彼女の中の僕
僕には感情がないのかもしれない。元々、父子家庭で仕事が忙しい父は僕を全く相手にしていなかった。そのせいか、嬉しい、悲しい、愛おしいい、寂しい、そう言った
ごく一般的な感情を抱いた覚えが無い。
僕の毎日は決まっているからだ。
学校へ行き、勉強をして、昼食を食たべ、家に帰る。
毎日、毎日、毎日、この繰り返し。
幸い、それを不幸だと思ったことはない。僕にも本を読むという楽しみがある。
本の世界は自分だけの世界、それを咎めたりする奴は今のところいない。
本は僕に色々な感情を見せた。嬉しい、悲しい、愛おしい、寂しい。
だが、当然ながらそれに共感は全くなかった。
なぜなら、僕の毎日は決まっているからだ。
その日、僕はいつもより少し早く学校についた。
いつもと同じ様に職員室に鍵を取りに行くと、教室の鍵は無かった。
だれかもうすでに教室にいるのだろうか?まぁいたところで何かあるわけでもないし。
そんなことを考えながら僕は教室の扉をあけた。
その光景に、僕は立ち尽くした。
教室の窓際、一番後ろのその席で、彼女は泣いていた。
僕は、本の世界では感じられない、何かを感じた。
ただ、残念な事にその感情がどんな名前だったか僕はもう覚えていない。
彼女の頬に流れる涙は太陽に照らされキラキラと輝き、その横顔は幼児のように幼く、
そこからは想像できないほど涙を流した事が彼女の手に握られていた一枚のタオルから分かった。しばらくして、彼女が僕に気づくと、彼女は必死で涙をぬぐい、僕に向かって
「ごめん…」と言った。僕は、何が起こったのか分からなかった。
なぜ僕が謝られたのか、そもそも、なぜ泣いていたのか。
僕は理由が気になって彼女に聞こうとしたが、教室に彼女の姿はもうなかった。
「か~ん~だ~君!」と言って私が彼を後ろから押すと彼は凄まじいリアクションを見せた。「うぁぁぁああぁああ!!」と言ってこちらをみた瞬間、彼の顔はみるみるうちに不機嫌な顔になった。
「…なに?」と不機嫌に彼が言うもんだから「そんな顔しないでおくれ~」と茶化してみせた。すると、彼の顔はますます不機嫌になって「…用がないなら行くけど」といった。
さすがにまずいと思った私は、「用がないわけじゃないよ。ちょっと一緒にきてくれる?」と、彼を無理やり校舎裏まで誘った。
「昨日、私が泣いているとこみたでしょ?」
あぁ、今日はイレギュラーな事がたくさん起こるな。
ついてこいと言われた時点で薄々気づいてはいたが、さて、どう答えよう。
どう答えれば正解なんだ?正直に言うべきか?
でも、聞いてくるってことはきにしてはいるはず。
なら気をきかせた方がいいのか?
