僕の心臓を君に 後編
僕が、扉の外でしばらくまっていると、「ねぇ…嘘だよね…。****がこの中にいるって聞いたんだけど。嘘だよね?」そう言った彼女の友人の手は震えていた。
「ねぇ…返事してよ。神田は****とずっと一緒だったんでしょ?」
「彼女は、倒れたよ。僕の目の前で、倒れたんだ。僕は何もできなかった」
「そんな…嘘でしょ。」その場で彼女の友人は泣き崩れた。
彼女の口から、何度も何度も、ごめん。ごめん。と聞こえてきた。
僕たちは、何もできなかったんだ。
「お前たち。そろそろ帰る準備をしとけよ。」
「お願いします。先生。****を待たせて下さい。」
「30分だけだぞ。」
そう言われ、扉の外で、彼女の救命の担当医を待っていると、集中治療の扉が勢いよく開いた。
「先生!****は無事なんですよね!?何ともないんですね!?」彼女の友人が医師に聞いた。
「今は、詳しく検査をしない限り何ともいえません。とにかく、親御さんと話がしたいんですが、いつ頃到着されます?」
“彼女に親はいない”そのことは、この場の全員が知っていると、そう思っていた。
だから、先生が「彼女に家族はいません」と言った時、彼女の友人がなぜ驚いたのか分からなかった。彼女の担当医は続けてこう言った「分かりました。落ち着いて聞いて下さい。今集中治療室に入っている****さんは、もう長くありません。」
そんなこと言ったら彼女の友人が暴れる事は大体想像がついた。
彼女の友人は医師の胸ぐらをつかみ、罵声を浴びせた。
先生と看護師2人で止めるのがやっとだった。
僕は、その光景が止まって見えた。
言葉が出ない。息が苦しい。あぁこんな時にまた思い出した。
「絶望」
彼女の友人落ち着いたところで、僕は、話しかけてみた。
「大丈夫?…じゃないよね。ごめん。」
「…知ってたの?****の事。」
「知ってた。彼女の家族がもう居ない事も、彼女が義足だって事も。」
「なんで。なんであんたが知ってて私が知らないのよ!?ふざけんな!****を…****を返してよ…」
「ごめん。僕は何もできないんだ。」
医師の話だと、彼女の家系は心臓病になりやすい家系らしい。
彼女はかなり進行していて移植以外に彼女が助かる手がないらしい。
だからって、天涯孤独で義足の彼女。それだけでも十分苦しいはずなのに。
追い打ちをかけるように、心臓の病気にまでなって。
それでも、彼女は笑えるのだろうか?
彼女の目が覚めた時、知らない部屋でいくつもの管が自分の体とつながっているところを見て、彼女は何を思うのだろう。
自分なりに想像してみた時、やっと気づいた。僕は、今なにを。
今まで、相手の気持ちを想像したことなんて無かった。
その僕が、今彼女の気持ちを考えようとした。ということは、僕は彼女の感情に触れようとした。ということだ。僕は彼女と出会って、変わったんだ。
そうだ、彼女に対して色々な感情が出てきた事を僕はこの時やっと思い出した。
嬉しい、悲しい、憧れ、絶望。すべて彼女が思い出させてくれたものだ。
「なんで…今更、こんなこと。僕は本当はもっとはやく…」
本当に僕は何もできない。
僕らの修学旅行は、彼女が倒れたことで途中で中止となった。
「なんでだよ。」と文句を言うものもいたが、僕と先生、そして彼女の親友さんはそれどころでは無かった。
僕らの帰りに合わせ、彼女は僕らの県で一番大きな病院に搬送となったからだ。
そこで、心臓のドナーを待つらしいが、何しろ今の彼女は危険な状態だ。いつ死んでもおかしくない。ドナーを待つ時間がないのだ。
バスに乗り込んだ後もそのことで頭がいっぱいだった。
彼女にはまだ伝えたい事がある。死んでもらっては困る。
彼女の事を考えていると、いきなり物凄い揺れが僕を襲った。次の瞬間。
視界が消えた。
「……。」
誰…だ。僕は…眠いn…だ。 あ…れ。手が…足も?…ここは…。
確か…バス…僕…どうな…死ぬ…か?
彼女…伝えて…ない…こと…。 僕は…君と…なかよs…だ。
あり…と…。
ハッ!ここは?バスの中?僕はまだ生きているのか?
