雲のモックン、一網打尽!
「ルーク、ご馳走様でした。美味しかったわ」
こんな時でもお腹は空くのね。
まったく、テトラってば置き手紙一つでどこかに行っちゃって。
゛きっと犯人を見つけて来るでプ、何も心配しなくていいでプ゛
なんて、カッコイイ事を書いてるけど、心配するに決まっているじゃない!
お昼過ぎまで帰ってこないし、本当にどこまで行ったのかしら。
「キアラ様、何か気にかかる事でも?」
「ううん、何でないわ」
「……では、食器をお下げします」
何も聞かないのね。ありがとう、ルーク。
今度この気の利くお爺さんに、テトラの肩たたき券でもあげようかしらね。
「ただいまでプ」
わっ、びっくりした!
いきなりベッドから帰って来ないでよ!
「随分と遅くなってしまったでプ」
遅くなりすぎだってば!
「いったい今までどこに行ってたのよ!」
「町外れまででプよ」
町外れ~~?
「何でそんな所にまで行ってたのよ?」
「公爵令嬢を付けて行ったから、しょうがないでプ」
令嬢? 犯人を見つけに行ったんじゃなかったの?
「公爵令嬢が偽手紙の真犯人でプ。この耳で聞いたから間違いないでプ。それより、」
「ちょっと待って、その前にモックン、テトラを綺麗にしてあげて」
「プルプルン!」
真っ黒けでドロドロだもん。
゛ゴシッゴシッ゛
「モックン、ありがとうでプ。スッキリしたでプ!」
うん、これでもとの可愛いテトラだ。
「そんで、さっき言いかけてた事……」
「そうだったでプルプルプル!」
「きゃっ!」
な、何よ、急に犬みたいに体を震わせないでよ。
水がかかっちゃったじゃないのよ!
「キアラ姫が危ないのでプ!」
「ど、どういう事?」
「公爵令嬢が野盗を雇って、キアラ姫を攫って売り飛ばそうとしているでプ!」
「な、何よそれ----っ!?」
何がどうなったらそんな事になるの!?
公爵令嬢になんか恨まれる覚え無いわ。
ってゆ--か、公爵令嬢ってシオンと踊っていた女!?
「どうやら、エリアス公爵令嬢はシオン王子を好きみたいなんでプ 」
出た、またこのパターンだよ!
゛トントン゛
ノックの音。
こんな忙しい時に……
「キアラ、いるか?」
あっ、シオンだ。
噂をすれば何とやらね。
「何か用かしら?」
「お前、部屋に閉じこもって何をしているんだ。どこか具合でも悪いのか?」
フーン、一応は心配してくれてるんだ。
「ちょっとね。今は外に出たくないから、シオンも帰って」
「……明日、庭でお茶会がある。元気なら出てこいよ」
アッサリとした言葉を残して、足音が遠ざかっていく。
って、もうちょっと引き下がりなさいよ!
「ちょうどいいでプね、この状況を利用するでプ」
「どうしたのよ、いきなり」
腕くみをして真剣な目をしている。
何か思いついたのかしら。
「今夜襲って来る予定だから、捕まえておくのでプよ」
「捕まえるって……。何の為に捕まえるのよ、サッサとモックンにやっつけて貰ったらいいじゃない」
「良い考えを思いついたんでプ」
「そ、そうなんだ……」
「そうでプよ、フフフ」
腰に手をあててニンマリと笑ってるよ。
よっぽど自信があるようね。
では、とくと聞かせて貰いましょうか。その良い考えとやらを。
「――――――っていう作戦でプ」
「な――るほど。うまくいくかしらね」
「任せておくでプ。証書も取り替えて来たから、きっと大丈夫でプよ」
牙を覗かせて妖しく笑っている。
まあ、任せるわ。
けど、テトラも苦労したのねえ。
何が有ったかのか色々教えてくれたけど、ホントに大変だったみたい。
昨日の夜からボスの手下が帰って来た明け方まで、ずうっと寝ないで待っていたなんてね。
やっとこさ証拠の証書を取ったのが、みんなが寝静まった朝日が登った時。って、凄すぎるわ。
よく頑張ってそんな時まで待てたもんよんね。そりゃあヨレヨレのボロボロになる訳だわ。