何かを感じたのか、彼女がまた喋り出した。
「明日、土曜でしょ?暇でしょ?駅前のコンビニで集合ね」
ん?何を言ってい…
「じゃね~!!」
ちょっ待て待て。と僕が言う頃には彼女の姿は無かった。
私はうっかりしていた。どこで集合かは彼に伝えたものの、時間を言う事をすっかりわすれていた。
「みすったー。」と小さな声で呟いた時
「君の計画性の無さには驚いたよ」と声がした。
声がした方向を見ると、そこに彼は立っていた。
私は嬉しくなって、「神田君!!来てくれたんだ!!」と思わず声がでた。
神田君は私の質問には答えず「君の話って何?」と言ったもんだから少し驚いたけど、とにかく、ここではまずい。
「オッケー!場所かえよっか!」と私は、できるだけ明るく言った。
僕は彼女に連れられ駅から一番近い喫茶店にやってきた。
喫茶店の扉を開けた瞬間コーヒーのいい香りが僕の中に入ってきた。
この何とも言えない感じを何て言うんだっけ?まぁ、この気持ちを伝える相手がいない僕には必要ないが。ただ、少しだけこの気持ちをだれかに伝えたくなった。
「ここに座って」僕は彼女に言われるまま席に着いた。
「すいませーん!コーヒー2つ!!」
「ここのコーヒーね、すっごくおいしいんだよ!」
「あっ、神田君コーヒー好きだよね?」
「…そう聞くなら、君は僕にコーヒー好きかどうか聞いてから注文すべきだと思う。」
「…ふっはははっはっはははは」
「その通りだね。神田君面白い!」
「僕は普通の事を言っただけだ。それより本題に入ろうよ。」
「おお!急にその話!?」
「僕は、正直、あの時なぜ君が泣いていて、なぜ僕に謝ったのか興味がある。」
「知りたい?」
「なぜ、そんなに楽しそうなんだ。」
「ふふ、なんででしょう?」
「…はぁ~とにかく、君はそれを話してくれるんだろ?」
「いいよ。教えてあげる。」
「うん」
彼女の話が終わった時、僕は彼女に初めて会った日の事を思い出した。
彼女の頬に流れる涙に魅力を感じたあの日の事を。
喫茶店で、涙を流す彼女を見ていると、その姿がとても魅力的に見える。
僕は、この時やっと、この感情の名前を思い出した。
「憧れ」だ。
私は、その日、神田君に全てを話してしまった。
友達にも言っていない事を、偶然とは言え、泣いているところを見られた、ただのクラスメイトに。
全て話してしまった、と後悔するのとは裏腹に、この人には何も隠さなくていい。と心のどこかで安心している自分がいた。
そう思った途端、全身の力がスッと抜け、気づいたら泣いていた。
また、泣き顔を見られてしまった。早く止めなければと思ったが、いっこうに涙は止まらず、
涙の量は、だんだん増していった。
鞄に入っていたハンドタオルで涙を止めようと頑張ったが、案の定、ハンドタオルはすぐに使い物にならなくなり、ぬぐっても、ぬぐっても溢れてくる涙を止められず、また、そんな無力な自分にも泣けてきた。
神田君は、「…はい。」と静かに言って、自分が持っていたティッシュをくれた。
それが嬉しくて、嬉しくて、また泣いた。
神田君は黙ったまま、また自分の席に戻って、私が泣き止むまで待っていてくれた。
その日、喫茶店で全てを話した日、私の中で、神田君がクラスメイトから唯一無二の相談相手に変わった、大事な日になった。
修学旅行。それは、僕にとっては地獄でしかなかった。
僕の、本を読める時間は物凄く限られるし、友達のいない僕にとって、班活動ほど楽しくないものはない。
「よ~し。今から班を決める!お前ら適当に5人グループを作れ。」と言った先生は鬼だ。
僕は、毎年どこのグループにも入れず1人余っていた存在なのだ。
先生が勝手にグループを作ってくれたら、楽なものを。と、毎年思う。
「ねぇ!一緒のグループにならない?」僕は静かに顔を上げた。
そこには、想像どうり、君がいた。
「え。神田君と仲いいの?」と彼女の友人が彼女に聞いた時、彼女は、僕も予想しなかった事を言った。
「うん。私たち友達なの」
は?何を言っている。僕は彼女の言う友達がわからない。何をすれば友達なんだ?
相談に乗ったら友達?泣き顔を見たら友達?2人でコーヒーを飲んだら友達?