嫌な夢だった。悪夢とはこういう事を言うんだろう。
夢だと分かった瞬間ドッと疲れが出た。もう少し寝よう。そして彼女に伝えよう。
ありがとう。と、この声が聞こえるうちに。
僕が、家に帰ると、父が仕事から帰っていた。
まだ11時なのに。「父さん。今日は仕事どうしたの?」話しかけても父からの返事は無かった。
まぁ、いいか。それより。僕は彼女のことが気になって仕方ない。
彼女に会いに行こう。
先生から移転先の病院のことは聞いていた。
僕の家からだと大体20分ぐらいのところだ。
僕は、父に、行ってきます。と言い家を出た。
僕は病院につき、まず最初に彼女を探した。
大体の見当はついているが。
僕はその病院で集中治療室を探した。
彼女はきっとそこにいる。
僕は、なぜここまで彼女に惹かれるのだろう。
僕は、本当は出会った時から彼女が気になって気になってしょうがなかった。
僕が彼女に出会った時、彼女の涙に魅力を感じていたのは、きっとその時の僕には分からない、“感情”をあわらにして泣いている彼女が羨ましかったからだ。
僕は、感情をあらわにする彼女に憧れていたんだ。
彼女に会いたい。大事な人はいなくなって初めて大事だと気付くというが、僕はまだ失っていない。まだ、彼女はここにいる。
集中治療室についたもののやはり中には入れてもらえず、扉のそとで待つだけだった。
僕は、寝ることも忘れてずっと待ち続けた。
次の日、突然、集中治療室の扉が開いたと思うと中から彼女が出てきた。
一体、どうしたんだ。なにが起こったんだ。
「****さん。手術の準備できました。」「よーし。ゆっくり運べ。」
なんだ。彼女のドナーが見つかったのか?
「ドナーの確認お願いします。ドナー番号33425番 神田 隼人さんです。」
えっ。何を…その名前は僕のものだが。
「ドナーの状況は?」「2時間前に脳死が確認されました。親御さんも了解しています。」
了解?僕はまだ生きている。体はどこも痛くないし、いたって健康だが?
僕が、彼女のドナー?
「患者とドナーの適合度はほぼ100%です。家族でもここまではいかないほど、体のつくりも全く同じです。」
「分かりました。手術始めますね。お願いします。」
そうだ。僕は、あの時もう助からなかったんだ。
現に今、僕は手術室にいるのに、誰も何も言ってこない。
それに、ここに決定的なものがあるじゃないか。
僕の体。
僕は死んだんだ。でも、不思議だ。僕にとって絶望的状況なのに、なぜか嬉しい。
僕の心臓で彼女が助かる。
よかった。彼女は助かる。本当に良かった。
「よか…」僕はボロボロ涙を流して泣いた。彼女が助かってよかった、ということと、僕が伝えたかったことは何も彼女に伝えられなかったという事、そして何より僕はもう彼女に会えないという事が、まじりにまざって僕は涙を流した。
僕は、そっと彼女のそばに行き、彼女の手を握った。
「握れるはずないか。」僕が、彼女の手を離そうとしたとき、彼女の手が動いた。気がした。
彼女の手術はうまくいき、彼女は目を覚ました。
「ん…ここ…は?」
彼女が目を覚ました時、僕はホッとした。
僕は、彼女を救えたんだ。何もできなく無かった。
彼女が助かって本当に良かった。
1か月後、彼女の容態がかなり良くなったところで、医師は彼女に全てを伝えた。
彼女が倒れ生死の境目をさまよっていた事、修学旅行の帰りのバスで事故があり多くの死傷者を出した事、そして、彼女のドナーが僕である事。とここまでは僕も知っている。
「実は、あなたのドナーになって頂いた神田 隼人さんは、」
あなたの、実の双子の兄でした。
「珍しい、男女の二卵性双生児です。」
僕…と彼女…と家族? 話についていけない。
僕と彼女は家族なのか?ならどうして、今まで父からは何も。
でも、それなら、体のつくりが全く一緒だったことも、僕が彼女に何かを感じたこともつじつまが合う。
「先生…私の…兄は…今どこに? 神田君は今どこにいるんですか?」
涙声で問う彼女に流石の医師も辛い表情で、「あなたの、お兄さんはもういません。あなたに、心臓を残して、この世を去りました。」と言った。
「あ。あぁぁぁぁぁぁぁぁっ。あぁぁ」
彼女は壊れてしまった。
彼女の壊れていく姿を見て、彼女をここまでにしたのは自分だとようやく気付いた。
天涯孤独の彼女にとって僕は最後の希望だったのではないか?
それを、壊したのは、僕だ。
僕は、浮かれていた。彼女を助けられてよかった。これで彼女に何か残せた。と。
僕は、何も彼女に残していない。彼女に生きていて欲しいとこの世に縛り付けたのは僕だ。
これで、本当に良かったのだろうか?彼女は幸せだろうか?
僕は、彼女に恋に近い感情を抱いてもよかったのか?
僕は……。
「杏華…すまない。本当にダメダメな兄ちゃんで…」
あ。そうだ。名前、思い出した。何で気づかなかった。僕の妹の名前は杏華。
彼女の名前にノイズをかけていたのは、僕だ。
妹の名前を忘れる兄がどこにいる。
「杏華。杏華。杏華」
何でもっと早く思い出さなかったんだ。この声が聞こえるうちにもっとたくさん喋るべきだった、名前を呼ぶべきだった。何で今更なんだよ。
「杏k…。僕の…妹。ごめんな。」
ごめん。ごめん。ごめん。ごめん。
大好きだ。一人の女として。