「これで公爵令嬢も破滅でプ!」
「プルンプルン!」
モックンもやる気満々ね。
まあ、全てはこのスーパー筋斗雲にかかっているのよね。
「湖からか……」
そう呟いて、車イスで窓ぎわまで行ったの。
城のお堀と高い壁が見えていたわ。
その向こうには、光を反射して白く輝く湖が、少しだけその綺麗な姿を覗かせている。
だけど、カーテンを閉めてしまったの。
この事件が終わるまでは、例えケーキ屋がオープンしても開けてあげないわ。
「そろそろ時間でプ」
テトラに揺り起こされて壁時計を見た。
もう深夜1時前か、いつの間にか寝ていたのね。
「行くでプ!」
ドアを開けながら叫んでる。
「さあ、出撃でプよモックン!」
「プルプルン!」
あっという間に車イスごと体に載せてくれた。
そのまま渡り廊下のドアまで行って、誰も起こさないように静かに開けたの。
「プルン!」
ドアを閉めた瞬間、瞬きをする間もなく別館の屋根の上に。
そっと私を降ろして、湖の遥か上空で待機に入った。
その時、ローブで顔を隠した人間が、堀と湖を隔てる門に走って行くのが目に止まった。
ハハ――ン、これがエリアス令嬢のメイドね。
私に偽手紙を渡した張本人か。
今から堀の門を開けるつもりなのね。
…………うん、やっぱり開けた。
ここからなら良く見える事。
急いで帰って行くわ。
どうせ、明日になったら捕まるのにね、フフ。
それはともかく、もう1時だわ。
そろそろ街中の時計台の鐘が……
「ゴ――ン」
遠くから微かに聞こえてきた。
と言う事は……
あっ、船だ!
真っ黒な細い船に、これまた真っ黒な服を着た男が行儀良く並んで乗っている。
先頭にいるのがボスね。
ボサボサ髯にワカメみたいなヨレヨレの髪。
汚い毛先が肩に触れているけど、臭いもキツそう。
モックンに臭いが移らないかな。
部下達は……
いち、にい、さん……で6人か。テトラが言ってた通りね。
仲良く左右でオールを漕いでいるわ。
野盗なんか辞めてレース選出になればいいのに。
いやいや、もう水門をくぐってるじゃないのよ。
ボスは足元のロープを拾って、輪投げみたいに頭上でグルグルと回しだしたわ。
木に引っ掛けて敷地内に舟を止めようとしているのね。
いよいよ陸に上がるつもりわ。
モックン、テトラ、やっちゃって下さい!
「プルンプルン!」
急降下で登場!
「はっ? えっ?」
上を見上げたボスが、ポカーンと口を開けている。
「な、何だお前!?」
野盗達のすぐ真上で、船より大きくなったモックン。
「出た――、お化けだ――!」
「妖怪か!?」
「白いぞ、雲型モンスターだ!」
手下達も取り乱して半狂乱だ。
「一網打尽でプ!」
「な、何をする気だテメエ!?」
ボスは剣を抜いて戦おうとしたけど、
「プルプルン!」
「「ぎゃあ――――!!」」
モックンが巨大になった体に、野盗達を船ごと収納しちゃた。
゛びゅーん゛
凄い速さで飛んで行ったわ。
もう姿が見えないし。
手筈通り、テトラが言ってた遠くの高山に行ったのね。
険しい山間に有る、超絶に深い穴ぼこに連中を置いてくるんだわ。
「置いて来たでプ」
「プルンプルン!」
もう帰って来た、早すぎ!
「お、おかえり。あの連中は?」
「深さ千メールはある穴でプ。明日のお茶会まで絶対に出られないでプよ」
それはまたご愁傷さま。
「じゃあ、シオンに教えに行くでプ」
「うん、そうね。心配させたら悪いものね」
それからシオンの部屋に行ったわ。
もちろん、モックンに乗って外からね。
朝になったら、私達は行方不明になるの。
大袈裟な血糊を残してね。
いくらシオンでもビックリしちゃうのは間違い無しだから、事前に説明して置かないとね。
と言っても、エリアス公爵令嬢の事は内緒よ。
それは後のお楽しみ。
さあ、見てなさい。
ギャフンと言わしてやるから!