僕は、ますます彼女が分からなくなった。
「あ…そーなんだ」と困惑する彼女の友人の気持ちも分からなくない。
いままで喋った事すらないクラスメイトと修学旅行なんて、僕なら絶対にお断りだ。
それでも、彼女は何とか友人を説得させ、僕を無理矢理、班に入れた。
僕は、出来上がった自分の班を見ずに、家に帰った。
ついに、この日が来てしまったか。
「お前ら、修学旅行だからってはしゃぎすぎるなよ」これが、始まりの合図。
先生の一声とともに、みんながみんな動き出す。
僕は、その場でどうしていいか分からず立ち止まっていた。
「神田君は、どこに行きたい?」
「僕は特に行きたい場所なんてない。好きに決めていいよ」
「その答えが一番困るんだけどw」
「じゃあ東京スカイツリーとやらにでも上りますか?」と君が楽しそうに笑う。
僕は、静かにうなずいた。
僕は、初めて上ったスカイツリーに少しだけ興奮していた。
車はまるでオモチャみたいで、人は肉眼では把握できなかった。
「わぁ~!!!すごいね!!」私、初めて上ったんだけどまさかここまですごいとは!って君が言って、君も僕と同じようなことを思うんだ。と嬉しくなった。
一日目が終わり、僕たちは旅館に向かった。
旅館はとても広く満足だったが、年頃の男女を同じ部屋にするこの学校には不満だった。
隣の女子は「男子。この襖開けたら、殺す」と一言。
「誰もお前らなんか見ねえっつーの。なぁ?」
え?僕か?
「あってかさ、お前****と付き合ってんの?なんか仲良すぎじゃね?」
「おーい。聞いてんのか~?」と言うと僕の前で手を振った。
「…別にただ仲が良いだけ。それ以上でもそれ以下でもない」
ふ~ん。と僕の答えがつまらなかったのか、クルッと後ろを向いた。
「ところでさ!」とまた、こちらを向いた時はさすがに驚いた。
「****の事どう思う?別に俺は好きとかじゃないぞ!」
「だから、別に僕も何とも思ってない」と少し強めに言うと彼は、そっかと言ってどこかに行ってしまった。
それより、僕は彼の話を聞いている時、彼女の名前にノイズがかかったみたいに、聞こえなかったことの方が、気になった。
彼女の名前…。
あれ?彼女の名前は何だっけ?
二日目の朝、携帯の充電を忘れていたことに気づき、肩を落とした。
‘’今日はどこにいこう?‘’という話題で僕らの班はもめていた。
もめに、もめて出た結論は、現地集合だった。
これで、ゆっくり本が読める。と思ったのもつかの間、君が
「さっいくよ!」と僕の手を引いた。まぁこうなるか。と僕は開き直ったがな。
僕たちは、神社やパワースポットなどを回った。
なんでも、彼女の趣味らしい。こうして見ると彼女は普通の女の子なのに。
僕と、二人で昼食を食べている時、彼女の様子が少しおかしかった。
なんというか、ぎこちない感じだった。
「ねぇ大丈夫?」と僕が声をかけると「全然平気!なんで?」といつもみたいに明るく
振る舞う君を見て何も言えなくなった。「いや、別に」
だが、その不安は的中した。僕と彼女が二人で自販機に向かっていた時、僕はふと彼女を見た。彼女はいきが上がっていて、顔も真っ青だった。
「ねぇ!本当に大丈夫?」と僕がもう一度声をかける。
へーき。へーk…。と彼女は言いかけてその場に倒れた。
「ちょ…おい!大丈夫?聞こえる?」と僕が必死になって喋りかけても彼女の返事はなかった。僕は慌てて救急車に電話しようと携帯を取り出した。
「えっと…11」と僕が携帯のボタンを押している時、突然ブーッと音がして、電源が落ちた。
昨日、充電を忘れたからだ。このままではまずい。考えれば考えるほど僕は焦った。
一体どうすれば。と僕が考えていると、「おいっ!人が倒れているぞ!」と通りかかった男性が叫んだ。そのあとすぐに救急車が駆け付け、彼女をタンカに乗せたその時、彼女は吐血しそれと同時にゴトッっと何かが落ちる音がした救急隊がどいた後それが彼女の足だと分かった。 「私ね義足なんだ」 話には聞いていたが、心のどこかで何ともない普通の子と処理していた。僕はこの時改めて彼女が義足だと知った。僕が病院に着くと彼女は集中治療室に入っていた。
面会はもちろん、中にさえ入れなかった。
僕は無力な自分に腹が立って仕方なかった。
僕の心臓を君に 前編 を読んでいただきありがとうございます!これが初の投稿なので皆さんがどんな感想を持つのか楽しみです!
僕の心臓を君に 後編 もお楽しみに。