を射ちだしたり、どれも現実的には難しいものが多い気がする。最も、これは帳先輩の夢をぶち壊す発言に等しいのだが。
「間違ってはいないだろうが……よし、二人に問題だ」
何かを思い付いた様子。それにしても、どうして自分で言わずに引き出そうとしてくるのだろう。「時間の無駄だから一人で考えた方が効率的」とか言ってくれると助かるんだけどなぁ。
「マジシャンはマジックをする。明らかに人間には不可能そうなものを見せてくれるが、タネがバレてしまったら終わりだろ?」
「まじっく~♪」
確かに、コイン貫通を本気でやるにはテレポートの能力とかが無いと絶対にできやしない。普通の人間が考えれば、どんなマジックにも仕掛けがかならずある。「タネも仕掛けもありません」という言葉があるが、むしろ無いと困るくらいだ。
銅先輩をスルーしたまま議論が進む。
「それで思った。魔法というものは原理が分からない。マジックでも、タネがバレなければ魔法なのではないか?」
「えぇ……」
圧倒的暴論。
つまり、非現実的な現象を起こしていて、かつ仕掛けや手順を説明できない行為は魔法ではないか? ということである。
すると大半のマジシャンは魔法使いになってしまうのだが。
「なんか、ちょっと違う気がします……」
「なら、意見を言え意見を」
帳先輩は、初めからこの世界における魔法について考えている。しかし、これでは根本的な問題が生じるのだ。
魔法というのは、基本的に異世界で存在するものである。
これを忘れてはいけない。リアルの世界で戦う魔法少女もいるが、ここでは外部の条件を一度緩めて考える方が無難だろう。
全く関係がないのに、整数問題の考え方に近い気もする。初めにできる限り範囲を狭め、場合によっては「整数であるから実数である」というように広げて考えることもあるからだ。
考える範囲を広げる……? この世界だけで考えているのが問題なのかもしれない!
「そうだ、帳先輩! まずは異世界における魔法を定義すればっ!!」
「いせかい~?」
「そうか! よくやった文月! それならいけるぞ!」
方針が決まれば早い。先程よりも長い文字列を物凄い勢いで書いていく。
「まず、私たちのいるこの世界をAとし、構成する粒子の集合をPとする。そして魔法が存在するとある世界をBとし、同様に構成粒子の集合をQとおく」
こんなに長い言葉でも一度たりとも噛まず、スラスラ言ってのける帳先輩。ただ、聞いている側としては非常に分かりにくい。言い換えの練習してきてほしい。
構成粒子の集合というのは「原子とかそういうの全部」ということ。水素とか鉄とかはPの成分である。
「ここで、『P⊆Q』と仮定する」
「この記号かわいいよね~♪」
読み方は「PはQの部分集合である」。すなわち、世界Aにある物質はすべて世界Bに存在することを表す。
どうでもいいことだが、私が好きな記号は『∵』である。かわいいよね。え? かわいくない?
「文月、この関係から分かることは?」
「世界Bの方が粒子の種類が多いかもしれないってことだから……Bには魔法に関係のある粒子が存在するかもしれないってことですね!」
「そう、ライトノベルでよく使われる言葉を借りて『魔素』としようか。魔素の集合をMとして『Q=P∪M』が成り立つとき……」
次なる記号は『∪』。先輩が言ったのは『QはPとMを合わせたもの』という意味だ。
結論が定まったのか、赤ペンに持ちかえてホワイトボードに纏めていく。
『魔素を集合Pの物質で作ることが可能ならば、M⊆P∴P=Q∴A=Bであるから、世界Aでも魔法が使える』
「こんなもんだろ」
果たしてこの部活は何を目指しているのだろうか。
魔素を作れれば世界Aと世界Bが一致するから、この世界でも魔法が使える。よって魔法少女の定義より、帳先輩は魔法少女である。以上。
「それじゃ、明日までに魔法の例と魔素が何であるかを考えてくるように。解散」
「幼女がいればぁ……なんでもできるぅ……はっ、私帰るねぇ……」
魔法の言葉「解散」が寝ていた咲先輩の目を覚まさせる。いるよね、どんなに騒がしいところでも寝れるのに、チャイムの音で起きれる子。
なお彼女の趣味及び嗜好に対し、私はニュートラルな立場をとらせていただこう。何故だか触れてはいけない気がする。
「私も帰る~♪ ばいば~い☆」
最後までハイテンションなまま、出ていく銅先輩。これで、部屋に残っているのは私と帳先輩だけとなった。
「おい、文月」
「何ですか?」
鞄を背負い、部室を出ようとしたその時、ペンを持ったままの先輩から声がかかる。
「方向同じだよな。一緒に帰らないか?」